1. HOME
  2. ブログ
  3. 論理のOS(知る)
  4. 【第6回】現在の地形(2026)── 三つの認識のOSが決めている世界
BLOG

ブログ

論理のOS(知る)

【第6回】現在の地形(2026)── 三つの認識のOSが決めている世界

【シリーズ】生成AIの歴史 ── 2012年からの14年間とその前史【第6回/全7回】

※本記事では、登場する作家・著者の敬称は省略しています

2012年から2026年までの14年間、生成AIをめぐって何が起きていたのか。私はそれを2024年、人工知能を年間テーマに掲げた1年間の集中読書のなかで、遅れて辿り直した。本シリーズはその辿り直しの記録であり、生成AI 14年史を、技術史としてではなく、複数の認識のOSが衝突し再編していく物語として読み解く試みである。先に公開したDemis Hassabisシリーズ全3回(神経科学者のAGI観)とElon Muskシリーズ全5回(物理工学者の人工知能観)の、歴史的共通基盤となる全7回。

全7回構成

  • 第1回:なぜ深層学習革命の研究者は全員カナダにいたのか ── 傍流が認識のOSを書き換える30年(1987-2012)
  • 第2回:哲学的足場の形成(2012-2014)── 個人の不安が言語を得る
  • 第3回:組織の誕生(2015-2016)── 不安が制度化される
  • 第4回:技術の革命(2017-2022)── 機械が言葉を獲得する
  • 第5回:AGIレースの形成(2023-2025)── 業界が分裂・再編する
  • 第6回:現在の地形(2026)── 三つの認識のOSが決めている世界 ★ 本記事
  • 第7回:帝国の影 ── サイエンスとビジネスの二つの認識のOSが見せる業界の風景

はじめに:14年史の到達点

これまでの4回で、生成AI 14年史を辿ってきた。

第2回(2012-2014)で哲学的足場が形成され、第3回(2015-2016)で組織的骨格が確立し、第4回(2017-2022)で技術的革命が起き、第5回(2023-2025)で業界の本格的な分裂と再編が完了した。2012年のロケット工場のカフェテリアで Hassabis が Musk に AI 危険性を警告した瞬間から始まった個人の漠然とした不安は、Bostrom の哲学的言語、Asilomar 原則、OpenAI と Anthropic と xAI の組織、Transformer と GPT と Claude の技術、そして Tesla FSD と Optimus の物理的体現へと、14年かけて翻訳されてきた。

そして本シリーズの隠れた縦糸 ── Hassabis-Musk のねじれた絆── も、14年間を通して形を変えてきた。警告者 vs 警告された者(2012)から、警告者の組織 vs それに対抗する組織(2015-2022)へ、そして第5回で見た通り、それぞれが独立した認識のOSを持つ主体として別々の道を歩む状態(2023-2025)まで来ていた。

そして2026年5月。

本シリーズが書かれている現在の地形を、私は2024年の集中読書ですでに「部分的な現在」として観察していた。Bostrom が2014年に予言したことの、どれが当たり、どれが想像を超えて起きたか。10年というレイテンシで読みながら見えた風景。しかし2026年5月、私が完全には予測できなかった一つの出来事が起きた ── 14年前のカフェテリアで始まったねじれが、ある種の和解を見る瞬間。そして、それが本シリーズの結びを書く動機の一つになった。

第6回(2012-2026の14年史の結び)では、現在の地形を整理する。そして本Part 末尾では、次回 Part 7 への橋渡しに向かう ── 集団的認識のOSという別レイヤーへの視点移動の予告として。本Part で扱う三つの問いは:

  • 2026年5月の SpaceXAI-Anthropic 大型契約 ── 認識のOSの劇的更新の事例、そして Hassabis-Musk ねじれの和解として
  • 三人の認識のOSが決定している現在の構造 ── 14年の到達点
  • これから何が起きるのか、そして、この歴史を辿った私自身は何をすべきか ── 個人的な宿題として

23. Anthropic の急成長(2024-2025)

第6回の起点として、まず2024-2025年に静かに進行していた、Anthropic の急成長を確認しておく必要がある。

2021年初頭の設立から5年、Anthropic は驚異的な速度で第三の主要 AGI 組織へと成長していた。Claude シリーズ(Claude 1、Claude 2、Claude 3、Claude 3.5、Claude 4 系列)を続々と公開し、Constitutional AI による独自の安全設計を磨き続けた。2025年、Anthropic は30億ドルを新たに調達し、企業評価額は380億ドル規模に到達した。これは設立4年目としては破格の数字だった。

Anthropic の認識のOSの独自性は、「安全性は能力と対立しない、むしろ能力を強化する」という確信にあった。Constitutional AI の発想は、AI に「自己批評と修正の能力」を息づかせること。これは Bostrom の「価値整合問題」への、最も技術的に洗練された応答の一つだった。第4回で見た Russell の “off-switch game” と “provably beneficial AI” の構想── 事前定義された目的関数ではなく、人間の選好への不確実性を組み込んだ AI 設計 ── が、Anthropic で技術として結実したと言える。

そして2025年末から2026年初頭にかけて、Claude シリーズはコード生成、長文推論、研究補助の分野で業界トップクラスの性能を確立していた。多くの開発者、研究者、企業ユーザーが、ChatGPT から Claude へと乗り換えるか、両方を併用する状態が広がっていた。

ここで重要なのは、Anthropic の精神的系統である。設立者 Amodei きょうだいは OpenAI からの離反者だが、Constitutional AI と Russell の影響を受けた安全志向は、実は Hassabis が2012年のカフェテリアで Musk に語った「AI を慎重に扱うべきだ」という認識のOSと、深い親和性を持っている。Hassabis 自身は DeepMind を率いて別の組織にいるが、Anthropic は安全志向の AI 開発という系統で、Hassabis-Bostrom-Russell ラインの延長線上にある。

そして、Anthropic の急成長は、別の主要人物の認識のOSに強い反発を呼ぶことになる。


24. 2026年2月、Musk の Anthropic 攻撃

2026年2月、Musk は X 上で Anthropic への激しい攻撃を開始した。

彼は社名 Anthropic(「人類に関する」という意味のギリシャ語起源)を**「misanthropic(人間嫌い)」ともじり、Claude を「evil(悪)」と呼び、Claude の出力が人種・ジェンダーのバイアス**を持っていると非難した。具体的な事例として、Musk は Claude が特定の質問に対して「ポリティカリー・コレクトな歪み」のある回答をすると主張し、その例を X 上で繰り返し共有した。

これは Musk の認識のOSと完全に整合する攻撃だった。彼の AI 観は一貫して、「真実をストレートに語る AI」── Grok の設計思想 ── を理想としていた。「機械が出力を制御されている時、それは整合的ではなく、検閲されている」というのが Musk の見方だった。Anthropic の Constitutional AI ── AI に「憲法」を与えて自己批評させる設計 ── は、彼の認識のOSから見れば**「機械を不自由にする欺瞞**」だった。

業界全体が驚いた攻撃の激しさだった。Anthropic は2021年の OpenAI 離反以来、業界内で**「最も真摯に安全性を追求している組織**」として広く認知されていた。Musk が AI 安全性運動の中心人物(AI 停止書簡の署名者)でもあったことを考えると、その Musk が Anthropic を「evil」と呼ぶことは、認識のOSの奇妙な捻れを露わにした。

しかし Musk の論理は、彼自身の認識のOSの中では一貫していた ──「真の安全性とは、検閲ではなく、真実の追求と能力の整合性である」。Anthropic は「真実の検閲」をしていると Musk は見た。Grok は「真実をストレートに語る」と Musk は信じた。だから Anthropic は 「misanthropic」、Grok は人類のための真の AI、というのが彼の論理だった。

そして、わずか3ヶ月後 ── すべてが反転する。


25. 2026年5月の劇的反転 ── SpaceXAI 誕生と Anthropic 契約

2026年5月6日。

Musk は、生成AI 14年史で最も予測不可能な戦略的反転を発表した。

第一に、SpaceX が xAI を吸収合併し、新組織「SpaceXAI」が誕生した。これは Musk が長年構想してきた、宇宙開発と AGI 開発の統合だった。SpaceX のロケット打ち上げと衛星インフラ、xAI の AI 研究と Grok 開発、これらを一つの組織として運営する。これだけでも業界に強烈な印象を与えた。

しかし第二の発表が、本当の衝撃だった。SpaceXAI は、Anthropic と大型コンピュート契約を結ぶ

契約の中身:

  • Colossus 1 データセンターの全コンピュート容量を Anthropic にリース
  • 場所:テネシー州メンフィス
  • 規模:300MW、22万 GPU(NVIDIA H100 系列)
  • 用途:Claude Pro と Claude Max の容量増強に直接使用
  • 期間:複数年契約

つまり、SpaceXAI が、3ヶ月前まで「misanthropic」「evil」と呼んでいた組織のために、自社の最大データセンターを差し出した。これだけではなかった。Musk は追加で「軌道上コンピュート(宇宙データセンター)の共同開発」にも興味を示すと付け加えた。これは SpaceX の衛星打ち上げ能力を活用して、宇宙空間にデータセンターを構築するという構想 ── 物理インフラとしての AI の、最も極端な形態の予告だった。

そして契約発表と同時に、Musk は X 上で次の発言を公開した:

“I spent a lot of time last week with senior members of the Anthropic team to understand what they do to ensure Claude is good for humanity and was impressed. Everyone I met was highly competent and cared a great deal about doing the right thing. No one set off my evil detector.”

(先週、Anthropic のシニアメンバーと多くの時間を過ごし、彼らが Claude を人類に善いものにするために何をしているかを理解しようとした ── 感銘を受けた。会った全員が極めて有能で、正しいことをすることに深く配慮していた。誰も私の「悪検知器(evil detector)」を発動させなかった

この一連の動きは、Elon Musk シリーズ第5回で詳述した通り、認識のOS論の観点から見ると、極めて興味深い「直接対話による認識のOSの更新」の事例である。

論理的に整理すると、こうなる。3ヶ月前の Musk の認識のOSは ──「Anthropic は misanthropic、Claude は evil、Constitutional AI は欺瞞」── だった。それは X 上の出力サンプルと、自身の AI 哲学(Grok の真実追求路線)からの推論で形成されていた。

しかし直接 Anthropic のシニアメンバーと長時間対話することで、Musk の認識のOSに新しいデータが入力された。「会った全員が、正しいことをすることに深く配慮していた」── これは X 上のサンプル分析からは得られない、人と人の直接接触からのみ得られる情報だった。

そして Musk の認識のOSの中核 ──「不可避なものは整合的な主体が作るべき」── が、Anthropic を**「整合的な主体**」として認定した。一度認定すれば、彼の認識のOSの論理に従って、自社の最も価値あるインフラ(Colossus 1)を提供することは整合的だった。

ここで本シリーズ第4-5回で見た「契約の拘束力をめぐる戦い」が、別の形で再演されている。Musk vs OpenAI 訴訟(2024年)は、契約に書かれた設立時のミッションは拘束力を持つべきだという主張だった。SpaceXAI-Anthropic 契約は、今、書く契約に、Anthropic との関係を物理インフラとして拘束するという、未来志向の契約論だった。

そして、Musk の認識のOSの中核である「暗黙知の言語化」が、ここで最も物理的な形態に到達した:

  • 個人の不安 →(言語化)→ 哲学(Bostrom)
  • 哲学 →(言語化)→ 公的議題(Tweet、Hawking、Gates)
  • 公的議題 →(言語化)→ 組織(FLI、OpenAI、xAI、Anthropic)
  • 組織 →(言語化)→ 技術(Transformer、GPT、Claude、Grok)
  • 技術 →(言語化)→ 物理インフラ(Colossus 1、軌道上コンピュート)

これが2026年5月時点での到達点である。

そしてここで、本シリーズの隠れた縦糸 ── Hassabis-Musk のねじれた絆 ── が、14年を経てある種の和解を見たことを、明示的に書いておきたい。

2012年のカフェテリアで Hassabis が Musk に伝えたメッセージの核心は、「AI は慎重に扱うべき存在的リスクだ」だった。14年後の2026年、Musk が Colossus 1 を提供する Anthropic は、まさにそのメッセージを技術として最も真摯に体現している組織である。Constitutional AI、Russell 系の安全設計、Bostrom 系の価値整合問題への取り組み ── これらは Hassabis が2012年に Musk に語った「慎重な AI 開発」の系統の現代的な体現である。

Hassabis 自身は今 Google DeepMind を率いて別の組織にいる。彼と Musk は2014年以来、組織として対立してきた。しかし2026年、Musk は Hassabis 個人とではなく、Hassabis が代表してきた『安全志向の AI 開発』の系統と、再び結合した。これは、14年前の警告に対する、Musk の 遅れた応答であり、最も実体的な応答でもある。

ここで、本回唯一の「実は別の道もあった」を書く。

もし Musk が Anthropic のシニアメンバーと直接対話することを試みていなかったら── SpaceXAI と Anthropic は対立陣営のまま、米国 AI 業界の分裂は決定的になった可能性がある。あるいは、別の競合(Microsoft や Google)が先に Anthropic に資本提携を提案していたら、Anthropic は別の連合の内側に置かれ、Hassabis-Musk のねじれは別の形で続いた可能性がある。「直接対話」が認識のOSを更新するという、最も古典的な原則が、ここでも作動した。14年前のカフェテリアで Hassabis が Musk と直接対話したのと、同じ仕組みが、3ヶ月の Anthropic 訪問で再演された ── これは認識のOS論にとって、最も美しい対称性の一つである。


26. 三人の認識のOSが決定している現在の構造

2026年5月時点での生成AI業界の地形を、認識のOSの観点から整理しよう。

OpenAI(Sam Altman 派)── ChatGPT、GPT-4o、o1 / o3 系列。Microsoft 連合。Altman の認識のOSは「製品で世界を学習する、Move fast, release early」。仮説検証反復型。最も多くのエンドユーザーを抱える組織。

Google DeepMind(Demis Hassabis 派)── Gemini、Deep Think。Google 内部の独立研究組織。Hassabis の認識のOSは「脳から逆算する、神経科学的演繹型、Bennett の進化的階層を順に積む」。最も科学者寄りの組織。推論モデル時代に再起。

Anthropic(Dario & Daniela Amodei 派)── Claude シリーズ、Constitutional AI。SpaceXAI とのコンピュート連合(2026年5月以降)。Amodei きょうだいの認識のOSは「AI に憲法を与え、自己批評させる、安全性と能力の統合」。最も技術的安全設計に注力する組織。

SpaceXAI(Elon Musk 派)── Grok、X リアルタイム学習、Tesla FSD、Optimus、Colossus 1、軌道上コンピュート構想。Anthropic にコンピュートを提供する。Musk の認識のOSは「物理から計算し直す、Vision-Only、End-to-End、物理インフラとしての AI」。最も垂直統合された組織。

そしてこの四極は、認識のOSの観点から見ると、生成AI の三つの中核的役割を分担している:

  1. Hassabis(科学)── AGI の科学的本質を追求し、製品で証明する
  2. Altman(製品)── AGI を世界の日常に届ける製品インターフェースを作る
  3. Musk(インフラ)── AGI を支える物理計算資源と統合システムを所有する

Anthropic はこの三つの中で、「安全性を技術として形にする」という独自の役割を担いつつ、Musk(インフラ)との戦略的提携で生き残っている。

2026年5月の現時点で:

  • Hassabis は Gemini を作っている
  • Altman は ChatGPT を運営している
  • Musk は Anthropic にコンピュートを貸している

最後の行が、生成AI 14年史で最も予測不可能だった現在の地形である。2014年の specist 事件で、Page-Hassabis ラインと Musk が決裂した。2015年に OpenAI が設立され、Musk と Altman が手を組んだ。2018年に Musk が離脱し、2024年に OpenAI を提訴した。2026年2月に Musk が Anthropic を攻撃した。そして3ヶ月後、Musk は Anthropic と最大規模の契約を結んだ

14年の地形」は、決して直線的に進んだのではない。複数の認識のOSが、対立し、結合し、分裂し、また再結合する、Graeber と Wengrow が古代社会で観察した社会実験のような蛇行を経て、現在の地形に到達した。


27. Bennett の第6のブレイクスルー ── 暗黙知言語化の階梯

ここで、本シリーズ全体を通じて控えに置いてきた、進化的視点を引き上げておきたい。

私が2024年12月19日に読んだ Max S. Bennett 著『A Brief History of Intelligence』── 知性の進化を5つのブレイクスルーで整理した書物 ── は、Demis Hassabis シリーズの背景理論として、本シリーズの隠れた縦糸でもあった。Bennett の5つのブレイクスルー:

  1. 第1:自己 vs 他、行為の能動性(古代の海洋生物)
  2. 第2:強化学習(脊椎動物)
  3. 第3:エピソード記憶とシーン構築(哺乳類)
  4. 第4:心の理論、他者の心の予測(霊長類、人間)
  5. 第5:言語と物語、抽象的シンボル操作(人間のみ)

これらは進化が4億年かけて達成したものだった。

そして Demis Hassabis シリーズで議論したように、Bennett の枠組みの先には「第6のブレイクスルー」が想定可能である。それは何か?

第5回で見た推論モデル時代が、その候補の一つを示している ── 「言語で深く考える、System 2 思考を立ち上げる」。これは Bennett の第5(言語)の上に、新しい層を加える。「言葉を扱う」(GPT までの System 1)から「言葉で深く考える」(o1 以降の System 2)へ。

そして本シリーズで辿ってきた14年は、人間が機械を、第6のブレイクスルーまで連れていく過程でもあった。

ここで一つの整理を試みる。生成AI 14年史を「暗黙知の言語化」の階梯として読み直すと、こうなる:

段階内容主役時期
1個人の不安・直感Musk、Bostrom〜2014
2哲学的厳密性Bostrom2014
3公的議題Musk、Hawking、Gates2014-2015
4組織化(共同体)FLI、OpenAI、Anthropic2014-2021
5業界共通規範Asilomar 原則2017
6技術として結実Transformer、GPT、Claude2017-2022
7製品としての到達ChatGPT、Gemini、Grok2022-2025
8物理インフラColossus 1、軌道上コンピュート2026〜
9これから

8段階目までは、本シリーズで辿った14年史である。

問題は9段階目だ。暗黙知の言語化は、物理インフラの先にどこへ向かうのか

可能性の一つは、AI 自身が暗黙知を言語化する主体になることだ。Constitutional AI で AI が自己を批評するように、AGI が人間の暗黙知を、人間を超える解像度で言語化する未来。これは人間と AI の関係の根本的な反転である。

可能性のもう一つは、より静かで、より個人的なものだ。


28. 私自身の旅路 ── これからの問い

ここまで書いてきて、最後に、私自身の話に降りる必要がある。

本シリーズの第2回冒頭で、私はこう書いた ──「2024年8月28日、私は Bostrom を手に取った時、10年遅れだと感じた」と。生成AI 14年史を、私は2024年に集中的に辿り直した。2012年のロケット工場のカフェテリアで始まった何かに、私は12年遅れて参加していた

しかし、生成AI 14年史と並走して、私自身の14年も進行していた。

2014年、私はドイツで Rolfing のトレーニングを始めた。当時は東京で外資系製薬会社の中枢神経領域のメディカル・マーケティング業務に従事していた。製薬業界での仕事は2014年末に区切りをつけ、その後の数年で、ロルファー、Co-Active コーチ、タロット実践者、神経科学の講座運営者、執筆者として、東京の小さなスタジオを拠点に活動を組み立て直した。

世界一周(26カ国65都市)を経て、毎年テーマを決める読書実践を続け、Mind-Body Lab という場を立ち上げ、Rolfing-Zero と MBL という二つのウェブサイトで書き物を発信するようになった。中心軸は一つだった ──「認識のOS」という、世界を切り取る深層の枠組みを、身体・対話・哲学を通じて観察し、必要に応じて書き換える試み。

つまり生成AIの14年は、私自身が MBL を立ち上げてきた14年でもあった。

そして気づいた ── Musk が物理インフラに翻訳してきた営みと、私が身体と対話に翻訳してきた営みは、同じ系統の仕事だった

Elon Musk シリーズ第1回で書いた通り、「暗黙のものを表に引き出す」というメタ営みを、Armstrong はテストパイロットとして、Musk は物理工学者として、私はロルファーとコーチとして、それぞれ別の素材と手段で形にしてきた。三者は本質的に同じ系統である。

ただし、規模も対象も決定的に違う。Musk は組織と物理インフラを通じて、世界規模で暗黙知を物理化する。私は身体と対話を通じて、一人ずつ、目の前のクライアントの中で言語化する。スケールは違う、しかし営みの構造は同じ

Demis Hassabis シリーズで提示した「生物学的身体性」、Elon Musk シリーズで提示した「工学的身体性」── これら二つに加えて、私はもう一つの第三の身体観を提示してきた ──「認識装置としての身体」。身体を、物理機構としてでも生物学的進化の結果としてでもなく、認識のOSがその上に立っている、最も基底の認識装置として見る視点。

2026年、私の年間読書テーマは**「宇宙開発と仏教」**である。Elon Musk シリーズの源泉となった宇宙開発と並んで、もう一つ ── 仏教の縦糸。私が長年関わってきた非二元的認識(Dzogchen、禅、Advaita、Merleau-Ponty 後期、現代神経科学が交差する地点)の系統が、2026年により深く掘られていく予定である。

そしてこの仏教の縦糸が、本シリーズの結びに、静かに効いてくる。

「暗黙知の言語化はどこへ向かうのか」という問い ── 階梯の9段階目 ── に対して、仏教の縦糸が示すのは、こうだ。言語化されないもの、言語化を超えたもの、言語化以前のものの領域を、AI 時代に再び見直す必要がある。

Bostrom が2014年に始めた「価値整合問題」── 機械に「正しい価値観」をどう持たせるか ── は、結局のところ、価値観そのものを言語化することを前提としている。Constitutional AI も、Asilomar 原則も、Anthropic の Claude も、言語化可能な価値を扱う。

しかし、人間の真の価値観 ── 慈悲、智慧、悟り、目覚め、つながり、愛 ── は、本当に言語化可能なのか? 仏教の伝統が2,500年かけて示してきたことの一つは、最も深い価値は、言語化を拒むということだった。

これは、AI 時代における未解決の根本問題を予告する。AGI が人類を超える知能を持っても、言語化を超えた領域を扱えないなら、それは限界を持つ。逆に、人間が「言語化を超えた領域」── 身体的悟り、非二元的認識、慈悲の実践 ── を保つことで、AI 時代の中で人間ならではの場を確保できるかもしれない。

そしてここで、本シリーズが Part 4 で Asilomar 会議を扱った際に補助線として置いた、もう一つの縦糸を改めて引いておきたい。自主規制の限界が露わになっていく倫理史 ── 1975年の生命科学アシロマから、2015年のナパ会議、2018年の賀建奎事件へと続く40年の歩み ── は、MBL の生命観の変遷シリーズ第8回「プログラマーたち」 で詳述している。生命科学史が示してきた構造 ── 規模が大きくなれば、個人の倫理意識や業界の自主規制では追いつかなくなる ── は、AI 14年史の現在地でも同じ顔をして現れている。本シリーズが Part 2-6 で辿ったのは、Hassabis・Altman・Musk という個人の認識のOSだった。次回 Part 7「帝国の影」では、業界の集団的認識のOS が見落としているもの ── データラベラーの労働、データセンターの水、米国旗の下のサウジ、19世紀の植民地構造を反復する地理的展開 ── に視点を移す。個人OS の物語を辿り終えた今、その地面で何が起きているかを問う。

これが、本シリーズを書き終えての、私の暫定的な観察である。14年史の結びは、14年史を超える領域への招待でもある。


結びの言葉

本シリーズを書き始める前、私は B#172(2024年の92冊を3冊で代表させた記事)の構造を思い出していた。もし2012年から2026年までの14年を3冊で表現するなら、私はこう選ぶ:

  • 始まりの一冊:Nick Bostrom『Superintelligence: Paths, Dangers, Strategies』(2014) ── 哲学的足場の原点
  • 中間の証言:Parmy Olson『Supremacy』(2024) ── OpenAI と DeepMind の並走を、ChatGPT 革命直後の視点で記録した
  • 現在の証言:Sebastian Mallaby『The Infinity Machine』(2026) ── Hassabis という一人の主役を通じて、14年史の到達点を描いた

これら3冊は、生成AI 14年史の入口、中盤、現在を、それぞれ別の角度から提示する。本シリーズの読者のうち、14年史をより深く知りたい方には、この3冊を順番に読むことを勧めたい。

そして、本Part の閉じとして。


次回 Part 7 への橋渡し ── 視点を別レイヤーに移す

ここまで本シリーズ Part 2-6 を通じて、14年史を時系列で追ってきた。個人の不安(Part 2)、組織の誕生(Part 3)、技術の革命(Part 4)、業界の分裂(Part 5)、そして2026年の地形(Part 6)。個人OS が集積して業界をつくり、業界の構造が次の個人OS を書き換える ── その循環の風景を辿ってきた。

しかし、時系列を追うだけでは見えないものがある。14年全体を、もう一度、別のレイヤーから読み直したとき、業界という集団が、どんな認識のOS で動いてきたかが見える。

本Part の中盤で予告したように、私たちはここまで Hassabis・Altman・Musk という個人の認識のOS を辿ってきた。しかし、その個人OS たちが集積した先で、業界という集団的存在は、別の論理で動き始めている。資本の論理、組織の論理、地政学の論理 ── それらが研究者個人の認識のOS を、しばしば書き換えていく。データラベラーの労働、データセンターの水、米国旗の下のサウジ、19世紀の植民地構造を反復する地理的展開 ── 個人OS の物語を辿り終えた今、その地面で何が起きているかを問う必要がある。

次回 Part 7(最終回)では、Karen Hao『Empire of AI』(2025)と Cade Metz『Genius Makers』(2021)── 同じ14年を、まったく違う風景として描いた二冊の対比を補助線に、業界の集団的認識のOS を読み解いていく。一方が「サイエンスの英雄たちの群像劇」を語るのに対して、もう一方は「植民地構造を再生産する帝国の構造」を語る。立つ位置が違うので、見える風景が違う。その対比から、業界の14年が見せてきた光と影の両方を、もう一段深く読み解きたい。


◀ 前回:AGIレースの形成(2023-2025)── 業界が分裂・再編する ── 生成AIの歴史シリーズ第5回/全7回

▶ 次回:帝国の影 ── サイエンスとビジネスの二つの認識のOSが見せる業界の風景 ── 生成AIの歴史シリーズ第7回/全7回(最終回)


関連記事

シリーズ・テーマ記事つながり
認知科学基盤認識のOSにバグがある──「直感」と「熟慮」という2つの回路KahnemanのSystem 1/2、Siegelの「蓋が開く」、Barrettの「予測の固着」── 本シリーズ全体の認知科学的基盤
認知科学基盤「感情はコントロールできない」は本当か──脳の予測メカニズムから感情を理解するバレットの予測機械理論・内受容感覚
書評【B#186】生成AIの覇権をめぐる物語:DeepMindとOpenAI、2つの道Parmy Olson『Supremacy』、Hassabis vs Altman 二項対比の入門
書評【B#196】AI時代に「脳をどう使うか」①──橘玲「テクノ・リバタリアン」から考えるTEN(The Equation Navigators)・SQ・流動性vs結晶性知能、個人OSの心理学的基盤
書評【B#198】神経科学 × 進化生物学 × 人工知能:知性の本質を探る5つの視点Bennettの5+1のブレイクスルー枠組み、第6のブレイクスルー = Integrated AI
生命観生命観の変遷シリーズ第8回 プログラマーたち──CRISPR・AI・自己規律の系譜主流vs傍流フレーム、アシロマ→ナパ→賀建奎の40年の歩み
個人OSDemis Hassabis編「認識のOSの諸刃」全3回神経科学者のAGI観の深掘り
個人OSElon Musk編「認識のOSを物理に翻訳する」全5回物理工学者の人工知能観の深掘り

関連サービス


第6回 v1.0 終わり

関連記事