香川県(高松)・徳島県(剣山)への3泊4日の旅をスタート──屋島寺で、鑑真と空海がつながった
2026年8月21日(金)から24日(月)まで、3泊4日で香川県・徳島県を巡る旅をスタートさせた。
今回の大きな目的地は、徳島県にある剣山である。
初日の8月21日は、まず香川県の高松へ。そこで高松市在住の友人夫妻と合流し、屋島、四国霊場第84番札所の屋島寺、金刀比羅宮などを巡ることになった。
もともとは高松を観光するくらいの気持ちだったのだが、最初に訪れた屋島寺で、思いがけず、この夏に続けてきた「鑑真・最澄・空海」という仏教の流れにつながることになった。
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羽田から高松へ──3泊4日の旅の始まり
8月21日午前9時30分、羽田空港発のANA便で高松へ向かった。午前10時50分、高松空港に到着。そこからリムジンバスに乗り、約50分かけて高松市内へ移動した。
今回の高松での宿泊先は、ホテル川六 エルステージ高松。まずホテルに立ち寄って荷物を置き、身軽になったところで高松在住の友人夫妻と合流した。
ここから、今回の3泊4日の旅が本格的に始まった。
源平合戦の舞台、屋島へ
最初に友人夫妻が案内してくれたのが、屋島だった。屋島は高松市の東側に位置する、標高293メートルの火山台地である。
歴史的には、源平合戦の「屋島の戦い」の舞台として知られている。那須与一が船上に掲げられた扇の的を射抜いた話や、源義経の「弓流し」の逸話でも有名な場所である。
実際に訪れてみると、歴史的な場所であると同時に、高松市街や瀬戸内海を一望できる場所でもあることが印象的だった。山上には高松市内を眺めながら食事のできる「れいがん茶屋」があり、友人夫妻と一緒に食事をすることができた。
そのすぐそばには、絶景スポットとして知られる「獅子の霊巌(ししのれいがん)」がある。ここでは、「かわらけ」と呼ばれる素焼きの小さな皿を投げる「かわらけ投げ」を体験できる。友人に勧められて実際に投げてみたのだが、これが意外に難しい。
そして興味深かったのは、この獅子の霊巌にも空海の伝承が残されていることだった。
屋島寺を建立していた空海が獅子の霊巌の上にいたとき、作業の途中で日が暮れてしまった。そこで空海が扇を振ると、一度沈んだ夕日が再び昇り、光を取り戻したという伝説が伝えられている。まさか、かわらけ投げを楽しんでいる場所で空海の名前に出会うとは思わなかった。
この時点ではまだ、この後に訪れる屋島寺で、さらに大きな形で空海につながることになるとは知らなかった。
歴史を訪ねる旅というと、寺院や史跡を真面目に歩く旅になりがちだが、こうした遊びや偶然の発見が途中に入るのも、旅の面白さなのだと思う。
そして、今回もっとも興味深かったのが、屋島にある四国霊場第84番札所・屋島寺だった。こちらも空海と関連が深い。
屋島寺──ここで鑑真に再会するとは思わなかった
屋島寺について調べてみると、驚いた。開創したと伝えられているのが、あの鑑真和上だったからだ。
屋島寺の由来によれば、天平勝宝5年(753)、何度もの渡航失敗の末に日本へたどり着いた鑑真は、翌年、東大寺へ向かう途中に屋島沖を通った。その際、屋島山頂から立ちのぼる瑞光を感じ、北嶺に登ったという。
そこで普賢堂を建て、唐から持参した普賢菩薩像を安置し、経典を納めたことが屋島寺の始まりと伝えられている。その後、鑑真の弟子で東大寺戒壇院の恵雲律師が堂塔を建立し、「屋島寺」と称したという。
なぜ、これに驚いたのか。
実は、ちょうど1か月ほど前の7月25日、26日に奈良を訪れている。その際には、東大寺、唐招提寺、薬師寺などを歩いた。特に唐招提寺を訪れる前には、井上靖『天平の甍』と永井路子『氷輪』を読んでいた。
『天平の甍』では、日本から唐へ渡り、鑑真を日本へ招こうとした留学僧たちの側から鑑真の渡日を見る。一方、『氷輪』では、日本へ渡った後の鑑真が描かれる。
二つの方向から鑑真を読んだ上で唐招提寺を歩いたことで、鑑真が日本仏教に残したものについて考える旅になった。
その時の記事はこちらにまとめている。
→ 「30年ぶりの奈良、そこに戒壇があった(後編)──唐招提寺と薬師寺」
鑑真から最澄へ、そして空海へ
奈良を歩いたとき、私が考えていたのは、主として鑑真と最澄の接点だった。
鑑真が日本にもたらした戒律と戒壇。その制度の中で若き最澄は東大寺戒壇院において具足戒を受ける。しかし後に最澄は、南都仏教の戒律制度から距離を取り、大乗戒壇の設立を目指していく。
そしてもう一つ、両者を考える上で興味深いのが『法華経』である。鑑真が日本へもたらした仏教の流れと、後に最澄が比叡山で展開していく天台・法華の思想をどう考えるか。そんなことを奈良では考えていた。
ところが、今回、屋島寺を訪ねてみると、そこに突然空海が登場する。
弘仁6年(815)、弘法大師空海は嵯峨天皇の勅願を受けて屋島寺を訪れたと伝えられている。空海は北嶺にあった伽藍を現在の南嶺へ移し、十一面千手観音像を彫って本尊として安置した。そのため、屋島寺では空海が「中興開山の祖」として仰がれている。
まさか高松で、鑑真と空海が一つの寺院の歴史の中でつながるとは思っていなかった。
奈良では、
鑑真 → 最澄
という線を見ていた。
ところが屋島では、
鑑真 → 空海
という、もう一本の線が現れた。
もちろん、これは鑑真と空海が直接出会ったという意味ではない。鑑真が亡くなった763年には、空海はまだ生まれていない。それでも、一つの寺院の歴史の中に、奈良仏教を象徴する鑑真と、平安仏教を代表する空海の足跡が重なっていることが面白い。
屋島寺で感じた「密教」
実際に屋島寺を歩いてみると、私には非常に「密教的」な雰囲気を感じさせる寺院だった。現在の屋島寺は真言宗御室派に属し、本尊は十一面千手観世音菩薩である。私自身がこのところ空海と最澄について集中的に本を読んでいることもあり、寺院を見る目が以前とはかなり変わってきたように思う。
以前なら「古いお寺」「四国八十八ヶ所の札所」というところで終わっていたかもしれない。
ところが今は、
- 誰がここに来たのか。
- 何を持ち込んだのか。
- その前にあった仏教を、次の人はどのように受け継ぎ、読み替えたのか。
ということが気になる。
本を読んでから現地へ行くと、場所が違って見える。そして現地を歩くと、今度は本の中で別々に存在していた人物たちが、地理によってつながっていく。
今回の屋島寺は、まさにそういう場所だった。
屋島から「こんぴらさん」へ
屋島を後にして、友人夫妻の車で約1時間半。次に向かったのが、香川県琴平町にある金刀比羅宮だった。「こんぴらさん」の愛称で親しまれている金刀比羅宮は、海上交通の守り神として広く信仰を集めてきた場所である。
有名なのは、何といっても長い石段だ。御本宮まで785段。
8月の真夏である。
さすがにこの暑さの中で785段を登り切るのは厳しく、今回は150段ほどまで登り、参道の入口付近を歩くことにした。
それでも十分に雰囲気を味わうことができた。石段の両側には店が並び、その先へ向かって参道が延びている。すべてを登らなくても、「この先に何かがある」という感覚が自然に生まれてくる。非常に雰囲気のよい場所だった。
次回は季節を選んで、ぜひ御本宮まで785段を登ってみたい。
夜の高松──シンボルタワー29階から街を眺める
金刀比羅宮から高松へ戻り、最後に友人夫妻が案内してくれたのが高松駅周辺だった。
現在、高松駅周辺は再開発が進み、新しい建物と瀬戸内の風景が共存するエリアになっている。その中でも印象に残ったのが、高松シンボルタワー29階の展望スペースだった。
展望スペースからは、高松駅周辺だけでなく、市街地や瀬戸内海まで見渡すことができる。公式サイトによると、29階の展望スペースは一般にも開放されている。昼間は屋島から高松の街を眺めた。そして夜には、今度は高松駅から街全体を眺める。
同じ街でも、見る場所と高さ、そして時間が変わると、まったく違って見えるのが面白い。
友人から高松での暮らしについて話を聞けたことも興味深かった。高松は都市としての便利さを持ちながら、少し移動すれば海や山に出られる。実際、今回も市街地から屋島へ行けば瀬戸内海と山の風景が広がり、反対方向へ車を走らせれば金刀比羅宮まで行くことができた。
旅行で訪れるのと、実際にそこで暮らしている人から街の話を聞くのとでは、同じ場所でも見え方が違う。そしてシンボルタワー29階から高松の夜景を眺めた後、初日を案内してくれた友人と別れた。
朝9時30分に羽田を発ってから、かなり密度の濃い一日となった。
本を読んでから旅をすると、思わぬ線がつながる
こうして振り返ると、今回の旅の初日は、不思議なくらい今年の読書とつながっていた。7月に奈良へ行き、東大寺と唐招提寺を歩いた。そこで考えたのは、鑑真が日本にもたらした戒律と、その後の最澄との関係だった。
そして現在は、空海と最澄についての本を読み続けている。その状態で高松を訪れたら、最初に案内された屋島寺で、思いがけず鑑真と空海の二人に出会うことになった。
- 奈良で鑑真を追い、最澄へつながった。
- 四国へ来ると、同じ鑑真から、今度は空海へ線が伸びた。
歴史は、本の中では人物ごと、時代ごとに分けて整理されている。しかし実際にその土地を歩いてみると、それらが一つの場所で重なっていることがある。それが、歴史を読みながら旅をする面白さなのだと思う。
そして翌日、4人で剣山へ
こうして8月21日の高松での一日が終わった。しかし、今回の旅はまだ始まったばかりである。
翌8月22日には、別の三人の友人と合流する。ここからは、友人3人と私の4人での旅となる。
目的地は徳島県。そして、今回の3泊4日の旅の大きな目的地である剣山へ。高松で鑑真と空海という思いがけないつながりを発見した翌日から、いよいよ4人での四国の旅が本格的に始まる。


