奇跡を呼ぶ読書会・よんでるせん──本を入口に「対話のOS」を育てる──月1回8年の場
※本記事では、登場する作家・著者の敬称は省略しています。

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第1章 はじめに ── 8年・87回・月1回の場
月に1回だけひらく場がある。8年前から続いている小さな会で、これまで87回開催してきた。名前は「奇跡を呼ぶ読書会・よんでるせん・Reading Community」。1冊の本を持ち寄って、3時間(時に深夜2時、ときに朝5時まで)、参加者全員で語り合う場だ。
この読書会について、これまでMBLでまとまった記事を書いたことがなかった。各回の開催報告は毎月書いてきたが、「読書会とは何か」「なぜ8年続いたのか」を全体として言語化したことがない。第87回を迎えるこのタイミングで、一度しっかりまとめておきたいと考えた。
私の言葉で言えば、ここは「本を入口に『対話のOS』が育つ場」だ。本を通じて人が出会い、語り合い、それぞれの「ものの見方」が動いていく。なぜこの場がそう言えるのか、どんな歴史の上に立っているのかは、本文の中で順に明らかにしていく。
(私自身の33年の読書プロジェクト全体については、別記事「33年の読書プロジェクトが認識のOSを設計していた」を参照されたい)
なお、本記事中で言及する著者・参加者の方々については、敬称略にて記載させていただきます。
第2章 起源 ── 渋谷で始まった月例の小さな場
2017年以前の素地
読書会を始める前に、まず私自身が読書会という形式に出会っていた。世界一周に出発する前の2014年頃、知人主催のいくつかの読書会に参加した経験があり、価値観の似た人たちが本を介して集まることのパワーを身体で覚えていた。
さらに遡れば、私の家には子どもの頃から本があった。父は商社勤務で、経済学部出身の読書家だった。専門の経済書だけでなく、スピリチュアル系の本も多く本棚にあった。小学校1年から中学2年までの7年間、家族で米国ロサンゼルスに住んでいた頃、父は時々英語の本を私に渡してきた。レイモンド・ムーディの『Life after Life』もその一冊だった。当時の私は読まなかったが、「死ぬことは怖くないんだよ、喜びみたいなものだよ」と父が語っていたことは今でも覚えている。
帰国子女として日本の中学・高校・大学を経験する中で、英語と日本語を比較する視点が自然に身についた。日本語には敬語・謙譲語・尊敬語があり、人間関係の距離の取り方が洗練されている代わりに、年齢や肩書きによって上下関係が生まれやすい。ありのままの自分を表現するには、対等で同じ目線で話す場が必要だ──この感覚が、後の読書会の運営哲学の根にある。
そして、もうひとつ触れておきたいのが、私自身の読書の蓄積についてだ。
18歳の浪人時代(1989年)から、私は本格的に読書を始めていた。それから2017年の読書会開始まで、28年近い読書の歩みがあった。1994年に出会ったドラッカー「「往復書簡」2・創生の時」から「テーマを決めて読書する方法論」を学び、2010年からは年に1つのテーマを決めて読む習慣を身につけていた。

しかし、それまで読書はずっと「一人で本に向き合うこと」だった。それを「他者との対話を介して深める」という発想は、まだ私の中になかった。
学部は東北大学、修士課程は奈良先端科学技術大学院大学、博士課程は東京大学医学系研究科。合計約10年の研究室生活を経て、30歳で医学博士号を取得した。その後、外資系製薬会社でメディカル・マーケティング業務に従事。研究現場と製薬会社を合わせた約20年の間、研究現場で身につけた「決められた手順(プロトコール)に沿って実験しても、時々それを超える偶然が起こり、そこに新しい発見がある」という感覚を、私はずっと大事にしてきた。後にこれは、読書会の運営思想の中で「右脳・直感で起きたことを後で左脳で検証する」という形で言語化されることになる。
社会人4年目(2007年頃)、コーチングの学習を始めた。CTI ジャパンの Co-Active Coaching の基礎・応用コースを受講したのは2008〜2009年頃のことだ。その学習の中で、小林正観さんの『そ・わ・かの法則』に出会い、強い影響を受けた。後に知ることになるが、この本の編集者が、後の読書会の共同主催者となる斎藤りゅう哉さんだった。

2012年2月、アシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガを始めた。型を繰り返す身体の練習が、心を整える手段でもあると気づき始めた頃だ。
そして2014年8月から2015年6月まで、世界一周の旅に出た。43歳の時だ。
読書会開始までの経路
2015年11月、渡辺まりあさん(臨床心理士・「お話し処ゆるり庵」代表)が主催する「真心の仕事人」講演会 Vol.2 に参加した。文京区・本郷三丁目近くのコワーキング・スペース「スタジオ・ギークス」で開催された会だった。その日の演者は、2012年から知り合いだった柿澤一氏さん(上海万博・ミラノ万博食品館を成功に導かれた方で、当時すでに私のロルフィングのセッションも受けていただいていた)。
その会の参加者の中に、サンマーク出版・第三編集部の編集長、斎藤りゅう哉さんがいた。柿澤さんが、まりあさんとりゅう哉さんを、私に引き合わせてくれた(当時の参加報告はこちら)。
りゅう哉さんへの第一印象は、「私が過去に読んできたサンマーク出版の本を出版されている方だ」という程度のものだった。8年前にコーチングの学びの中で出会った小林正観さんの『そ・わ・かの法則』の編集者と、こうして直接お会いすることになったのは、思えば象徴的な出来事だったが、その時点ではまだそこまで深い縁を予感していたわけではない。
出会ってからの最初の1年ほどは、特に親しくお付き合いがあったわけではない。それから少しずつ会う機会が増え、徐々に親しくなっていった。2017年頃になると、りゅう哉さんが私の開く小さなイベントに参加してくださるようになっていた。
その流れの中で、2017年11月2日にプライマリークラブが主催したりゅう哉さんのご講演「『出逢いと気づき』〜人生は何によって変わるか〜」を拝聴する機会にも恵まれた。「強い思いがあれば、現実を引き寄せることができる」「『実現させるのだ!』という強い思いよりも、感謝の気持ちを持って『自然と自ずと実現に向かう』といった思考の方が大切」──こうしたお話は、その後の読書会の場の語彙にも影響を与えることになる。
2017年5月、サロンZEROで「カレーを食べる読書会」を試行的に開催した。これは後に「宇宙食堂」というイベントに発展していき、読書会という形式では定着しなかった。今振り返ると、読書会の原型を探していた時期だった。
そして2017年11月6日、株式会社ビーウェルス代表・コンサルタントの渡辺優先生(私のロルフィング10回セッションのクライアントでもあった)が、サロンZEROで「宇宙の根源を知り、魂でつながる仲間を作ろう会」という講演会を開催した。優先生は、ご自身が逆境を乗り越える中で出会った3冊の本を紹介された。野口嘉則『3つの真実』、ウォレス・ワトルズ『The Science of Getting Rich』、ジョー・ヴィターリ『奇跡のレッスン』の3冊だ。


この講演会で語られた言葉──BEING(存在)を大事にする生き方、「宇宙の叡智」につながること、「目覚めの4段階(犠牲者→自覚→委ねる→神)」──が、後の読書会の場の語彙の原型になった。マーク・ザッカーバーグがハーバード大学の卒業式で語った「目的とは、自分よりも大きいものの一部であるという感覚」というスピーチも、優先生がこの講演会で引用していたものだ。「ローカルな立場でコミュニティを作っていく」という理念に強く共鳴し、これがきっかけとなって、定期的に読書会を開催することを決めた。
第1回・価値観の似た仲間との出会いの場の開催
2017年12月22日、渋谷のサロンZEROで第1回読書会を開催した。
課題本は野口嘉則『3つの真実』。優先生の講演会(1ヶ月前)で紹介された本のうちの1冊だ。参加者は私を含めて8名。ホワイトボードに本のタイトル「3つの真実」を書き、それぞれが「3つの真実」をどう解釈したかを順番にシェアしていく形で進めた。

第1回時点で、すでに次のような6つの解釈が場に現れた。
- 何も変わらないと感じた時に変化する
- 100%自分原因説。自分が変わると周りも変わっていく
- 真理を追究すると幸せになれない(科学は1つの答えを出すが、必ずしもそれが幸せの答えとは限らない)
- 数字の達成ではある程度しか行かない。利他=世への貢献が大事
- 共感とつながりが重要
- ニュートラルな中心軸を見つけること
最後の「ニュートラルな中心軸」という言葉が、第1回の場で誰かの口から自然に出てきた。これは後に、読書会全体を貫く中心テーマになっていく。第33回(稲盛和夫『生き方』)、第26回(本田健『ユダヤ人・大富豪の教えIII』の「中庸=センター」)、第28回(チベット密教の「あきらめる=明らかに観極める」)──同じ概念が3年・5年と間隔を空けて場に戻ってくることになる。読書会の場には、繰り返し戻ってくる中心テーマがある。その萌芽が、第1回時点で既に現れていた。
グループの正式名称は「宇宙の根元を知り、魂で繋がる仲間〜サロンZERO・読書会グループ」と定めた。Facebookにクローズドなコミュニティを作り、紹介制で運営することにした。これは、私の場づくりの考え方──「心理的安全性」(後に2021年の振り返り記事で4原則として明文化)を確保するため──から、自然に出てきた方針だった。
場の骨格が完成した最初の数ヶ月
第2回(2018年1月12日)、佐治晴夫『からだは星からできている』を扱った時点で、すでに読書会の骨格は完成していた。テーマを4つに絞ってホワイトボードに記入し、参加者一人一人にシェアしてもらう形式が、自然と定型化していた。
第10回(2018年9月)では「会の7割を自己紹介に費やす」という運営スタイルが定型化。第12回(2018年11月)で1周年を迎えた。
(これらの回の具体的な対話の内容については、後の第5章「場で起こったこと」で詳しく紹介する)
開催地の変遷
8年の間に、開催地は4段階で変わった。
- 渋谷サロンZERO期(第1-13回・2017/12-2019/04・13回開催)
- 恵比寿/代官山サロン期(第15-48回・2019/05-2022/11・34回開催・コロナ中断2020/04-12を含む)
- 綱島サロン期(第49-85回・2023/01-2025/12・37回開催)
- 渋谷再移転期(第86回〜・2026/02〜)
場所は変わったが、月1回というリズムは変わらなかった。
第3章 場の発展と改称 ── 渋谷→恵比寿→綱島→渋谷
恵比寿時代の試練と再生(2019年〜2022年)
2019年5月、渋谷のサロンZEROから恵比寿/代官山のサロンへ移転した。令和元年の始まりと重なった。第15回(2019/05/10)が恵比寿初回で、課題本を決めず「自分が影響を受けた本」を一人一人が紹介するという形式で開催した。この「課題本を決めない回」は、後の第14回(2019/02)・第20回(2019/11)・第74回(2025/01)にも形を変えて受け継がれていく。月例の中に「型を破る回」が組み込まれている柔軟性──これも読書会の運営の特徴の一つだ。
しかし、2019年は読書会にとって試練の年でもあった。参加者が集まらない月もあり、3回ほどキャンセルになった。それでも「継続することが大事」と判断して、淡々と続けた。
2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大により、対面イベントの開催が困難になった。読書会は2020年4月から12月まで中断した。
2021年に入り、コロナ禍が続く中で読書会を再開した。この年、結果的に12回開催できた。試練の時期だったが、この時期に、読書会の運営哲学が大きく前進した。第23回(2020/02)で「心理的安全性」という用語が初めて場の文脈で使われ、第30回(2021/06)で運営の4原則が明文化された(運営哲学の詳細は次章「場の設計」で扱う)。
第31回(2021/07)で岩崎一郎『科学的に幸せになる脳磨き』を、第35回(2021/11)で江本勝『水は答えを知っている』を、それぞれ読書会で扱った。Clubhouseが流行した時期で、Clubhouse経由で本に出会い、Clubhouse経由でゲストを招くというパターンも生まれた。
2022年4月、第40回でジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳』を扱った。この回で、私は読書会を含む自分の場づくりを整理し、「ロルフィング・タロット・読書会の三本柱」として体系化した(詳細は後述する)。MBLの5入口モデル(ロルフィング/脳活/コーチング/タロット/読書会)の前駆形が、ここで成立している。
恵比寿時代の最後の回、第48回(2022/12)は岡本太郎『今日の芸術』を扱った。岡本太郎が芸術を一度離れてフランスで哲学を学び、最終的に芸術に戻ったという経歴に、私自身が研究者の道を10年歩んで離れたのと似た構造を感じ、選書した。恵比寿のサロンで34回、開催した思い入れの深い場所だった。
綱島時代(2023年〜2025年)── 著者登壇文化の確立
2022年12月末、恵比寿から綱島へ転居。2023年1月20日、田坂広志『運気を磨く』を扱う第49回が、綱島での初の読書会となった。
綱島時代は3年・37回続いた。この時期に、読書会には大きな変化が起こった。著者ご本人に登壇していただく文化が確立したのだ。
それ以前、著者登壇は2017年から2021年までの累計で約3回しかなかった。しかし綱島時代に入ると、第57回(2023/09)で千本倖生さん、第62回(2024/02)で阿部博人さん、そして2024年だけで6名の著者(ヘイズ中村・ジョー・モリヤマ・三上丈晴・松原照子&保江邦夫・柴原好男・加藤展生&田口ランディ)が登壇された。
第50回(2023/02)は記念の節目で、小林正観さんの『幸せが150%になる不思議な話』を扱った。2022年中の「四次元パーラー・あんでるせん」訪問が起点となって、小林正観の1999年講演動画の発見・書籍出版へとつながった伏線が、ここで回収された(詳細は後述する)。
第47回(2022/11)で竹倉史人『土偶を読む・図鑑』を扱っていたことも、後から振り返ると伏線だった。竹倉さんの本が、1年9ヶ月後の改称回(第68回)で再び読書会に登場することになる。
第68回(2024年8月)── 改称の節目
2024年7月、第67回読書会を綱島で開催。雑誌『ムー』編集長の三上丈晴さんをゲストにお招きし、過去最高の16名が参加した回だった(この回の詳細は後述する)。「綱島駅から徒歩15分」という決してアクセスのよくない場所で、16名が集まり、ドタキャンがゼロだった。何かが変わりつつある、と感じた。
8年目を迎えた読書会も、体制を変えていく必要があると思った。体制を変えるにあたって、まず読書会の名前を変えたいと考えた。「読書会」という一般名詞では、この場で起こっていることを言い当てられていないと感じていた。
毎回欠かさずに参加していただいている斎藤りゅう哉さんに、新名称の提案を Messenger のチャットで依頼した。チャットでやりとりしながらのブレストの中から、20個ほどの候補が返ってきた。ひとつひとつの言葉を並べて眺めながら、家族と一緒に「ピンとくる」ものを選んでいった。
最終的に採用したのは次の3つの要素だった。
- 「奇跡を呼ぶ読書会」
- 「よんでるせん」
- 「Reading Community」(後追加)

「奇跡を呼ぶ読書会」── 会の中で実際に起こってきたこと
「奇跡を呼ぶ読書会」という言葉は、りゅう哉さんから提案された候補のひとつで、これに決めた。8年・87回続けてきたこの場で、現実に起こってきたこと──思いがけない出会い、著者ご本人の登壇、何年も続けて来てくださる方、アジェンダにない話題が誰かの人生の節目になっていったこと──を言い当てているように感じたからだ。
「奇跡」の意味については、本記事の後半「読書会が拓くもの」で改めて深く扱う。
「よんでるせん」── あんでるせんへのリスペクト
一方、「よんでるせん」という響きは、長崎県川棚町にある「四次元パーラー・あんでるせん」へのリスペクトから来ている。「あんでるせん」と「よんでるせん」── リズムが同じで、文字を一文字だけ変えてある。
「あんでるせん」は、マスターの久村俊英さんがマジックとサイキックショーを提供する喫茶店で、月の第二・第四日曜日以外は営業しているが、全て予約制という独特な場所だ。私は、これまでに6回訪問してきた。
初めて訪れたのは、世界一周中の2015年5月15日。佐賀県の武雄温泉から電車で50分かけて川棚に向かった。3時間半に及ぶショー──指輪を浮かせる、紙幣にペンを貫通させる、52枚のトランプを一瞬で記憶する、ルービックキューブを瞬時に揃える、スプーンを曲げる──あまりにも早く展開される出来事に、思わず絶句した。
マスターのメッセージは、マジックそのものではなく、生き方の指針だった。「何事も練習すれば、実現するよ」「世の中の出来事は全て幻想だ」。この2つの言葉が、当時の私に深く響いた。世界一周から帰国後、製薬会社のキャリアを離れて個人事業主として生きていくかどうか── そう迷っていた自分に、「人生は幻想だからこそ、自分の思う通りにいく」というメッセージが届いた。懸念していた不安のメンタルブロックが外れ、個人事業主として活動していく決意を固めた場となった。
その後も、人生の節目ごとに訪れてきた。4度目の2020年7月15日、初めてカウンター席(特等席)で鑑賞することができた。コロナ禍で売上が大幅に落ち込んだ時期だったが、マスターから受け取ったメッセージは、「自分が輝いていて楽しんでいれば、それに伴って喜んでいる人も現れる」「想像力を働かせることが大事だ」だった。
さらに、3度目以降の訪問では、読書会の参加者を一緒に連れていくようになった。共同主催者の斎藤りゅう哉さんと一緒に2019年7月、2022年中に2回と、ご縁が続いている。
あんでるせんから学んだ核心は、こうだ。「人生は幻想だからこそ、思う通りにいく」「クレドを作ること(=完了形で言葉にし、信じきること)で実現する、奇跡が起きる」これは、読書会の改称名「奇跡を呼ぶ読書会」と「よんでるせん」の二つを通底するメッセージでもある。
ロゴのデザインは、2023年から親しくなった犬飼健太郎さんに依頼した。「四次元パーラー・あんでるせん」へのリスペクトを示しつつ、独自のデザインに仕上がった。
このロゴで意識的に取り入れた要素がある。「よんでるせん」の文字の大きさ(Q数)が、一文字ずつ微妙に異なるということだ。これは、一人一人の意見の大きさが違ってよい、誰の声も尊重されるという意味を込めている。
「Reading Community」── 個人的読書ではなく
3つ目の要素「Reading Community」は、後から追加された。
「読書会」という日本語は、ともすれば「本を読む会」=個人的読書の集まり、と聞こえる。しかし私たちがやっていることは、それとは違う。本はきっかけであって、本そのものを論じることが目的ではない。本を通じて、参加者同士が出会い、対話し、新しい関係性が生まれる──そういう場だ。
その意味で、これは Reading Community(読書を入口にした共同体)である。
第68回での初お披露目
新名称での初開催は、2024年8月16日(金)。第68回読書会。
その日、台風7号が関東に再接近していた。電車の遅延が見込まれる中、開催するかどうか直前まで議論があった。Yahooニュースは深刻な被害を伝え、ウェザーニュースは大したことないと伝えていた。意見が割れていた。
結局、当日の昼に雨足がそれほど強くないと判断し、開催を決定した。参加者は3名、スタッフを入れて6名。福岡からの参加者もいた。
課題本は竹倉史人さんの『輪廻転生〜<私>をつなぐ生まれ変わりの物語』。話題は古神道、仏教、神道、体内記憶、易経へと広がり、深夜3時半まで続いた。
新しい名前を背負った初回が、台風の中で行われ、深夜まで深い対話が続いたこと。これ自体が「奇跡を呼ぶ読書会」の在り方を象徴していたように、今振り返ると思う。
渋谷再移転(2026年2月〜)
2026年1月、3年間住んだ綱島から渋谷へ転居した。第86回(2026/04/24)はレオ・レオニ『スイミー』、第87回(2026/05/29)は瀬知洋司『もっと!となりの小さなおじさん』を扱った。87回の蓄積を背負って、新しい渋谷時代が始まっている。
第4章 場の設計 ── 運営哲学の発展史と現行の構造
運営哲学の3段階の発展史
読書会の運営哲学は、8年の間に3段階で言語化されてきた。これは、運営しながら少しずつ気づき、後から振り返って言葉にしていく──そういうプロセスを経てきた。
第1段階(2018年・第2-10回)── 場の骨格の確立
先述の通り、第2回時点で「テーマを決めてディスカッション」「気づきのシェア」という骨格が成立し、第10回で「会の7割を自己紹介」という運営スタイルが定型化した。この時期の運営は、まだ言語化された原則というよりも、場で自然に発見されていったやり方だった。
第2段階(2020年・第23回)── 心理的安全性の発見
第23回(2020/02・船井幸雄『法則』)の振り返りで、私は初めて「心理的・安全な場(Psychological Safety)」という用語を読書会の文脈で使った。同時に、「知識を吸収する能力」と「知識を伝える能力」は別の能力であり、読書会の主眼は『伝える能力』の方にある、と明示した。これが、ただの「学びの場」ではなく「対話の場」としての読書会の位置づけの始まりだった。
第3段階(2021年・第30回)── 4原則の完成
第30回(2021/06)の振り返り記事で、ついに運営哲学が4原則として完成した。
- 安心・安全な場を心がけること
- 参加者一人一人が発言できるよう、主催者(ファシリテーター)がチェックすること
- 主催者が、ネガティブ・ポジティブな視点があることを理解し、中庸=ニュートラルを心がけること
- 料理を提供すると、同じ窯の飯ということで、場が自ずと整うこと
それぞれの原則が、別の学問領域の研究と響き合っていた:
- 1と2→ Google「Project Aristotle」の心理的安全性研究
- 3 → 岩崎一郎『科学的に幸せになる脳磨き』の「共同体思考」(島皮質の働き)
- 4 → 山極寿一『人類の社会性の進化』の「触覚・嗅覚・味覚という共有できない感覚を一緒にすることが信頼関係を作る」
経営学・脳科学・人類学という3つの異なる領域が、読書会の運営4原則を理論的に支えてくれている。私は経験から積み上げた原則を、後からこれらの研究に照らして確認したに過ぎない。
参加者向けの3つのルール(改称後・現行)
主催者の運営哲学(上記4原則)とは別に、参加者全員が共有するルールとして、3つを掲げている。
1. 「私」を主語に話す 意見を言うときに「世間では」「みんなが」ではなく、「私は」と言う。一般論ではなく、自分の体験と感覚から語る。
2. 他者を否定しない 誰かが何かを語った時、それを否定しない。違う意見を述べることは構わないが、その時も「私はこう感じる」という形で並列に置く。
3. プライバシーを尊重する 場で語られたことを、外で安易に話さない。匿名性が守られているからこそ、深い話ができる。
この3つは8年の間に少しずつ形になってきたもので、最初から明文化されていたわけではない。何度も同じ場を重ねるうちに、「この3つが守られていると、場が深くなる」と分かってきた。
なぜこの3つなのか──認識のOSとの接続
3つのルールは、私が長年探究してきた「認識のOS」のフレームと深く結びついている。
「認識のOS」とは、人間が世界を捉える時の基本的な構え方のことだ。私のフレームでは、これを4つに分類している:>論理のOS、感覚のOS、対話のOS、視点のOS。
読書会で育つのは主に「対話のOS」だ。対話のOSには4つの形態がある:聴く、言語化、身体共有、沈黙。
そして、読書会の3つのルール + 4原則の食事は、この4対話形態が育つための最小条件として機能している:
- 「私」を主語に話す → 言語化 が動き出す
- 他者を否定しない → 聴くが成立する
- プライバシーを尊重する → 沈黙(語らずに留めておくこと)が許される
- 料理を一緒に食べる(4原則の4) → 身体共有が起こる
興味深いのは、これは設計の順序が逆だったということだ。8年運営する中で経験的に積み上げてきたルールが、後から振り返ると認識のOSという理論的フレームと完全に一致していた。読書会は、私が長年探究してきた認識のOSを、現場の経験から照らしてくれる場でもあった。
読書会の運営の2つのパターン(第40回・2022年4月で明文化)
読書会のやり方には、大きく分けて2つのパターンがある(第40回 2022/04 で明文化)。
- 1章ずつ丁寧に読み、それぞれがどのように解釈したかをシェアしていく(本中心)
- 自分の体験をシェアし、本とどのように結びついて考えていったらいいのかを語る(体験中心)
正解・不正解はない。どちらも素晴らしいアプローチだ。
しかし私たちの読書会は、明確に2番目のパターンを選んでいる。「目の前の人より本の方を大事にしてしまう」「著者の解釈が正しいか間違いかを論じる」──そういう目線になることを避けたいからだ。本はあくまできっかけ。大切なのは、一人一人がどんな価値観・生き方・ものの見方をしているか。本を読んだ結果として、自分の「ものの見方」に変化があったか。
そういう場であるからこそ、参加者を6〜8名以内に絞り込み、一人一人に発言する機会を平等に与えている。
運営の構造
読書会の運営は次のようになっている。
- 頻度:月1回
- 曜日・時間:主に金曜の夜、午後7時から
- 基本時間:3時間(終了予定は午後10時)
- 延長:深夜0時、午前2時、時に午前5時まで(参加者が望めば)
- 会場:主催者の自宅(渋谷)
- 進行:大画面にアジェンダを表示しながら議論を進める
- 食事:場の一部として大切にしてきた要素(後述)
- 課題本:月ごとに1冊、事前に参加者全員が読んでくる
- 選書:主催者が選ぶ場合もあれば、参加者からの推薦で決まる場合もある
- オンライン:2019/03 初の海外参加者(香港)/2021/11 ZOOM 2名同時参加/2022/01 YVC-1000ヤマハスピーカー導入。ハイブリッド開催を恒常化
料理の役割
読書会の運営4原則の4つ目「料理を提供すると、同じ窯の飯ということで、場が自ずと整うこと」は、運営の現実の中でも大きな比重を占めてきた。
開始当初(2018年)は、外部ケータリング(なぎ食堂のヴィーガン料理など)を活用していた。2019年以降は、当時の妻・亜希子が手料理を提供してくれるようになった。2022年8月以降は、料理サポートをお願いする方を加えて、二人体制で料理を提供する回も増えた。
具体的な料理の記憶も場の一部として残っている。第65回(辛酸なめ子さん回・2024/05)では、仁徳天皇陵を模した米粉と抹茶のケーキを用意し、ケーキの中に隠した仁徳天皇のクッキーを探すゲームをした。第28回(2021/04)では、グルテンフリーのカレーと米粉クッキー。料理は、頭で語る場が、身体で笑う場に変わる装置でもあった。
参加者推薦の循環構造
選書については、特筆すべき仕組みがある。参加者の推薦が次回の課題本になるという循環だ。
たとえば第69回(2024年9月)が終わった直後、参加者の一人が「柴原さんという、すごい人がいるよ」と一冊の本を紹介してくれた。柴原好男著『自癒力』。Amazonで注文して読んでみると、本質的なことが書かれていた。これは取り上げたい、と思った。
そして第70回(2024年10月)で『自癒力』を扱った。すると今度は、その回の参加者の一人が「これに考え方の近い本があるよ」と小林正観の『守護霊との対話』を提案してくれた。そして第71回(2024年11月)で『守護霊との対話』を扱った。
このように、読書会は参加者の関心の連鎖で進んでいく。主催者が一方的にカリキュラムを組むのではなく、その時々の参加者の興味が次の本を呼び、その本が次の参加者を呼ぶ。これも「奇跡を呼ぶ」場の在り方の一部だと思っている。
著者を招く回
8年の間に、何人もの著者ご本人に登壇していただいた。2024年だけで6名の著者が参加してくれた。これも当初から想定していたことではなく、自然にそうなっていった。
著者を招く回は、ただの「サイン会」ではない。本に書かれていないことが語られ、参加者からの質問に著者が即興で答え、本の背後にある「人」が立ち上がってくる。そのプロセスが、読書会の参加者全員にとって貴重な体験になる。
課題本を決めない回
月1回・月例の運営の中に、「課題本を決めない回」という型を破る回が時折組み込まれている。
- 第14回(2019/02)「影響を受けた本の紹介」
- 第15回(2019/05)「影響を受けた本の紹介」(令和初回・恵比寿移転初回)
- 第20回(2019/11)「影響を受けた本の紹介」
- 第74回(2025/01)「課題図書なし」
参加者が各自の「影響を受けた本」を持ち寄って紹介するこの形式は、定型を緩める年に1回程度の柔軟性として、運営の中に組み込まれている。
第5章. 場で起こったこと ── 印象的な回の物語
8年・87回の中から、特に印象に残っている回をいくつか紹介したい。時系列に沿って、起源期・恵比寿時代・綱島時代・改称後の順で見ていく。
起源期(2017年-2019年)── 場の語彙が形成されていった時期
第1回(2017/12)野口嘉則『3つの真実』── 「ニュートラルな中心軸」
8名で始まった第1回。場に現れた解釈の一つ「ニュートラルな中心軸」という言葉が、後に読書会全体を貫く中心テーマになっていく(先述の通り)。
第2回(2018/01)佐治晴夫『からだは星からできている』── 「龍」「神」「愛」「開拓者」
死生観をテーマにした回。「私たちは星のかけら」という137億年の宇宙史から見た人間観が、場の語彙の一部になった。「自分を一言で言うと?」という質問に、参加者から「龍」「神」「愛」「開拓者」という象徴的な言葉が出てきた。一見スピリチュアルに見える質問だが、自分を一言で表現することによって、その人の内面から生きる力が立ち上がってくる──そんな手応えがあった。
第10回(2018/09)森信三『人生二度なし』── 身体観の系譜
森信三の「しつけの3原則」と「立腰」(腰骨を立てる)の身体観が場で共有された。後の中村天風(第16回)・坂村真民(第27回)へとつながる、身体観の系譜の始まりだった。
第12回(2018/11)内藤廣『内藤廣と若者たち』── 論理と直感の往復
「論理と創造」がテーマ。内藤廣氏の「論理の骨格が骨太であるほど、既成の枠組みにはまりきらない飛躍が出てくる」という言葉が、私の研究者時代の経験(プロトコールを精密に行うほど、偶然の発見が起こる)と響き合った。右脳の直感で起きたことを、左脳で検証する──この方法論が、ここで初めて明示的に語られた。後に「論理のOS」と「感覚のOS」の往復という形で言語化されることになる。
第16回(2019/06)中村天風『運命を拓く』── 大いなる叡智の系譜
「宇宙霊=大いなる叡智」が場で語られた回。後に第33回(2021/09)稲盛和夫『生き方』の「真我=大いなる叡智」と、3年の時を経て同じ概念に戻ってくることになる(後の章「場で繰り返し戻ってくる中心テーマ」で詳説)。
第19回(2019/10)ミヒャエル・エンデ『モモ』── 傾聴の初登場
「傾聴」が読書会の場で初めて中心テーマになった回。篠田真貴子さん(ほぼ日元COO)の「『モモ』は傾聴とリーダーシップの書だった」という指摘に触発されて選書した。私自身、ロルフィングのセッションで「効率よく行うことよりも、時間をかけてしっかりと話を聞くことで、徐々に自分の考えが引き出され、人が変わっていく姿を何度も見てきた」と語った。ロルフィングと読書会が、「聴く」という1点で通底していることが、明示的に語られた回だった。
恵比寿時代(2020年-2022年)── 運営哲学の言語化が進んだ時期
第23回(2020/02)船井幸雄『法則』── 心理的安全性の初登場
「心理的安全性(Psychological Safety)」という用語を、初めて読書会の文脈で使った回。同時に、読書会の主眼は「知識を伝える能力」の方にある、と明示した(運営4原則の発展史については前章「場の設計」を参照)。
第34回(2021/10)鍬幸次『たらいの法則』── 集中内観の語り
著者の鍬幸次さんが登壇された回。森田正馬(神経質治療)・吉本伊信(内観)・DK・レイノルズ(Constructive Living)の三角形──「日本人の精神療法をアメリカ人が体系化した」というモチーフが場で共有された。私自身、2019年12月29日から2020年1月4日にかけて集中内観を受けていた経験を語った。「感情と行動を分けて考える」(Constructive Living)という考え方は、コーチングの「②ニュートラル」「⑤状態別介入」とも深く響き合う。
第40回(2022/04)ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳』── 三本柱の体系化
読書会の運営哲学が一段階深まった回。この回で、私は自分の場づくりを次のように整理して語った。
私は、『ロルフィング』を使って、『身体』から、『タロットカード』を使って、『視覚』『絵』から、『読書会』を使って、他人の視点・価値観から、『ものの見方』を広げていく(書き換えていく)ことで、その人の本来の生き方に気づくことを仕事にしている
ここで初めて「ロルフィング(身体から)・タロット(視覚・絵から)・読書会(他人の視点・価値観から)」の三本柱が体系化された。MBL 5入口モデルの前駆形がここに成立している。
第42回(2022/06)村上和雄『生命の暗号』
私が自分の研究者時代を初めて明示的に語った回。「東北大学(学部)、奈良先端科学技術大学院大学(修士)、東京大学大学院(博士)と合計10年近く研究室の中で基礎研究に従事」と書いた。村上和雄氏の「サムシング・グレート」概念と、自分の研究者時代の経験が交差した。
綱島時代(2023年)── 著者登壇文化の形成
第50回(2023/02)小林正観『幸せが150%になる不思議な話』── 記念の節目
先述の通り、2022年中の「あんでるせん」訪問→りゅう哉さんによる小林正観1999年講演動画の発見→『幸せが150%』出版という伏線が回収された回。記念の第50回で、「あんでるせん」と「小林正観」が交差した。後の改称(2024/08)に向かう伏線の一つだった。
第57回(2023/09)井垣利英『ふんわりと上昇気流に乗る生き方』── 千本倖生さんサプライズ登壇
レノバ株式会社社長の千本倖生さん(第二電電創業メンバー・稲盛和夫氏と共にKDDIを立ち上げた一人)が、急遽参加された回。著者登壇のサプライズ文化が、ここから本格化していく。
第58回(2023/10)八木龍平『成功している人はなぜ神社に行くのか?』── 哲学・現象学・量子力学
物理学に造詣の深い参加者がたまたま参加され、話題が哲学(プラトン・キリスト教・仏教・カント・ニーチェ・現象学)から量子力学、自己実現の世界、空海の謎の空白期間へと広がった回。「スピリチュアル系」に見える本を扱いながら、実は哲学Gatewayや認識のOS と深く接続される議論が場で起こっている──そういう構造が、改称前から場に内在していた。
第62回(2024/02)阿部博人『神を知り 生き方を知る』
著者の阿部博人さんと、編集者の斎藤りゅう哉さんが二人で登壇された回。この回の振り返りに、私は「地に足のつくスピリチュアル談義ができて楽しかった」と書いた。8年・87回の場で目指してきたものが、この一語に集約されていた(次章「奇跡とは何か」で詳説)。
改称後(2024年)── 著者登壇文化の拡大
第67回(2024/07)三上丈晴『オカルト編集王』── 過去最高16名・「全て嘘だから」
雑誌『ムー』編集長の三上丈晴さんをお招きした回。読書会史上、もっとも象徴的な回だった。
三上さんに参加打診をした時のやりとりが、すでに面白かった。長年『ムー』の編集に携わっている細江優子さんに「三上さん、こういうイベントに興味ありますかね?」と聞いたところ、「アサヒスーパードライを飲めるみたいです、と伝えれば参加する可能性が高いよ」というアドバイスをいただいた。
そこで「アサヒスーパードライを55本用意しますので、ぜひ!」と打診したところ、「参加します!」という返事が返ってきた。55本という数は、三上さんの当時の年齢(55歳)に合わせた数字だ。
驚いたのは集客だった。三上さんが参加することは一切告知していなかったにもかかわらず、1週間で定員10名を超える14名の申し込みがあり、満員御礼となった。当日は熊本から1名、大阪から1名も参加してくれた。最終的に16名が集まり、過去最高記録となった。ドタキャンはゼロだった。
三上さんは午後6時15分に到着し、20分に1度のペースでスーパードライを飲み干しながら、表情を変えずに語り続けた。米国のネオコン、ヌーランド、自衛隊、神道、古墳、グラハム・ハンコック、ベンジャミン・リベットの自由意志仮説、量子力学、ホログラフィック宇宙論、韓流ドラマ──話題は止まることなく広がっていった。
午後11時頃に集合写真を撮影。三上さんは帰り際、「私の語ったことは全て嘘だから」という言葉を残して去って行った。残った6名で余韻を楽しみ、会が終わったのは午前2時だった。
「私の語ったことは全て嘘だから」──この言葉が、私にとっての「奇跡を呼ぶ読書会」の象徴だと、今でも思う。語られた言葉を絶対化せず、しかし真剣に受け取る。語る側も聞く側も、ある種の遊びを残しておく。それが、対話のOSが最も自由にひらく条件なのかもしれない。
第64回(2024/04)ヘイズ中村『ガチ魔女って普段何をしているんですか?』── 沈黙の哲学
ヘイズ中村さんが直接登壇された回。参加者は新規3名を含む9名(綱島開催では当時の過去最高)。
この回で、私が深く印象に残った言葉がある。ヘイズさんが語った「人生において大事な4つの事柄」だ。
- Know(知ること)
- Desire(熱望すること)
- Do(実行すること)
- Silence(沈黙すること)
最後の「沈黙」が衝撃だった。現代の世の中は、すぐにインスタントな解を求める。検索すれば答えが出る。AIに聞けば回答が返ってくる。しかし、本当に大事なことは、考え続けること、沈黙すること、余白を作ることでしか辿り着けない。
これは私が探究してきた4対話形態(聴く・言語化・身体共有・沈黙)の「沈黙」と完全に響き合っていた。読書会という、一見「言語化」の場のように見える場所で、実は「沈黙」が深く働いている──そのことを、ヘイズさんは外から指摘してくれた。
第65回(2024/05)辛酸なめ子『スピリチュアル系のトリセツ』── 仁徳天皇陵ケーキ
エッセイストの辛酸なめ子さんが登壇された回。参加者の一人が「ここ10年で一番緊張した」とおっしゃっていた回だ。
この回でとくに印象に残っているのは、当時の妻・亜希子が用意したデザートだった。仁徳天皇陵を模した、米粉と抹茶のケーキ。仁徳天皇陵は実物の発掘が禁止されている。ならばケーキならば大丈夫だろう、ということで、古墳の形を米粉と抹茶で表現した。さらに、ケーキの中に仁徳天皇のクッキーを隠し、最初に探り当てた参加者に景品をプレゼントするというゲーム仕立てにした。スピリチュアルや古代史を語る会で、参加者全員が「古墳を発掘する」体験を共有する──こういう何でもない遊びが、場の質を変える。読書会は、頭で語る場であると同時に、身体で笑う場でもある。
第66回(2024/06)ジョー・モリヤマ『美しい表情は人生を変える』── エニアグラム
写真家のジョー・モリヤマさん登壇回。エニアグラム(性格類型論)の話で盛り上がった。
エニアグラムは、人間を9つの性格タイプに分類するフレームで、ギリシャ語の「エニア(9)」と「グラム(図)」を合わせた言葉だ。歴史的には2000年前のアフガニスタンに起源を持ち、イスラムのスーフィー派へと受け継がれ、20世紀にグルジェフが西洋にもたらした。
私自身、25年前(1999年頃)に鈴木秀子さんの『9つの性格』と出会い、エニアグラムに熱中した時期があった。ジョーさんは、写真家として人と対峙する時、相手のエニアグラムタイプを見極めて接し方を変えるという。目の筋肉の動きでタイプが分かるそうだ。
その日、参加者全員のエニアグラムタイプをジョーさんに見立てていただいた。結果、タイプ5(知識を得て観察する人)が3名、タイプ1が1名、タイプ4が1名、タイプ6が1名、タイプ9が1名。
ジョーさんによると、タイプ5がこのように一堂に会して話し合う場面は珍しいらしい。読書会という場が、自然に「観察し、知識を得たい人」を集めているのかもしれない、と気づいた。
第69回(2024/09)松原照子・保江邦夫「大世見対談」── 細江優子さんの場
予言で知られる松原照子さんと物理学者・保江邦夫さんの対談本を扱った回。著者ご本人は登壇されなかったが、編集を担当された雑誌『ムー』の細江優子さんが場を盛り上げてくれた。
松原照子さんの「世見(よけん)」──朝、紙とペンを用意してモーツアルトをかけると、過去の人物が現れて筆記が始まる──という現象は、合理的には説明しにくい。しかし、細江さんが検証していくと、その内容が実在の人物の発言と一致するという。
第70回(2024/10)柴原好男『自癒力』── 参加者推薦の循環構造
参加者推薦の循環構造を象徴する回。前回(第69回)に「すごい人がいる」と紹介された柴原好男さんの本を扱った。
「病気は心の問題のメッセージ」「人間は人生の目標を設定して生まれてくる」「ありのままに従うことの大切さ」──1990年代後半の本とは思えない斬新さがあった。
この回では、途中でサプライズゲストが電話で登場するという出来事も起こった。アジェンダにない突然の出来事だったが、それを楽しめるのが、この場の特徴である。
第71回(2024/11)小林正観『守護霊との対話』── りゅう哉さんとの系譜
小林正観さんの本を読書会で扱うのは3回目。
- 第3回(2018/02):『満月の法則』
- 第24回(2020/03):『そ・わ・かの法則』
- 第50回(2023/02):『幸せが150%になる不思議な話』
- 第71回(2024/11):『守護霊との対話』
複数回も同じ著者を扱った背景には、共同主催者・斎藤りゅう哉さんとの繋がりがある。前述の通り、りゅう哉さんは『そ・わ・かの法則』の編集者だ。正観さんは2011年に亡くなられているが、りゅう哉さんを通じて、その思想は今も私たちの読書会の中に流れている。
第72回(2024/12)加藤展生・田口ランディ「ダウジングって何ですか?」── 2024年の総括
JSD日本ダウジング協会の加藤展生さんが登壇された回。参加者は10名、スタッフを入れて13名。
加藤さんが場で行ってくれたダウジングのデモは印象的だった。L字に曲げた二本の棒(Lロッド)で水脈を探す、ペンデュラム(振り子)で潜在意識にアクセスする──こうした技法を、加藤さんはスピリチュアルな言葉ではなく、理路整然と説明された。
「ネガティブな問い(失恋相手とどう復縁するか等)より、ポジティブな問い(どう生きたらいいか等)に向いている」というアドバイスも、実用的だった。
読書会後、私自身もペンデュラムを購入し、セルフケアに使い始めた。読書会で出会った道具が、その後の生活に入り込んでくる──こういう波及効果も、読書会の面白さの一つだ。
第63回(2024/03)佐藤綾子『55歳からの実りの人生』── 成功と実り
この回は、20代1名、30代3名、50代4名という、世代の幅が広い回だった。テーマは「55歳からの人生後半をどう生きるか」。
佐藤綾子さんは54歳で人生の大きな転換期を迎え、人が幸せに生きるためには何が必要かを真剣に考え始めたという。決定的な影響を受けたのは、オランダ出身のカトリック司祭ヘンリ・ナウエンの教えだ。
ナウエンの言葉を引用したい:
人生後半は、成功を求めるのではなく、人と人とのつながりの中で、自分は他の人のために何ができるか、何を与えられるのか考えるのがハッピーだ。
成功と実りの間には大きな違いがあります。成功は強さ、管理、世間体などによってもたらされます。しかし、実りは弱さと傷つきやすさによってもたらされます。
人と人との交わりは傷を分かち合ってできる果実であり、親しさは互いの傷に触れることを通じてできる果実です。
「成功」と「実り」の違い。これは、私自身が人生の後半でずっと考え続けている問いと響き合った。
外資系製薬会社でメディカル・マーケティング業務に従事していた頃、私は「成功」のフレームの中にいた。数字、評価、昇進、影響力。しかし、ロルフィングと出会い、独立し、コーチングを学び、月1回の読書会を8年続けてきた今、自分が探究しているのは「実り」の方だと、はっきりと感じる。
その日の読書会は午後7時半に始まり、午前5時まで続いた。世代を超えた対話が、自然に「成功とは何か」「実りとは何か」という根源的な問いに収斂していった。
ゲスト総覧
これまで読書会にご登壇いただいた著者・ゲストの方々(順不同):
- 三上丈晴さん(雑誌『ムー』編集長)
- 辛酸なめ子さん(エッセイスト)
- ジョー・モリヤマさん(写真家)
- ヘイズ中村さん(占い師・著作家)
- 加藤展生さん(JSD日本ダウジング協会会長)
- 阿部博人さん(作家)
- 千本倖生さん(第二電電創業メンバー)
- 鍬幸次さん(作家・Constructive Living)
- 堀内恭隆さん(『シンクロニシティ・マネーの法則』著者)
- 加納敏彦さん(『お金「超」入門』著者)
- 細江優子さん(雑誌『ムー』編集者・人脈の核)
第6章 読書会が拓くもの ── 哲学と認識のOS
「奇跡」とは何か
「奇跡を呼ぶ読書会」と名乗っている以上、「奇跡とは何か」を語らなければならない。
ここで思い出すのは、第62回(2024/02・阿部博人『神を知り 生き方を知る』)の振り返りに、私が自然に書いた一文だ:
「私が理想とする地に足のつくスピリチュアル談義ができて楽しかった」
私たちが扱う本の多くは、スピリチュアル系に分類されることが多い。輪廻転生、ダウジング、神社、瞑想、量子力学──しかし、それらを「信じる場」ではなく「通じて対話する場」として運営してきた。「地に足のつくスピリチュアル談義」というこの一語が、私たちの場の性質を最も的確に表現していると、今でも思う。
私にとって「奇跡」とは、超自然的な出来事のことではない。奇跡とは、自分の予想外のことが起きること、必要な変化が起きることだ。
「あんでるせん」のマスター・久村俊英さんから受け取ったメッセージ──「世の中の出来事は全て幻想だ」「何事も練習すれば、実現するよ」と通じている。人生は幻想だからこそ、自分の思う通りにいく。クレドを作ること(=完了形で言葉にし、信じきること)で、現実が動き出す。そういう感覚の中で、予想外のことが起きてくる。
8年・87回の読書会で、私が何度も目撃してきたのは、まさにそういう瞬間だった。
- 課題本の話から始まったはずなのに、いつの間にか参加者の人生の根本問題が語られている
- 初対面同士の参加者が、まるで何年も知り合いだったかのように深い話を始める
- 著者ご本人が「ここまで話すつもりはなかったのですが」と笑いながら、本に書かなかったことを語る
- 深夜になり、誰かが沈黙し、しばらく誰も言葉を発さず、しかしその沈黙が場を深めていく
- 「あんでるせん」と「小林正観」が、第50回で交差する伏線が、3年越しで回収される
これらはすべて「予定されていなかった」が「起こった」出来事だ。そして、起こった後で振り返ると、そこに参加していた誰かにとって必要な変化が、確かにあった。だから「奇跡」と呼ぶ。アジェンダの外側でふっと立ち上がってくるものが、参加した人の人生に何かを変えていく──そういう場として、この読書会は続いてきた。
育っていく3つのOS
読書会では、認識のOSの中でも特に3つが育っていく。
1. 対話のOS(中心)
4対話形態(聴く・言語化・身体共有・沈黙)のうち、特に「聴く」と「言語化」が同時に動き出す。本という共通の素材があることで、参加者全員が「同じものを違う角度から見ている」という構造が生まれる。
そして、この「対話のOS」が育つこの場は、ある日突然始まったわけではない。私自身、長い時間をかけて「対話とは何か」を学んできた経緯がある。
- 1994年:ドラッカー × 中内功『創生の時』── 知性同士の対話というモデルに出会った
- 1998年:スティーブン・コヴィー『7つの習慣』── 自己との対話の素地を学んだ
- 2008年:CTI(Co-Active Coaching)応用課程修了 ── 対話の技法を身体化した
- 2017年12月:奇跡を呼ぶ読書会・よんでるせん 第1回 ── 本を入口にした集団対話を、自分自身の手で始めた
23歳でドラッカーから受け取った「対話」の種が、46歳で自分の手による「対話の場」へと到達するまでに、23年の歳月が流れていた。読書会は、私にとって「対話のOS」を集団の形で育てていく場でもあった。
2. 視点のOS
1冊の本を10人が読むと、10通りの読み方が現れる。それを場で共有することで、自分一人では辿り着けない視点に出会える。視点のOSが複数化される場、それが読書会だ。
3. 感覚のOS(副次)
深夜まで続く対話の中で、頭だけでなく身体が動く。笑い、涙、沈黙、食事を共有する身体感覚。これも場の一部だ。
場で繰り返し戻ってくる中心テーマ
8年・87回を振り返ると、いくつかの中心テーマが、何年もの間隔を空けて場に戻ってきていることに気づく。
ニュートラル/中庸
- 第1回(2017/12)野口嘉則『3つの真実』の解釈の一つ「ニュートラルな中心軸」
- 第26回(2021/02)本田健『ユダヤ人・大富豪の教えIII』の「中庸=センター」
- 私のコーチング8原則の②ニュートラル
大いなる叡智/真我/宇宙霊
- 2017/11 起源講演会(渡辺優氏)「宇宙の叡智」(ウォレス・ワトルズ)
- 第16回(2019/06)中村天風『運命を拓く』「宇宙霊=大いなる叡智」
- 第33回(2021/09)稲盛和夫『生き方』「真我=大いなる叡智」
死生観
- 第2回(2018/01)佐治晴夫『からだは星からできている』
- 第39回(2022/03)木内鶴彦『生き方は星空が教えてくれる』(臨死体験)
- 第68回(2024/08)竹倉史人『輪廻転生』(改称回)
再読の構造
- 稲盛和夫『生き方』: 第11回(2018/10)→第33回(2021/09)・3年後の再読
- 小林正観『そ・わ・かの法則』: 第3回(2018/02)→第24回(2020/03)・2年後の再読
3年・5年と間隔を空けて同じテーマに戻ってくる。読書会の場には、月1回・8年継続というリズムの中で、長いスパンの呼吸がある。
この「繰り返し読む」という構造には、深い由来がある。
20代に私が出会った渡部昇一『知的生活の方法』は、知的生活の豊かさを決めるのは「自分の中にどれだけの数の『古典』(=繰り返し読む本)を持っているか」だと説いていた。さらに2002年、伊藤肇の本を通じて、日産コンツェルン創業者・鮎川義介の「読書百遍、意自ら通ず」という東洋の智慧にも出会った。
英文学者と財界人。学問領域は違っても、深く読み続ける者が辿り着く結論は同じだった。そして、その智慧が、読書会という集団の場で「再読する本」として、いつの間にか根づいていた。
月1回・8年継続の意味
なぜ月1回なのか。なぜ8年続けてきたのか。
明確な戦略があったわけではない。月1回というリズムは、開始当初から自然にそうなり、開催地が綱島→恵比寿→渋谷と4段階で変わっても変わらなかった。2019年には参加者が集まらず3回ほどキャンセルになったこともあった。それでも「継続することが大事」と判断して、淡々と続けてきた。
8年続けてみて、振り返って分かってきたことがある。奇跡とは、期待してもなかなか起こらないものだが、月1回・8年続けてきたこの場では、それが当たり前のように起こり続けていた。週1回では密度が濃すぎて消化できず、年1回では場の連続性が保てない。月1回というリズムが、私にとっても参加者にとっても、ちょうどよい呼吸の間隔だったのだと思う。
個人読書から集団対話への発展
振り返ると、この月1回の本別読書の場は、私が個人読書で長年実践してきた方法論の発展形でもあった。
ドラッカーは「3-4年ごとのテーマ別読書」を実践した(個人・長期)。 私自身、2010年から「1年ごとのテーマ別読書」を続けてきた(個人・中期)。 そして読書会では、「1ヶ月ごとの本別読書」を集団で続けている(集団・短期)。
時間の単位は短くなり、密度は上がり、そして個人から集団へと拡張した。読書会は、私のテーマ別読書の「もう一つの進化系」だったのかもしれない。
MBLにおける5つ目の入口
MBLが提供している場は、4つの動詞で構成されている。整える(ロルフィング)、学ぶ(脳活講座)、問う(コーチング)、観る(タロット)。
そして、月1回の読書会は5つ目の動詞を担っている。それは「語る/読む」だ。
| サービス | 動詞 | 場の性質 |
|---|---|---|
| ロルフィング | 整える | 1対1・身体・10回完結 |
| 脳活講座 | 学ぶ | 1対多・神経科学・体系的 |
| コーチング | 問う | 1対1・対話・継続 |
| タロット | 観る | 少人数・象徴・半年単位 |
| よんでるせん | 語る/読む | 共同体・物語・月次 |
タロット交流会と読書会は、どちらも「対話のOS」を中心に育てる場だ。違いは、入口になるものが「象徴(カード)」か「物語(本)」かにある。タロットでは1枚のカードを複数の解釈で観るが、読書会では1冊の本を複数の物語として読む。同じ構造で対をなす関係だ。
二つの読書が交差する場所
ここまで読んできて見えてきたのは、この読書会が、私自身の中の二つの異なる読書を交差させる場でもあるということだ。
一方には、18歳の浪人時代から続けてきた、33年にわたる個人読書のプロジェクトがある。一人で本に向き合い、テーマを決め、自分の中で考えを深めていく営み。
もう一方には、2017年12月から続けてきた、8年にわたる集団対話の場がある。本を入口にして、他者と出会い、語り合い、それぞれの「ものの見方」が動いていく営み。
個人読書の33年と、集団対話の8年。この二つが交差する地点に、私が探究している「認識のOS」の手応えがある。
第7章 招待 ── 渋谷で続く第88回以降
2026年1月、綱島から渋谷へ
2026年1月、3年間住んだ綱島から渋谷へ転居した。1LDKから1Kへ、住空間は小さくなったが、その分、自分の人生を振り返る機会になった。
綱島時代の読書会は全37回(2023年1月〜2025年12月)。「綱島駅から徒歩15分」という決してアクセスのよくない場所にもかかわらず、多くの方にお越しいただいた。サポートいただいた全ての方々、そして当時の妻・亜希子(離婚済み・全ての回に料理を提供してくれた)に、深く感謝している。
場のお願い
読書会は、特定の宗教・スピリチュアル団体・マルチ商法等への勧誘の場ではありません。参加者の個人情報・場で語られた内容を外部で共有することはご遠慮ください。一人一人の意見が尊重される場として、8年続いてきた営みを大切に守っていきます。
8年・87回の蓄積を背負った場として
第88回以降の読書会は、これまでの87回の蓄積の上に立っている。一人一人の参加者が運んできてくれたもの、登壇された著者の方々の言葉、深夜まで続いた対話の積み重ね──そのすべてが、次の回の土壌になっている。
これからも月1回、1冊の本を持ち寄って、3時間(時に深夜まで)、参加者全員で語り合う場を続けていきたい。奇跡が呼ばれることを期待しすぎず、しかし起こることを許す。そういう場として。
そして、いずれこの読書会の8年・87回の蓄積を、書籍として体系化することも構想している。「対話のOS」が育っていく場の記録として、月1回の小さな営みが何を生み出してきたかを残しておきたいと思っている。
あわせて読みたい
- 「論理・感覚・対話・視点 ── 37年間の読書が育てた「認識のOS」という考え方」── この読書会の物語が生まれてきた、より長い読書の歴史について
- 「認識のOSの地図」── 認識のOSとは何か?について


