第3回:ヨガから瞑想へ──八支則とヨーガ・スートラが語る認識のOS
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はじめに
視点を一気に切り替える
第1回では、瞑想を続けるなかで観察の角度がどう立ち上がってくるか、素の感触に居られる時間がじわじわ延びていく経過、ループの起点がわずかに変わる出来事を、自分の身体に即した内側のメカニズムから辿った。書き換えの起点はいつも観察にある──第1回はそう書いた。
第3回では、視点を一気に切り替えたい。瞑想の歴史的・思想的な源流であるヨガに戻り、八支則とヨーガ・スートラが「認識の枠組み」をどう語っていたかを読み直してみる。坐の中で立ち上がる観察を、内側からではなく、古典の側から照らしてみたら、何が見えてくるのか──というのが、この第3回の入口だ。
ヤマと「止滅」、二つの違和感
たとえば、八支則の最初の二支、ヤマとニヤマは、いきなり「他者を傷つけない(アヒンサー)」「真実を語る(サティヤ)」といった倫理から始まる。アサナでもプラーナーヤーマでもなく、倫理が先に来る。なぜ坐るより前に倫理なのか、と若い頃には何度か思った。あるいは、ヨーガ・スートラの冒頭近くに置かれた一文──「ヨーガス・チッタ・ヴリッティ・ニローダ(ヨガとは心の働きを止めることである)」。心の働きを止める、という訳語のラディカルさに対して、これが2,000年以上前の文脈で何を意味していたのかは、自分の中で長く曖昧なままだった。
古典を読み直す入口として
倫理から始まる順序、心の働きを止めるという定義。これらを、現代から見ると違和感のある古い決まりごととして括ってしまうこともできる。けれど、瞑想と認識のOSという入口から読み直すと、見え方が変わる。八支則もヨーガ・スートラも、「認識の枠組みとは何か」「その枠組みはどう書き換わるのか」を扱った古典として読めるのではないか──というのが、第3回の出発点だ。
内側のメカニズムから辿った道と、古典の側から降りてくる道が、どこで交差するのか。次の入口は、そちらからになる。
「坐ること」の思想的位置づけ
八支則の8段階──外側ヨガから内側ヨガへ
冒頭で触れた、なぜ坐るより前に倫理なのか、という疑問の入口は、八支則そのものの構造にある。八支則とは、ヤマ(人に対して気をつけること)、ニヤマ(自分に対してすべきこと)、アーサナ(姿勢、ポーズ)、プラーナーヤーマ(呼吸法)、プラッティヤーハーラ(感覚を収める、制感)、ダーラナー(集中)、ディヤーナン(瞑想)、サマーディ(三昧)の8段階を指す。最初の二つが倫理的な準備、続く三つが身体・呼吸・感覚の準備、最後の三つが瞑想の深まり、という配列になっている。
2015年9月から11月にかけて、辻堂と藤沢で、ヨガインストラクターで医師でもある斎藤素子さんによる4回連続のプラーナーヤーマ連続講座を受講した(Y#28)。素子さんがインドのカイヴァリヤダーマ・ヨーガ研究所で学んだ系統では、八支則をさらに二つに分けて読む。ヤマからプラッティヤーハーラまでが「外側ヨガ」、つまり自分の意思で実践できる段階。ダーラナーから先が「内側ヨガ」、意思があるうちは到達できない段階。プラッティヤーハーラ(制感)はその両方に属し、外と内の架け橋になっている。
この区分が示しているのは、瞑想は意思で起こすものではなく、意思で起こせる準備が整ったとき、結果として立ち上がるものだ、という構造だと思う。坐っているこちらが瞑想に到達するのではない。瞑想のほうが、こちらの準備が整ったときに来る。
アーサナとは「坐法」──快適に長時間坐るために
アーサナという言葉も、現代のヨガの文脈で連想されるものとは、本来は少し違う。ヨーガ・スートラの定義は「スティラ・スカン・アーサナン」──安定して快適な姿勢がアーサナである、という一文に尽きる。これは元々、瞑想時の坐法を指していた。長時間、安定して快適に坐れる身体を作る、という、それ一つの目的のために設計された姿勢だった。
「快適に長時間坐る」というだけのことが、これほど難しいから、後にハタヨガという技法体系が生まれた。私が20年あまり練習してきたアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガにも「20分間、座位のまま座れることを目指すためにヨガの練習を行う」という教えがある(Y#64)。ハードなフローと汗と難関ポーズの先にあるのは、結局、20分静かに坐れる身体だ、という前提が、流派の中心にずっと据えられている。
伝統的なアーサナの練習では呼吸をコントロールしない、という素子さんの指摘も、同じ構造から出てくる。呼吸を意思で操作してしまうと、観察する道具が一つ減ってしまう。アーサナをとっているときに、いまの呼吸が心地いいか、そうでないかを、観察対象として呼吸の側に残しておく。心地いい呼吸が崩れたら、そこがアーサナを深めすぎている合図だ。「身体と心の準備が整うことでアーサナは安定する」と素子さんは連続講座の中で何度も繰り返した(Y#46)。
倫理から始まる順序の意味
こうして読み直していくと、八支則の8段階は、瞑想という出来事に向かって、身体・呼吸・感覚の側で観察の解像度を一段ずつ上げていく装置として見えてくる。第1回でいう「観察」を、外側からどう立ち上げるか、という問いに対する、古代の側からの一つの実装だ。逆に言えば、ここで立ち上げようとしているのは、坐そのものではなく、坐の中で動き出す認識の枠組みそのものへの観察の角度だ。八支則が倫理から始まる順序の意味も、この角度から見直されることになる。倫理は瞑想の前提条件ではなく、認識の枠組みのいちばん外側を整える観察の起点なのだ──そう読むことができる。
ヨーガ・スートラと認識のOS
「止滅」から「水路化」へ
冒頭で触れた、ヨーガ・スートラの定義「ヨーガス・チッタ・ヴリッティ・ニローダ」──ヨガとは心の働きを止滅させることである──について、もう一度立ち戻りたい。「止滅」という訳語は、初めて読んだ20代半ばの頃には、何かの精神修行のような響きで、自分の手元には引き寄せられなかった。
連続講座の中で素子さんが紹介してくれたのが、インドのカイヴァリヤダーマ研究所のティワリ先生の解釈だった(Y#48)。ティワリ先生は、この一節を「水路(Channelize)」というメタファーで読む。水を必要な場所に届けるように、心の働きを必要なときに必要な場所に送り届ける、という意味でヨガを捉える。「止める」のではなく「水路化する」。私はこの言い換えで、長く曖昧だったYS 1.2が、自分の手の届く場所に降りてきた感じがした。
サーンキヤとイーシュヴァラ
ヨーガ・スートラは、サーンキヤ哲学を母胎にしている。サーンキヤは25の原理で世界を説明する古典的な体系で、出発点はプラクリティ(物質原理)とプルシャ(精神原理)の二元論だ。ティワリ先生はこれを、磁石(エネルギー)と金属(物質)の関係に置き換えて説明していたという(Y#54)。エネルギーが物質を引き寄せることで、世界が立ち上がってくる。サーンキヤから見ると、ヨガは下から上、つまり物質の側から精神の側へ遡っていく実践として位置づけられる。
サーンキヤと違って、ヨーガ・スートラには「イーシュヴァラ」という概念が加えられている。至高の存在、神の総称。特定の宗教の神ではなく、信奉者がそこに当てはめる名を許容する形で置かれている。そのためヨーガ・スートラは「有神サーンキヤ」とも呼ばれる、と伊藤武の『図説ヨーガ大全』にもあった。ティワリ先生はイーシュヴァラを「音」として読み解いた──音によって言葉が生まれ、言葉によって私たちは知り、行動する。その音の集約が、オームという聖音だ、という解釈だった。
チッタと「認識のOS」
そして、もう一つの中心概念がチッタ──「心」と訳される語だ。チッタは三つの要素から成ると素子さんは説明した。マナス(Manas、心、Mind)、アハンカーラ(Ahankara、自我、Ego)、ブッディ(Buddhi、知性、Intellect)。マナスはおしゃべりが止まらない部分、アハンカーラは「私のもの」を独占する部分、ブッディは知性。ブッディがうまく働けば、マナスとアハンカーラのバランスが整う、という構造になっている。
ここで、第1回・第2回で扱ってきた「認識のOS」の言葉に翻訳してみたい。チッタ=認識の枠組み全体。ヴリッティ=枠組みが生み出す働き、揺らぎ、解釈の自動運転。ニローダ=その働きを止める、ではなく、必要な場所に水路化する作業。八支則の8段階で身体・呼吸・感覚の側から準備を整えていくのは、このチッタの構造そのものに、観察の角度を入れていくためだ──そう読み直すと、ヨーガ・スートラとMBLで使ってきた言葉が、ようやく同じ平面で会話を始める。
頭の理解と実践の理解
連続講座のなかで、素子さんが繰り返し強調していたことがある。「Intellectual understanding(頭による理解)と Practical understanding(実践による理解)の双方が大切。けれど、後者のほうがはるかに肝要」という言葉だった。これは、第1回で書いた「考えを言葉にすること」と「経験を言葉にすること」の二項に、ほぼそのまま重なる。古典の側でも、頭で理解できることと身体で腑に落ちることは、別の出来事だと最初から区別されている。だから素子さんは何度も「実践をレギュラーに真摯にしなさい」と言った。古典そのものが、読まれるためではなく、坐られるために書かれた、ということに尽きると思う。
個人史──ヨガから瞑想へ
ヨガを始めた頃
私がヨガを生活に取り入れ始めたのは2007年だった。ケン・ハラクマ主宰のインターナショナル・ヨガ・センターのアシュタンガ・ヨガ・クラスに1年通った後、2008年4月、タリック・ターミ主宰のマイソール東京(渋谷)に移った。マイソール東京は2020年7月にクローズし、それからは自宅での自主練習に切り替えて現在に至っている。流派としてはアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガを、自主練習を含めて20年あまり継続している(Y#84)。
最初の数年は、正直なところ、ポーズを練習することそのものに意識が向きすぎていた。難関のポーズが一つずつ与えられるたびに、自分の身体の進み方を他人と比べた時期もあった。思想側に意識が向き始めるのに、ある具体的な時期がある気がする。それが、2013年11月だった。
向きが変わった2013年11月
2013年11月上旬、Under the Light Yoga School主催のSarah Powersの陰ヨガ・ワークショップに参加して、瞑想に出会った(Y#42)。「心がリセットされるから是非、実践した方がいいよ」と言われ、生活に取り入れるようになった。わずか12分から始めた。これだけで続けられた。1ヶ月後の2013年12月末、ロルフィングを学ぶきっかけとなったリリーフ・スペースを主宰する伊藤彰典さんと出会い、そこから道が一気に開けていく。約4ヶ月後の2014年3月には、ロルフィングを海外で学ぶこと、外資系製薬会社を退社すること、世界一周をすることまで、ほぼ立て続けに決まっていた。瞑想を始めてから1年も経たないうちに、人生のレールが別の方向へ切り替わっていた。12分の坐がそれほど効くとは、当時はまったく予想していなかった。
三師との出会い(2015年)
2014年に1年近くかけて世界一周の旅を終え、2015年4月に個人事業主としてロルファーの活動を始めた頃、複数の思想的な師との出会いが、ほぼ同時に起きた。
最初は2015年5月、表参道のTaoZenの説明会に参加したところからだった。ニューヨークでマーケティング会社を経営しながら、瞑想・太極拳・気功を体系化してきた大内雅弘さんを、よしもとばななの『Q健康って?』という対談本を通じて知ったのがきっかけだった(Y#15)。6月のワークショップで大内さんの瞑想観に直接触れたとき、私の中に長く残ったのは「瞑想とは自我を薄くすることだ」という一言だった(Y#19)。自我を確立するのではなく、薄くする。自我というエゴの卵の殻を、内側から自発的に破る作業だ、と大内さんは言った。それまでのヨガの感覚に、まったく別の角度から光が差した瞬間だった。
同じ年の9月、ロルファーの佐藤博紀さんの紹介で、ヨガインストラクターで医師でもある斎藤素子さんと初めて会った。素子さんはインドのカイヴァリヤダーマ・ヨーガ研究所のティワリ先生の系統で学んでいた。9月から11月にかけて、辻堂と私の運営するセッション・ルームZEROで合計4回行われたプラーナーヤーマ連続講座に通い、八支則・ヨーガ・スートラ・サーンキヤ哲学を体系的に教わった(Y#53)。素子さんが繰り返したのは、伝統的なアーサナは観察を残すために呼吸を操作しないこと、そして「実践をレギュラーに真摯にしなさい」という一言だった。
10月には、TaoZenで小周天瞑想の2日間ワークショップに参加した(Y#40)。大内さんはそこで、瞑想の順番──Opening、技術、Let be、Closing、To live──のうち、現代の多くの瞑想教室は技術に偏向していて、Let beが軽視されている、と指摘した。技術段階で出る雑念は集中力の問題、Let beで出る雑念は自分にとって役立つ情報の可能性が高い、という区別だった。この区別は、後の自分の坐の習慣に深く効いてくる。
フルフィルメント瞑想とチャクラ瞑想(2017年)
2017年に入ると、瞑想スペースAOYAMAの空の瞑想教師・村上浩樹先生のセミナーで、フルフィルメント瞑想に触れた。同じ年の6月から、知人の紹介で表参道のSunPheonix Clubに通うようになり、約1年間チャクラを軸にした瞑想を学んだ(Y#65)。素子さんはインドの伝統、大内さんは伝統に縛られない現代の体系化、村上先生は別の系統の伝統──三者三様の瞑想に、ほぼ同じ数年のなかで連続して接したことになる。
信州内観から日常実践へ(2018-2019)
2018年末から2019年正月にかけては、安曇野の信州内観研修所で集中内観に参加した。きっかけは、営業力開発トレーナーの溝口陽介さんを通じて、青山学院大学法学部名誉教授の石井光先生と出会い、サロン・ZEROで1日内観を開催してきた流れにあった。2018年末に石井先生と再会した飲み会で集中内観を勧められ、当時の妻・亜希子と参加を決めた。フランクフルト在住のロルファー鎌田孝美さんも合流することになり、知人を含めた4人での7日間となった(Y#66)。坐の中で起きていることとは別の角度から、自分の人間関係の認識の枠組みが書き換わっていく経験だった。集中内観から帰ってきてからの日常内観と、2019年7月から始めた朝のジャーナリングが、結局のところ、その後の何年も続く実践として残った。
振り返って残ったもの
10年以上たって振り返ってみると、思想側で残ったのは、特定の一冊や一つの体系というより、複数の系統に触れたことで自分の中に立ち上がってきた、いくつかの実践の手触りだった気がする。その手触りが、現在ロルファーとしてクライアントの身体に触れているときの基底に、薄く流れている。最初の入口が2013年11月の12分の坐だったことを思い出すと、毎度、不思議な気がする。
個別化原理の多層性
普遍と個別の問題
ここまで読み直してきたヨガ思想は、八支則・ヨーガ・スートラ・サーンキヤ哲学のいずれも、普遍的な構造として書かれている。しかし、それを実装する側、つまり一人一人の身体・呼吸・性質において、どう坐ればいいかは、まったく同じではない。この個別化の原理が、思想と実践を結ぶときに、いつも問題になる。第3回の最後にもう一つ、この個別化が複数の層で同時に立ち上がっていることを書いておきたい。
近代ヨガに織り込まれた個別化──クリシュナマチャリア
一つ目は、近代ヨガそのものに織り込まれていた個別化だ。現代のヨガのほとんどの流派が、最終的にはマイソールに辿り着くと言われる。ティルマライ・クリシュナマチャリア(1888-1989)。彼の息子で後継者のT.K.V. Desikacharは、父の教えの本質を「ヨガの練習法は一人一人に合わせて組み立てられる必要がある」と一言で要約している(Y#36)。実際にクリシュナマチャリアは、若い男性のパタビー・ジョイスにはアシュタンガ・ヴィンヤーサ・ヨガを、怪我のリハビリ中だったB.K.S.アイアンガーにはアライメント中心のアイアンガー・ヨガを、息子のDesikachar自身にはヨガ・セラピーを、それぞれ別の体系として渡した。同じ師の手から、3つの異なる流派が生まれている。普遍に見える八支則の枠組みも、降ろし方の段階で必ず個別化される、という事実が、近代ヨガの誕生のときから組み込まれている。
体質の層──アーユルヴェーダ
二つ目は、生理的な体質の層、すなわちアーユルヴェーダのドーシャだ。2015年6月、世界一周の終盤に、スリランカのシッダレーパ・アーユルヴェーダ・ヘルスリゾートで4日間の施術を受けた(W#156)。アーユルヴェーダでは、体質(プラクリティ)は生まれた瞬間に決まる固有の状態として捉えられる。3つのドーシャ──ヴァータ、ピッタ、カパ──のうちどれが優位かによって、施術で使うオイルすら変わる。ヴァータならゴマ油、ピッタならギー、カパならヤシ油。私自身は4日間の問診の結果、ピッタ・カパ体質と診断された。一人一人の身体が、その人の元の状態に戻るための処方が組まれる、という発想は、ヨガの坐法を組み立てるときの個別化と、同じ根を共有していると思う。
知覚モダリティの層──VAK
三つ目は、知覚モダリティの層だ。プラーナーヤーマ連続講座のなかで、素子さんが瞑想のテクニックの選び方の話をしたとき、NLP(神経言語プログラミング)のVAKモデルに触れた(Y#52)。視覚(Visual)、聴覚(Auditory)、体感覚(Kinesthetic)のうち、どれが優位かは人によって違い、6割近くが視覚優位だという。同じ「へそに意識を向ける」という指示一つとっても、視覚優位の人は「へそを見る」になり、聴覚優位の人は「へそで呼吸する音を聞く」になり、体感覚優位の人は「へそにエネルギーを感じる」になる。瞑想のテクニックがあれだけ多様なのは、おそらくここに理由がある。
認識のOSという第四の層──普遍と個別の二重性
四つ目は、私自身が「認識のOS」と呼んできた個別性の層だ。ある人の認識は、科学・身体・コーチング・異文化という4つの異なる方角から組み合わされた、その人固有のOSとして立ち上がっている。クリシュナマチャリアの個別化、アーユルヴェーダの体質、NLPのモダリティは、いずれもこのOSのある層に対応している。坐る前に整えるべきは、抽象的な「正しい姿勢」ではなく、自分のOSのいまの組み合わせに合った入口だ──そう考えると、八支則が普遍的な構造として置かれていることと、流派や体質や知覚優位による個別化が必要なことは、矛盾せず両立する。
普遍と個別の二層を同時に持つこと──ヨガ思想がそれを2,000年以上前から内蔵していたことのほうが、いま読み直してみると驚きの大きい部分だと思う。
まとめ──次の入口へ
ここまでの読み直し
ここまで、ヨガの思想側から、瞑想と認識のOSの関係を辿ってきた。八支則は普遍的な構造として置かれ、ヨーガ・スートラはチッタという認識の枠組みそのものを扱い、サーンキヤ哲学はその枠組みが立ち上がる順序を物質と精神の二元から説く。それぞれが、現代から見ても、認識の枠組みがどう書き換わるかという問いを、別の角度から扱った古典として読める。一方で、その実装は、流派、体質、知覚モダリティ、そして一人一人のOSの組み合わせによって、必ず個別化される。普遍と個別の二重性が、ヨガ思想の核に最初から織り込まれていた。
次の入口──坐っていない時間へ
私自身、ヨガと瞑想を続けてきた一つの理由は、誰かと向き合うときの自分の基底の質を、少しずつ整えていきたいということに尽きる気がしている。古典の側で「実践をレギュラーに真摯に」と言われ、現代の側で「Let beが軽視されている」と言われる。その間にあるのは、一日のうちのわずかな坐の時間と、坐っていない大部分の時間で、観察の角度をどう保つかという問題だ。
第3回はここで一区切りとする。次の第4回では、坐っている時間の外側、つまり日常のなかでマインドフルネスを継続させる装置──「型」と「内観」──について書く。坐の中で立ち上げた観察を、坐っていない時間にもどう連れていくのか。次の入口は、そちらからになる。
本シリーズ:認識のOSを書き換える(全4回)
- 第1回:瞑想と認識のOS──書き換えは観察から始まる
- 第3回:ヨガから瞑想へ──八支則とヨーガ・スートラが語る認識のOS(本記事)
- 第4回:日常のマインドフルネス──「型」と「内観」が認識のOSを書き換え続ける
- 第2回:瞑想の神経基盤──ポリヴェーガル理論・DMN・幻覚剤研究が語ること
→ シリーズ全体の俯瞰は 瞑想Gateway──認識のOSを書き換える4つの入口 を参照


