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【第5回】AGIレースの形成(2023-2025)── 業界が分裂・再編する

【シリーズ】生成AIの歴史 ── 2012年からの14年間とその前史【第5回/全7回】

※本記事では、登場する作家・著者の敬称は省略しています

2012年から2026年までの14年間、生成AIをめぐって何が起きていたのか。私はそれを2024年、人工知能を年間テーマに掲げた1年間の集中読書のなかで、遅れて辿り直した。本シリーズはその辿り直しの記録であり、生成AI 14年史を、技術史としてではなく、複数の認識のOSが衝突し再編していく物語として読み解く試みである。先に公開したDemis Hassabisシリーズ全3回(神経科学者のAGI観)とElon Muskシリーズ全5回(物理工学者の人工知能観)の、歴史的共通基盤となる全7回。

全7回構成

  • 第1回:なぜ深層学習革命の研究者は全員カナダにいたのか ── 傍流が認識のOSを書き換える30年(1987-2012)
  • 第2回:哲学的足場の形成(2012-2014)── 個人の不安が言語を得る
  • 第3回:組織の誕生(2015-2016)── 不安が制度化される
  • 第4回:技術の革命(2017-2022)── 機械が言葉を獲得する
  • 第5回:AGIレースの形成(2023-2025)── 業界が分裂・再編する ★ 本記事
  • 第6回:現在の地形(2026)── 三つの認識のOSが決めている世界
  • 第7回:帝国の影 ── サイエンスとビジネスの二つの認識のOSが見せる業界の風景

はじめに:第2-4回の振り返り

これまでの3回で、生成AI 14年史の前半10年を辿ってきた。

第2回(2012-2014)で哲学的足場が形成され、第3回(2015-2016)で組織的骨格が確立し、第4回(2017-2022)で技術的革命が起きた。ChatGPT 公開(2022年11月)の衝撃で、AGI は研究室の対象から世界の日常へと移行した。

そして第4回の終わりに、本シリーズが追ってきた Hassabis-Musk のねじれが皮肉な決着を見た。2012年に Hassabis が Musk に AI 危険性を警告し、2014年に Musk が Hassabis-Google を最大の警戒対象として OpenAI を設立した。しかし2022年、Hassabis ではなく、Musk が共同設立した OpenAI が、Hassabis-Google を打ち負かした。Musk が安全装置として作ったはずの組織自体が、彼の新しい警戒対象になった

第5回(本稿)では、その続きを辿る。2023年から2025年までの3年間

この3年間で起きたのは、業界の本格的な分裂と再編だった。ChatGPT 革命の余波で、各組織は自らの認識のOSを再定義し、競合関係を再構築し、新しい技術的方向(推論モデル)を見出し、地政学的競争(中国系 AI の台頭)と向き合うことになる。

そして、本シリーズの三人の主役のうち、これまで OpenAI 取締役会を離脱して舞台の外にいた Elon Muskが、再び中央に戻ってくる。AI 停止公開書簡、xAI 設立、Grok 公開、OpenAI 提訴 ── 一連の動きは、彼が2012年から温めてきた「AGI 危険性への警戒」と「自身が AGI を作る必要性」という二つの認識のOSが、戦略として具体化していくプロセスだった。

中心となる出来事は6つ:

  • 2023年3月:FLI 主導の AI 停止公開書簡
  • 2023年7月xAI 設立、Twitter が X に改名、Grok 公開(11月)
  • 2024年2月Musk vs OpenAI 訴訟
  • 2024年9月〜推論モデル時代の到来 ── System 1 から System 2 へ
  • 2023-2024年Tesla FSD v12 ── 物理世界での「苦い教訓」
  • 2024-2025年中国系 AI(DeepSeek、Qwen)の急台頭

そしてこの3年間は、私自身がリアルタイムで AI 関連書籍を集中して読み進めていた時期と重なる。2024年7月〜11月の私の読書テーマだった「人工知能」── 92冊の読書 ── で出会った知見が、目の前で起きていた業界再編とどう接続したかも、要所で触れていく。


17. 2023年3月、AI 停止公開書簡

2023年3月22日、Future of Life Institute が一本の公開書簡を発表した。タイトルは 「Pause Giant AI Experiments: An Open Letter(巨大な AI 実験を停止せよ)」

書簡は、「GPT-4 より強力なAI システムの訓練を、少なくとも6ヶ月間停止する」よう、すべての AI 研究機関に要請するものだった。具体的には、すべての主要 AI 企業に対する一時的なモラトリアムを求めた。理由として書簡が挙げたのは:

  • AI システムが人間に匹敵する知能を持ち始めている
  • 制御不能な軍拡競争のリスクが高まっている
  • 政府による規制が技術の発展に追いついていない
  • この6ヶ月で安全プロトコルを業界共通で策定するべきだ

署名者は約1,000名。中心的な署名者には:

  • Elon Musk
  • Steve Wozniak(Apple 共同創業者)
  • Yuval Noah Harari(『サピエンス全史』著者)
  • Stuart Russell(UC Berkeley、『Human Compatible』著者)
  • Yoshua Bengio(深層学習の創始者の一人、Turing Award 受賞者)
  • Max Tegmark(FLI 共同創設者、書簡の主導者)

書簡が発表されてから1日で、業界全体に強烈な反応が走った。しかし、主要 AI 企業はほとんど停止に応じなかった

  • Sam Altman(OpenAI)── 公的には書簡に直接応答せず、ただし「完全な安全性は不可能だ。我々にできるのは、速く回して世界と共に学ぶことだ」という従来の立場を繰り返した
  • Demis Hassabis(DeepMind)── 署名せず。「6ヶ月の停止という単純な解決策では、複雑な問題に対応できない」という慎重な立場
  • Dario Amodei(Anthropic)── 署名せず。同じ理由
  • Yann LeCun(Meta)── 公然と批判。「AGI が現実の脅威になること自体に疑問」という立場

ここで、本シリーズの隠れた縦糸であるHassabis-Musk のねじれを確認しておきたい。2012年のカフェテリアで Musk に AI 危険性を警告したのは Hassabis だった。しかし2023年、Musk が AI 安全運動の中心人物の一人として署名する書簡に、Hassabis は名を連ねなかった。警告した者と警告された者は、AI 安全運動という同じ陣営にいない── 11年前のカフェテリアで始まった関係は、ここまで形を変えてきていた。

書簡の現実的影響は限定的だった。6ヶ月の停止は誰も実施しなかった。しかし、書簡には別の意義があった ── AI 危険性の認識のOSを持つ知的著名人が、組織を越えて連帯できることを証明した。Bostrom が2014年に提供した哲学的言語が、9年後に約1,000名の知的著名人の共通基盤として機能した。

そして書簡の主導的署名者の一人だった Musk は、わずか4ヶ月後、自身が AI 開発組織を立ち上げるという、書簡の趣旨と矛盾する行動に出る。


18. 2023年、xAI 設立と Grok 公開 ── Musk の戦略的反転

2023年7月12日、Musk は xAI の設立を発表した。本部はサンフランシスコ・ベイエリア。初期メンバーには、Google DeepMind、OpenAI、Microsoft Research、Tesla AI の出身者たち。設立目的は 「宇宙の本質を理解する」── 抽象的だが、実質は OpenAI と Anthropic に対抗する第三の主要 AGI 組織を作ることだった。

xAI 設立から11日後の7月23日、Musk は前年10月に買収していた Twitter を「X」へ改名した。これは単なるブランド変更ではなく、戦略的な統合の準備だった。Musk の見立てでは、X というプラットフォームには、世界で最も活発な人間同士の会話が日々蓄積されている ── つまり、AI 訓練のための生きたデータソースとして機能する。OpenAI がインターネット上の静的テキストで学習するのに対し、xAI は X 上のリアルタイム会話で学習する。これが xAI の差別化戦略だった。

そして2023年11月4日、xAI は最初の AI Grok を公開した。Grok は X Premium 加入者に提供され、X 上のリアルタイムデータにアクセスできる唯一の主要 AI として位置づけられた。Grok は当初、ChatGPT や Claude に比べて性能で劣ったが、xAI は急速に追い上げる路線を取る。

ここで Musk の認識のOSの矛盾と整合性を整理しておく必要がある。

矛盾は明白だ ── AI 停止書簡に署名した4ヶ月後に、自ら AI 開発組織を立ち上げる。一見、純粋な戦略的反転に見える。しかし Musk 自身の論理は一貫していた。Elon Musk シリーズ第3回で詳述した通り、彼の認識のOSの中核には「不可避なものは、整合的な主体が作るべきだ」という確信がある。

2015年の OpenAI 設立論理は、これだった ──「AGI は来る。なら、Google に独占させるのではなく、整合的な組織が作るべきだ」。

2023年の xAI 設立論理は、同じ構造だった ──「AGI 開発の停止は実現不可能だ。OpenAI も Google も DeepSeek も止まらない。なら、AI 安全性を真剣に考える我々が作るべきだ」。

書簡は理想として発した。xAI は現実として立ち上げた。理想と現実は矛盾するが、認識のOSの中核では同じ ── 「不可避性を認識し、自分が当事者として整合的に形にしてみる」── 思考である。

ここで Hassabis-Musk のねじれにも、もう一つの変化が起きている。xAI 設立は、表面上は OpenAI と Anthropic への対抗組織だった。警戒対象は、もはや Hassabis ではなかった。第4回で見た通り、ChatGPT 公開(2022年11月)以降、Musk の警戒対象は Hassabis-Google から、Altman-OpenAI に完全に移行していた。2012年のカフェテリアで始まったねじれは、警戒対象の交代を経て、新しい局面に入っている。

ここで、本回唯一の「実は別の道もあった」を書く。

もし Musk が xAI を設立せず、AI 停止運動に専念し続けていたら── 規制と国際協定の方向で動き続けることで、業界全体の AGI 開発ペースに実質的影響を与えた可能性がある。米国政府や G7 各国との連携を深め、書簡を法的拘束力のある規制に翻訳することに成功した可能性もある。

しかし彼は反転した。理想主義者から実行者へ。これは2014年から続く Musk の認識のOSの自然な帰結だった。この一つの決断 ── 4ヶ月後の戦略反転 ── が、2025年末時点の業界四極構造(OpenAI、DeepMind、Anthropic、xAI)を実質的に決めた


19. 2024年2月、Musk vs OpenAI 訴訟 ──「契約の拘束力」をめぐる戦い

2024年2月29日、Musk はサンフランシスコ高等裁判所に OpenAI と Sam Altman を提訴した。訴状の中核的主張は、シンプルかつ強烈だった ──「OpenAI は創立時の使命を裏切った」。

訴状によれば、OpenAI は2015年の設立時に書面で以下を約束していた:

  • 非営利であり続けること
  • AGI 研究の成果をオープンソースとして共有すること
  • 一企業の支配下に入らないこと
  • 人類全体の利益のために運営すること

そして Musk は主張した ── これらすべてが実質的に反故にされた、と:

  • 2019年:Capped-profit モデルへの転換 → 営利企業に
  • 2019年:Microsoft との独占契約 → 一企業の支配下に
  • 2019年以降:GPT-3 以降の研究を公開せず → オープンソースの撤回
  • 2023年:ChatGPT を有償サービス化 → 人類全体の利益から商業利益へ

この訴訟の本質は、認識のOS論の観点から見ると、二つの認識のOSの法廷での衝突だった。第2回・第4回で導入した演繹/帰納フレームが、ここで最も鮮明な形で現れる。

Musk の立場 ── 静的演繹型:「設立時に書かれた言葉(mission statement)は、契約として組織を未来永劫拘束する」。前提(書面)から結論(行動制約)を導出する古典的な演繹。これは Musk の認識のOSの中核である「暗黙のものを明示化し、明示化されたものは拘束力を持つ」── Elon Musk シリーズ第2回「5 Commandments」章で扱った父からの絶対的言語化の構造、および Elon Musk シリーズ第5回「契約の拘束力」章で扱う「契約は神聖である」というOS観──の法的な姿だった。

Altman の立場 ── 進化的帰納型:「ミッションは静的な契約ではなく、進化する原則だ。我々は人類の利益を最大化する方法を、当時とは異なる形で実現している」。実践(経験的事象)から原則(新しいミッション解釈)を再構成する帰納的論理。これは Altman の認識のOSの中核である「仮説検証反復型、Move fast, release early」の組織論的な姿である。

つまりこの訴訟は、演繹型認識のOS(Musk)vs 仮説検証反復型認識のOS(Altman)という、第3回で見た OpenAI vs DeepMind 構造の法廷内反復だった。皮肉なのは、第3回時点では二人が同じ陣営(OpenAI を共同設立)にいたことだ。同じ認識のOSの絡まりが、9年を経て訴訟として表に出た

訴訟は法的にも実質的にも複雑だった。Musk は2018年に OpenAI 取締役会から離脱しているため、その後の組織変質を法的に問えるかは曖昧だった。2024年6月、Musk は訴訟を一時取り下げた。しかし2024年8月、改訂された訴状で再提訴した。新訴状では、Sam Altman 個人の責任追及がより明確化された。

私は2024年12月に Parmy Olson『Supremacy』を読みながら、この訴訟の歴史的意義を考えていた。Olson が指摘した点は鋭かった ──「Musk の訴訟は法的勝訴を目的としているのではなく、OpenAI と Altman の評判を毀損し、業界に『OpenAI は信頼できない』というメッセージを送ることが実質的目的だった」。

実際、訴訟の最大の効果は法廷ではなく、業界の認識だった。Anthropic、Google DeepMind、xAI への研究者の流出が加速し、OpenAI 内部の士気が低下した。これは Musk が情報戦としての訴訟を使った、最も効果的な例だった。


20. 推論モデル時代の到来(2024-2025)── System 2 が機械の形を取るとき、DeepMind の再起

Musk 訴訟と並行して、業界では技術的に決定的な転換が起きていた。

2024年9月12日、OpenAI が o1(旧称 Strawberry)を公開した。これは ChatGPT 系列とは異なる、「Chain-of-Thought(思考の連鎖)推論」を組み込んだ新しいタイプの AI だった。o1 は、複雑な問題に対して内部で段階的な推論プロセスを実行してから答える。数学オリンピックや科学的推論で、それまでの GPT-4o を大きく上回る性能を見せた。

これが「推論モデル時代」の幕開けだった。

認識のOS論の観点から見ると、推論モデルは決定的に新しい段階を示していた。第4回で扱った通り、GPT-3 までの言語モデルはKahneman の System 1(直感的・速い思考)が機械の上で形を取った姿だった ── パターンを反射的に処理する。これに対して、o1 以降の推論モデルは、System 2(熟慮的・遅い思考)を機械の上で形にする試みである ── 内部で複数の選択肢を検討し、自己批評し、長い思考の連鎖を辿ってから出力する。

機械が「言葉」を獲得した段階から、「考える」を獲得しつつある段階へ── これが推論モデル時代の本質である。

数ヶ月後、Google DeepMind が Gemini Deep Think を発表した。これも同じ Chain-of-Thought 系の推論モデルで、Hassabis の認識のOS ──「System 2 思考、エピソード記憶からの推論、Bennett の進化的階層」── を強く反映した設計だった。Demis Hassabis シリーズ第3回で詳述した通り、推論モデルは Hassabis にとって**「Transformer を見落とした傷からの再起**」だった。

ここで Hassabis-Musk のねじれにさらにもう一つの局面が加わる。推論モデル時代は、ある意味でHassabis の認識のOSの正当性が再評価される時期だった。GPT/ChatGPT 路線(OpenAI、スケール則信仰)が支配的だった2017-2023年に、DeepMind は神経科学的逆算路線で「Transformer を見落とした」と評価された。しかし推論モデル時代では、「System 2 を機械の上で立ち上げるには、神経科学的な深い思考プロセスのモデル化が必要」という Hassabis の主張が、技術的に裏付けられ始めた。2022年の「タンクが踏み込んだ」状態から、Hassabis は技術的に再起しつつある

xAI も追随した。2025年2月、xAI は Grok 3 を公開し、業界トップクラスの性能を達成した。Musk は「Grok 3 は世界最高の AI」と X で公然と宣言した。Anthropic も Claude シリーズ(Claude 3.5、Claude 4 系列)を続々と公開し、Constitutional AI の進化形を提示し続けた。

ここで重要なのは、推論モデル時代において、業界の地形が明確に四極化したことだ:

  1. OpenAI(Altman)── ChatGPT、GPT-4o、o1 / o3 系列。Microsoft 連合
  2. Google DeepMind(Hassabis)── Gemini、Deep Think。神経科学路線の再起
  3. Anthropic(Amodei)── Claude シリーズ、Constitutional AI
  4. xAI(Musk)── Grok 3、X 統合、リアルタイム学習

これらに加えて、Meta(LLaMA)、Microsoft(Copilot、独自モデル)など、第二層が存在する。


21. Tesla FSD v12 ── 物理世界の「苦い教訓」

技術的にもう一つの重要な転換が、言語の領域ではなく物理世界で起きていた。

2023年8月、Tesla は Full Self-Driving (FSD) v12 のベータ展開を開始した。これは前バージョンまでとは根本的に異なるアーキテクチャを採用していた。

それまでの FSD は、約30万行の C++ コード(人間のエンジニアが書いたルール:「赤信号なら止まれ」「歩行者を検出したら減速」など)と、ニューラルネットによる認識のハイブリッドだった。FSD v12 は、その人間が書いたコードを全廃した。代わりに、純粋な End-to-End Neural Network ── カメラ入力(光子)から、ステアリング・アクセル・ブレーキ出力までを、一つの巨大なニューラルネットが直接学習する── を採用した。

Musk が語った言葉が記録されている ──「光子を入力、ステアリングを出力。それだけ」。

これは Elon Musk シリーズ第4回で詳述した通り、Sutton の「苦い教訓」の物理世界への翻訳だった。第4回で見た通り、Transformer がテキスト世界で苦い教訓を実現した(シンプルなアーキテクチャ + 大量の計算とデータが、人間の精巧な設計を打ち負かす)。FSD v12 は、同じ原理を物理世界の運転で実現した。

この時点で、生成AI革命は言語世界から物理世界へと拡張し始めた。AGI への道筋として、二つのトラックが並走するようになった:

  • 言語トラック:Transformer、GPT、Claude、Gemini、Grok ── 機械が言葉を扱う、考える
  • 物理トラック:FSD v12、Optimus(Tesla のヒューマノイドロボット)── 機械が物理世界で行動する

そして Musk の認識のOSの観点から見れば、これは統合された一つの戦略だった。X 上の人間の会話、Tesla 車のカメラデータ、Optimus の動作データ ── すべてが同じ End-to-End 学習パラダイムで、xAI と Tesla AI の研究組織を通じて統合される。これが Musk 編全体の主題だった。


22. 中国系 AI の急台頭(2024-2025)

業界の四極化(OpenAI、Google DeepMind、Anthropic、xAI)が米国西海岸を中心とした構造だったとすれば、2024-2025年にはもう一つの極が急速に立ち上がった ── 中国系 AI である。

2024年末から2025年初頭にかけて、中国の DeepSeek という研究組織が、世界の AI 業界を震撼させた。DeepSeek-V3(2024年12月)に続き、DeepSeek-R1(2025年1月)が公開された時、その性能と効率性に業界全体が驚愕した。R1 は OpenAI の o1 に匹敵する推論能力を、桁違いに低い計算コストで実現した。しかも DeepSeek は研究をオープンソースとして公開した ── 2019年に OpenAI が事実上撤回したオープンソース原則を、中国組織が継承した形だった。

他にも Alibaba の Qwen シリーズBaidu の ErnieMoonshot の Kimi など、中国系 AI が次々と登場した。これらは米国系 AI に対する真の競合として、業界の地形を再編した。

Chris Miller 著『The Chip War』── 私が2024年9月26日に読んだ書物 ── は、半導体産業を中心に米中 AI 競争の構造を描いていた。読みながら強く印象に残ったのは、生成AI 革命は米国の独占ではないという事実だった。半導体・計算資源・データ・人材 ── どの軸でも、米中は深く絡まり合いながら、同時に競合している。

ここで本シリーズの隠れた問い ── 第2回で立てた「なぜ AGI 主役はシリコンバレー、ロンドン、テキサスから出現したのか。北京は別系統か」── に部分的な答えが見える。北京は別系統ではなかった、ただ少し遅れて参入しただけだった。そして DeepSeek の登場で、その遅れすら急速に縮まりつつある。地政学が技術発展の道筋を決定的に左右するという事実が、ここで露わになった。


第5回のまとめと、第6回への問い

第5回で見てきた3年間(2023-2025)を整理しよう。

ChatGPT 革命の余波で、生成AI 業界は 本格的な分裂と再編を経験した:

  • 2023年3月:AI 停止公開書簡 ── 知的著名人約1,000名が連帯するが、業界は応じず。Hassabis は署名せず
  • 2023年7-11月:xAI 設立、X 改名、Grok 公開 ── Musk が戦略的反転、第三の極を立てる
  • 2024年2月:Musk vs OpenAI 訴訟 ── 静的演繹型(Musk)vs 進化的帰納型(Altman)の法廷内衝突
  • 2024年9月〜:推論モデル時代の到来 ── System 1 から System 2 へ。Hassabis の神経科学路線が技術的に再評価される
  • 2023-2024年:Tesla FSD v12 ── 物理世界での「苦い教訓」の実現
  • 2024-2025年:中国系 AI(DeepSeek、Qwen 等)の急台頭

2025年末の時点で、生成AI 業界は四極+中国系の構造に到達した:

  1. OpenAI ── Altman、ChatGPT/o1、Microsoft 連合、製品志向
  2. Google DeepMind ── Hassabis、Gemini/Deep Think、神経科学路線
  3. Anthropic ── Amodei きょうだい、Claude、Constitutional AI
  4. xAI / SpaceXAI 前身 ── Musk、Grok 3、X 統合、物理インフラ
  5. 中国系(DeepSeek、Qwen 等)── オープンソース、低コスト、急速な追い上げ

これが現在の AGI レースの骨格である。三人の主役(Hassabis、Altman、Musk)の認識のOSが、それぞれの組織を方向づけ、競合関係を作り、業界全体の地形を決めている。

そしてここで、Hassabis-Musk のねじれ ── 本シリーズの隠れた縦糸 ── の現時点での位置を確認しておきたい。2012年のカフェテリアで始まった関係は、2025年末までに以下の段階を経た:

  • 警告者 vs 警告された者(2012)
  • 警告者の組織 vs それに対抗する組織(2015-2022)
  • 互いに敵視はしないが、AI 安全運動の同じ陣営にいない(2023、AI 停止書簡)
  • Musk の警戒対象が Hassabis から Altman に完全移行(2023、xAI 設立)
  • 推論モデル時代に Hassabis の路線が技術的に再評価され始める(2024-2025)

二人の関係は、もはや単純な敵対でも友好でもない。それぞれが独立した認識のOSを持つ主体として、別々の道を歩んでいる── これが2025年末の状態である。しかし、ねじれた絆は静かに続いていて、2026年5月、それは想像もしなかった形である種の決着を見ることになる。

第6回(最終回)では、それを2026年の現在地から見ていく。中心となるのは、2026年5月の劇的な反転 ── Musk の SpaceX が xAI を吸収して SpaceXAI となり、これまで激しく敵視してきた Anthropic との間で大型コンピュート契約を結んだ事件である。

Musk が X 上で Anthropic を「misanthropic」と呼んで攻撃していたのが2026年2月。そのわずか3ヶ月後、Anthropic を「人類のために働く有能なチーム」と公的に称賛し、自社のデータセンター(Colossus 1、メンフィス、22万GPU)をClaude のために提供する契約を発表する。これは認識のOS論にとって、極めて興味深い事例だ。

第6回では、2026年現在の地形を整理しつつ、本シリーズ全体の結びとして三つの問いに向かう:

  • 14年史を通じて、「個人の暗黙の不安が物理インフラに翻訳される」というプロセスはどこまで到達したか
  • 三人の主役の認識のOSは、これからどう進化するか
  • そして、この歴史を辿った私自身は、何をすべきか

14年史の最終年、2026年。次回、現在の地形と本シリーズの結びに向かおう。



◀ 前回:技術の革命(2017-2022)── 機械が言葉を獲得する ── 生成AIの歴史シリーズ第4回/全7回

▶ 次回:現在の地形(2026)── 三つの認識のOSが決めている世界 ── 生成AIの歴史シリーズ第6回/全7回


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