1. HOME
  2. ブログ
  3. 論理のOS(知る)
  4. 【第4回】技術の革命(2017-2022)── 機械が言葉を獲得する
BLOG

ブログ

論理のOS(知る)

【第4回】技術の革命(2017-2022)── 機械が言葉を獲得する

【シリーズ】生成AIの歴史 ── 2012年からの14年間とその前史【第4回/全7回】

※本記事では、登場する作家・著者の敬称は省略しています

2012年から2026年までの14年間、生成AIをめぐって何が起きていたのか。私はそれを2024年、人工知能を年間テーマに掲げた1年間の集中読書のなかで、遅れて辿り直した。本シリーズはその辿り直しの記録であり、生成AI 14年史を、技術史としてではなく、複数の認識のOSが衝突し再編していく物語として読み解く試みである。先に公開したDemis Hassabisシリーズ全3回(神経科学者のAGI観)とElon Muskシリーズ全5回(物理工学者の人工知能観)の、歴史的共通基盤となる全7回。

全7回構成:

  • 第1回:なぜ深層学習革命の研究者は全員カナダにいたのか ── 傍流が認識のOSを書き換える30年(1987-2012)
  • 第2回:哲学的足場の形成(2012-2014)── 個人の不安が言語を得る
  • 第3回:組織の誕生(2015-2016)── 不安が制度化される
  • 第4回:技術の革命(2017-2022)── 機械が言葉を獲得する ★ 本記事
  • 第5回:AGIレースの形成(2023-2025)── 業界が分裂・再編する
  • 第6回:現在の地形(2026)── 三つの認識のOSが決めている世界
  • 第7回:帝国の影 ── サイエンスとビジネスの二つの認識のOSが見せる業界の風景

はじめに:第2-3回から第4回へ

これまでの2回で、生成AI 14年史の人間側の準備を辿ってきた。

第2回(2012-2014)では、2012年のロケット工場のカフェテリアで Hassabis が Musk に AI 危険性を警告した瞬間から始まり、個人の漠然とした不安が Bostrom の哲学的言語を経て、Musk Tweet、Hawking・Gates の発言、FLI 設立という形で社会的議題と組織的インフラに翻訳されていく過程を見た。第3回(2015-2016)では、Musk と Altman が出会い、Hassabis-Musk のねじれた絆を動機の核として OpenAI が設立され、AlphaGo が世界を震撼させ、DeepMind・OpenAI・Google Brain・FAIR の四強体制が確立する組織的骨格の形成を辿った。

ここまでの主役は人間だった。Bostrom が概念を作り、Musk と Altman が組織を立て、Hassabis が研究文化を育てた。AI そのものは、これらの人間の動きの背景に置かれた研究対象であり、まだ世界に対して直接話しかけてはこなかった。

第4回(本稿)で、それが変わる。

2017年から2022年までの5年間で、機械が初めて、まともに、人間の言葉を扱えるようになる。文章を生成し、質問に答え、要約し、翻訳し、コードを書く。この5年間で、AI は研究室の対象から、世界中の一般人と直接対話する存在になった。

中心となる出来事は5つ:

  • 2017年1月:Asilomar 会議と AI 原則 ── 業界が共通言語を持つ
  • 2017年6月:Transformer 論文 ── 機械の言語処理の技術的基盤が確立
  • 2018-2020年:GPT シリーズの登場 ── スケール則の発見と Musk の OpenAI 離脱
  • 2021年:Anthropic 設立 ── OpenAI からの離反による安全研究組織
  • 2022年11月:ChatGPT 公開 ── 世界が変わり、Hassabis-Musk のねじれが皮肉な決着を迎える

12. 2017年1月、Asilomar 会議と AI 原則

5年間の最初の出来事は、カリフォルニア州モントレー郊外の小さな海岸町、Asilomar で起きた。

2017年1月、Max Tegmark 主催の Future of Life Institute (FLI) AI 会議が開かれた。集まった研究者と思想家は約100名 ── DeepMind から Demis Hassabis、OpenAI から Ilya Sutskever と Sam Altman、UC Berkeley から Stuart Russell、Oxford から Nick Bostrom、Tesla から Elon Musk、Google Brain から Jeff Dean、ほかに Yoshua Bengio、Yann LeCun、Andrew Ng などが顔を揃えた。

これは2014年の FLI 設立から3年、生成AI業界がはじめて「業界として一堂に会する」場だった。そして、本シリーズの読者にとって決定的に重要なことが起きていた ──2014年春の Page-Musk「specist」事件以来、Hassabis と Musk が同じ部屋に座っていた。第2回で見たねじれが、組織の対立として制度化された後、二人が AI 安全性という共通議題で一時的に並ぶ瞬間だった。

会議の3日目、議論を経て Asilomar AI Principles が採択された。23項目の原則は、研究倫理(Research Issues)、価値観の整合(Ethics and Values)、長期的課題(Longer-term Issues)の3部に分かれていた。重要な項目をいくつか挙げる:

  • 共有利益(Shared Benefit):AGI は人類全体に利益をもたらす形で開発されるべきだ
  • 共有繁栄(Shared Prosperity):AGI の経済的繁栄は広く共有されるべきだ
  • 人間の制御(Human Control):人間は AGI の決定にどう関わるかを選択できる立場にあるべきだ
  • 非破壊性(Non-subversion):AGI の権力は、健全な社会の維持に資する形で行使されるべきだ
  • AI 軍拡競争の回避:致死的自律兵器の軍拡競争を避けるべきだ
  • 再帰的自己改良(Recursive Self-Improvement):自己改良能力を持つ AI システムは、厳格な安全管理下で運用されるべきだ

これらは法的拘束力を持たない。業界の共通言語にすぎない。しかし共通言語があるかないかでは、その後の議論の質が決定的に違う。Bostrom が概念を作り、それを Tegmark が会議に翻訳し、業界全体が規範として共有する語彙にした ── これは第2-3回で見た翻訳プロセスの第5段階として位置づけられる:

  1. 個人の不安 →
  2. 私的な対立 →
  3. 哲学的厳密性(Bostrom)→
  4. 公的議題 + 組織的インフラ(Musk Tweet、FLI、OpenAI)→
  5. 業界共通の規範言語(Asilomar 原則)

私自身の話を少しだけ挟むと、Tegmark の『Life 3.0』── 2017年刊で、Asilomar 会議と同時期に世に出た、AGI の未来を物語と思索の混合で描いた書物 ── を、私は2024年8月23日に読んだ。読みながら、Tegmark が物理学者として、Bostrom の哲学を一般読者に翻訳する役を担った人物だと感じた。Asilomar 原則が業界の共通言語であるなら、『Life 3.0』は一般社会の共通言語を作ろうとした試みだった。

ここで一つ、本シリーズが意図的に視野の外に置いてきた縦糸を、補助線として置いておきたい。

「Asilomar」という地名は、生成AI 業界が初めて使ったわけではない。1975年、まったく同じカリフォルニアの海岸町で、組換えDNA 技術の登場を前にした分子生物学者たち ── Paul Berg、David Baltimore、Sydney Brenner ら ── が、研究の自主停止と倫理ガイドラインを議論した歴史的会議があった。生命科学版のアシロマである。2017年の AI 版 Asilomar 会議は、Tegmark らが意図的にこの記憶を引き継いだ命名だった。

そしてこの2つのアシロマの間には、40年の歩みがある。1975年の生命科学アシロマから始まり、2015年のナパ会議(CRISPR 時代の自主規制の再演)、2018年の賀建奎事件(自主規制の規模限界の露呈)へと続く、自主規制の限界が露わになっていく倫理史の縦軸である。これは MBL の生命観の変遷シリーズ第8回「プログラマーたち──CRISPR・AI・自己規律の系譜」 で詳述している。

本シリーズの読者は、AI のアシロマを読むときに、生命科学のアシロマが40年前から同じ問いを抱えてきたことを心に留めておいてほしい。規模が大きくなれば自主規制は限界を迎える ── 生命科学史が示してきたこの構造を、AI 産業内部で同じ素材から辿り直すのが、Part 6「帝国の影」になる。

そして、業界が規範言語を獲得した5ヶ月後、技術そのものが一変する論文が発表される。


13. 2017年6月、Transformer 論文 ──「Attention Is All You Need」

2017年6月12日、arXiv に一本の論文が投稿された。著者は Ashish Vaswani、Noam Shazeer、Niki Parmar、Jakob Uszkoreit、Llion Jones、Aidan N. Gomez、Łukasz Kaiser、Illia Polosukhin の8人。タイトルは 「Attention Is All You Need」。所属は全員、Google Brain と Google Research

論文が示したのは、Transformer と呼ばれる新しいアーキテクチャだった。それまで主流だった「言葉を一語ずつ順に読む」方式を捨て、「文章全体を一度に見渡す」シンプルな仕組みに置き換えた。並列計算がしやすく、巨大化に向く設計。

これが証明したのは、Richard Sutton の「苦い教訓(The Bitter Lesson)」── AI 史で繰り返されてきた一つの真実 ── だった。Sutton の主張はこうだ:「人間が精巧に設計した特殊な手法は、シンプルなアーキテクチャ + 大量の計算とデータに、いつも打ち負かされる」。Transformer は、その教訓を言語処理の領域で最も鮮やかに証明した最初の例になった。

ここで第2回で導入した演繹/帰納フレームが、別の形で再登場する。Sutton の苦い教訓は、表面上は「経験データから学ぶ」帰納的な主張に見える。しかし実は、これは徹底的に演繹的な主張である ── 一般原則(シンプル + スケール)から、特殊なケース(特定の AI 手法)の評価を導出する。Transformer 以前の自然言語処理は、言語学的知見を組み込んだ精巧な設計 ── ある意味、別種の演繹的構築物 ── が主流だった。Transformer はそれを放棄して、Sutton 演繹を信じて投資する選択をした。

そしてここで、生成AI 14年史で最も奇妙な事実を書いておく必要がある。

Transformer 論文を出したのは Google Brain だった。DeepMind ではない。OpenAI でもない。Microsoft でも Meta でもない。Google 内部の、DeepMind とは別の研究部門が、その後の言語モデル革命の技術的基盤を世界に公開した。しかも論文の8人の著者の多くは、その後数年で Google を離れる ── ChatGPT 革命を支える技術が、自社内で十分に活用される前に、世界に開放されたのだ。

Demis Hassabis シリーズ第2回で扱った通り、DeepMind 自身がこの論文を当初軽視した。彼らの認識のOS ── 神経科学からの純粋演繹型、強化学習+探索を AGI への王道とする見方 ── では、Transformer は「言語処理の改良技術にすぎない」と評価された。Sebastian Mallaby が伝記『The Infinity Machine』で記す通り、Hassabis 自身が後に「我々はあれを見落とした」と認めることになる。

ここで、本回唯一の「実は別の道もあった」を書く。

Transformer 論文が arXiv で公開されず、Google 内部の機密として保護されていたら。OpenAI は別のアーキテクチャを探さねばならず、GPT シリーズは別の形を取った、あるいは数年遅れた可能性がある。あるいは Google が独占的に Transformer を活用すれば、ChatGPT 革命は Google が主導した可能性もある。論文を公開したのは、Google の研究文化(公開重視)の選択だった。第3回の Sutskever 移籍と同様、個人や組織の一つの選択が、14年史全体の流れを変える現代版「選ばれなかった道」である。

しかし、これは起きなかった。論文は公開され、DeepMind は見落とし、OpenAI が Transformer を最大限に活用する組織になった


14. 2018-2020年、GPT シリーズの登場 ── スケール則と Musk の離脱

Transformer 論文の翌年、OpenAI の研究チーム(Sutskever 主導、Alec Radford ら)は Generative Pretrained Transformer(GPT) という路線を採用した。

GPT-1(2018年6月)── 1.17億パラメータ、約7,000冊の本のテキストで訓練。当時としては印象的だったが、まだ研究プロトタイプの域。

GPT-2(2019年2月)── 15億パラメータ、ウェブから収集した大規模テキストで訓練。能力が一段階上がり、OpenAI は「危険すぎて公開できない」と発表し、段階的リリースを取る。これは生成AIの社会的リスクが初めて公的議題になった事件だった。

GPT-3(2020年5月)── 1,750億パラメータ。Few-Shot Learning(少数の例から新しいタスクを学習)が実証され、業界に衝撃が走る。ここで何かが質的に変わった

GPT-3 の意義は、技術的細部ではなく、スケール則の発見にあった。OpenAI の研究者たちは、パラメータ数、計算量、データ量を増やしていくと、モデルの能力が予測可能な形で向上することを発見した。これは「もっと大きくすれば、もっと賢くなる」という、業界の認識のOSを一変させる発見だった。

ここで、認識のOS論の重要な観察を加えたい。GPT-3 が見せた言語処理は、本質的にKahneman の System 1(直感的・速い思考)に近い動作原理だった。膨大なテキストからパターンを抽出し、与えられた入力に対して最も尤もらしい続きを反射的に生成する。MBL の過去記事「認識のOSにバグがある」で扱った通り、Kahneman は人間の思考を System 1(直感)と System 2(熟慮)の二つに分けた。GPT-3 は、人間の System 1 を機械で再現することに成功した最初の本格的システムだった。

ただし、System 2 ──深い推論、長い計画、自己批評── は GPT-3 にはまだなかった。これが後に第5回で扱う「推論モデル時代」(o1、Deep Think、Grok 3)で初めて獲得されることになる。

そしてここに、もう一つの価値整合への代替アプローチが現れた。UC Berkeley の Stuart Russell が、Asilomar 翌2017年から執筆を始め、2019年に『Human Compatible: Artificial Intelligence and the Problem of Control』を刊行した。Russell の主張は、Bostrom や Brian Christian(『The Alignment Problem』、2020年刊)とは異なる角度から価値整合問題に挑むものだった ──「AI に事前定義された目的関数を与えるのではなく、人間の選好について常に不確実性を持つよう設計せよ」。これが Russell が提唱した “off-switch game” と「provably beneficial AI(証明可能に有益な AI)」のフレームだった。事前に「正しい目的」を書き込もうとする発想自体が間違っているのではないか、自発的に人間に従う動機を持たせる設計が必要ではないか ── という、価値整合への根本的な再定式化だった。Russell の議論は後年、Anthropic の Constitutional AI(次節で扱う)への前駆的影響を与えることになる。

そして2018年から2020年にかけて、OpenAI の組織形態にも重大な変化が起きる ── ここでHassabis-Musk のねじれが、新しい局面に入る

2018年2月Musk が OpenAI 取締役会から離脱。表向きは「Tesla との利益相反」だったが、Walter Isaacson の伝記によれば、実質は AGI 開発方向性をめぐる Altman との対立だった。Musk は「OpenAI が遅れている」と主張し、自身が CEO になることを提案したが、他の創立メンバーに拒否された。

これは認識のOS論の観点から興味深い反転だった。第2-3回で見た通り、Musk は Hassabis-Google ラインへの対抗として OpenAI を作った。しかし2018年、彼の警戒対象がHassabis から Altman に移行する自分が共同設立した組織自体が、自分の認識のOSとは違う方向(加速主義、スケール則信仰、商業化)に動き始めていた

2019年3月:OpenAI が 「Capped-profit」モデルへ転換。完全な非営利から、上限付き利益(投資家リターンが最大100倍まで)の営利限定企業へ。これは設立時の理想からの大きな逸脱として、後年に Musk が訴訟で問題視する点となる。

2019年7月:Microsoft が OpenAI に 10億ドル投資。Azure をインフラ提供者とする独占契約も結ばれた。「非営利・オープンソース・共有」という設立理念のうち、「オープンソース」が事実上撤回された瞬間だった。

2014年に Bostrom が示した「価値整合問題」への組織設計レベルの応答(非営利・オープンソース)は、5年で実質的に解体された。Musk から見れば、これは「自分が警戒した Hassabis-Google の構造が、対抗組織として作った OpenAI 自体に再現された」ことを意味する。警戒すべき相手は、もはや Hassabis ではなく Altman になった。第2回からのねじれが、一つ深まった。


15. 2021年、Anthropic 設立 ── 二度目の離反

OpenAI の方向転換に強く反発した研究者たちがいた。中心は Dario Amodei(OpenAI の元研究担当副社長)と妹の Daniela Amodei(元 OpenAI Safety & Policy 担当)。二人は2020年末から2021年初頭にかけて、OpenAI を離脱する仲間を集めた ── Jared Kaplan、Tom Brown(GPT-3 論文主執筆者)、Sam McCandlish、Chris Olah ら、OpenAI の研究的中核を形成していた人々。

2021年初頭、彼らは Anthropic を設立した。本部はサンフランシスコ。設立資金は1.24億ドル(後に大幅増額)。社名はギリシャ語の「人間に関する(anthropic)」から。

Anthropic の設立論理は、認識のOS論の観点から見ると興味深い反復構造を持つ:

  • 2015年:Musk と Altman は「Google が AGI を独占的に作ることへの懸念」から OpenAI を作った
  • 2021年:Amodei きょうだいは「OpenAI が安全性を後回しにすることへの懸念」から Anthropic を作った

「既存の AGI 組織への懸念から、別の AGI 組織を作る」── という構造の反復。Anthropic は2015年の OpenAI 設立論理を、OpenAI 自身に対して繰り返した。第3回で書いた「離反による組織再編の系統」の第二の事例である。

Anthropic の独自性は、Constitutional AI(憲法的 AI)という安全設計手法にあった。AI に「憲法」(人間が書いた原則のリスト)を与え、その憲法に従って自己の出力を批評・修正させる手法。これは Bostrom の「価値整合問題」と、Russell の「人間の選好への不確実性」を、技術的に統合したものだった。AI に直接「正しさ」を教えるのではなく、AI に「正しさを判断する能力」を教える設計 ── これが Anthropic の認識のOSの中核だった。

Anthropic はその後、Claude という AI アシスタントシリーズを開発し、OpenAI、Google DeepMind と並ぶ三大 AGI 研究組織の一つになっていく(第5回・第6回で扱う)。


16. 2022年11月30日、ChatGPT 公開 ── 14年史の皮肉な決着

そして2022年11月30日、生成AI 14年史の最も劇的な一日が訪れる。

OpenAI が、ChatGPT を無料公開した。GPT-3.5 をベースにした対話型 AI アシスタント。当初の社内予測では「研究プレビューとして数千人の関心ある研究者が試す」程度の期待だった。

実際に起きたことは、誰も予測していなかった。

公開から 5日で100万ユーザー、2ヶ月で 1億ユーザーを突破。インターネット史上最速で1億ユーザーに達したサービスになった。Twitter、TikTok、Instagram の記録を遥かに上回る速度。世界中のメディアが連日、ChatGPT について報じた。学者、ジャーナリスト、教育者、起業家、政治家、芸術家 ── あらゆる職業の人々が、初めて AI と直接対話する経験をした。

技術的に見れば、ChatGPT は GPT-3.5 + RLHF(人間のフィードバックによる強化学習)だった。技術革新そのものは GPT-3 の段階で達成されており、ChatGPT は「使いやすい対話インターフェース」を被せたにすぎなかった。しかし、その「インターフェース」が世界を変えた。

Demis Hassabis シリーズ第2回で詳述した通り、DeepMind 内部での反応は鮮烈だった。Sebastian Mallaby の伝記によれば、ChatGPT 公開直後、Hassabis は社内で「敵が我々の正面の庭にタンクを乗り入れた」と語ったという。

ここで、第2回からのHassabis-Musk のねじれが、皮肉な決着を見る。

2012年:Hassabis が Musk に AI 危険性を警告した
2014年:Musk が Hassabis-Google を最大の警戒対象と認識した
2015年:Musk が Hassabis に対抗するため OpenAI を共同設立した
2018年:Musk が OpenAI を離脱した
2022年Hassabis ではなく、Musk が共同設立した OpenAI が、Hassabis-Google を打ち負かした

10年前に Musk が恐れた「Hassabis-Google の AGI 独占」は起きなかった。代わりに、Musk が自分が安全装置として作ったはずの組織が、Hassabis-Google を圧倒するという、誰も予想しなかった結末になった。Hassabis の警告は正しかったが、警戒すべき相手は Hassabis 自身ではなく、Musk が一時期共に作った組織だった。

第5回で扱う Musk の OpenAI 提訴(2024年) の心理的・歴史的根源は、ここにある。

ChatGPT の衝撃は、業界全体の認識のOSを一変させた:

  • Google:内部でコードレッド宣言。DeepMind と Google Brain の統合(後に Google DeepMind に再編)を開始。Gemini 開発の本格化
  • Anthropic:Claude の開発と公開を加速
  • Meta:LLaMA シリーズへ向かう開発を強化
  • Microsoft:2023年1月、OpenAI に追加で100億ドル投資。これは Bing と Microsoft 365 への ChatGPT 技術統合のための投資だった
  • Musk:「AI を遅らせるべきだ」と公的に主張し始める。これが2023年3月の AI 停止公開書簡につながる(第5回で扱う)

ChatGPT の公開は、生成AI が研究室の対象から世界の日常に移った瞬間だった。これ以降、AGI の議論は「将来の可能性」ではなく「現在の現実」として扱われるようになる。


第4回のまとめと、第5回への問い

第4回で見てきた5年間(2017-2022)を整理しよう。

  • 2017年1月:Asilomar 会議と AI 原則 ── 業界の共通規範言語が確立。Hassabis と Musk が一時的に並んだ
  • 2017年6月:Transformer 論文 ── 言語処理の技術的基盤が Google Brain から公開され、Sutton の苦い教訓が言語領域で形を取る
  • 2018-2020年:GPT シリーズの登場 ── スケール則の発見(System 1 の機械的再現)、Russell『Human Compatible』、Musk の OpenAI 離脱、Capped-profit 化、Microsoft 提携
  • 2021年:Anthropic 設立 ── OpenAI からの離反、Constitutional AI による独自の安全設計
  • 2022年11月:ChatGPT 公開 ── 5日で100万ユーザー、世界の認識のOSが一変、Hassabis-Musk のねじれが皮肉な決着

ここで重要なのは、この5年間で「機械が言葉を獲得した」だけでなく、業界の組織的地形がさらに分化したことだ。2016年末時点での4組織(DeepMind、OpenAI、Google Brain、FAIR)に加えて、Anthropic という第5の主要組織が分岐した。そして、まだ表舞台には登場していないが、Musk の中で xAI 設立の動機が醸成されつつあった

そして認識のOS論の観点から最も重要なのは、「機械が言葉を獲得した」という事実が、人間の認識のOSに与えた衝撃である。

2014年に Bostrom が「ペーパークリップ・マキシマイザー」として思考実験で示した「AGI が人類を超える可能性」は、ChatGPT 以前は未来の予言だった。ChatGPT 以降、それは部分的に観測可能な現象になった。AI が文章を生成し、コードを書き、論文を要約する ── これらは Bostrom の予言の弱い形での実現だった。

そして Musk の認識のOS ── 2014年に「核兵器より危険」と書いた認識 ── は、ChatGPT 公開後、強烈に活性化する。彼は2012年の警告の通り Hassabis-Google を警戒し続けてきたが、ChatGPT で実際に脅威となったのは自分が共同設立した OpenAI 自身だった、という反転を受け入れねばならない。これが2023年の AI 停止公開書簡、xAI 設立、Grok 公開、そして2024年の OpenAI 提訴へとつながる。

第5回(次回)では、2023年から2025年までの3年間を辿る。中心となるのは、ChatGPT 革命後の業界再編と、Musk の戦略的反転である:

  • 2023年3月:FLI 主導の AI 停止公開書簡(Musk、Bostrom、Tegmark 等が署名)
  • 2023年7月:Musk が xAI を設立
  • 2023年11月:xAI が Grok を公開
  • 2024年2月:Musk が OpenAI を提訴 ──「創立時使命の裏切り
  • 2023-2024年:Tesla FSD v12 ── 物理世界での「苦い教訓」の実現(Elon Musk シリーズ第4回で深掘り)
  • 2024-2025年:推論モデル時代の到来(OpenAI o1Gemini Deep ThinkGrok 3)── System 2 が機械として形を取る試み
  • 2024-2025年:中国系 AI(DeepSeekQwen 等)の台頭

14年史の11〜13年目、2023〜2025年。次回、AGI レースの本格的な形成に向かおう。



◀ 前回:組織の誕生(2015-2016)── 不安が制度化される ── 生成AIの歴史シリーズ第3回/全7回

▶ 次回:AGIレースの形成(2023-2025)── 業界が分裂・再編する ── 生成AIの歴史シリーズ第5回/全7回


関連記事

シリーズ・テーマ記事つながり
認知科学基盤認識のOSにバグがある──「直感」と「熟慮」という2つの回路KahnemanのSystem 1/2、Siegelの「蓋が開く」、Barrettの「予測の固着」── 本シリーズ全体の認知科学的基盤
認知科学基盤「感情はコントロールできない」は本当か──脳の予測メカニズムから感情を理解するバレットの予測機械理論・内受容感覚
書評【B#186】生成AIの覇権をめぐる物語:DeepMindとOpenAI、2つの道Parmy Olson『Supremacy』、Hassabis vs Altman 二項対比の入門
書評【B#196】AI時代に「脳をどう使うか」①──橘玲「テクノ・リバタリアン」から考えるTEN(The Equation Navigators)・SQ・流動性vs結晶性知能、個人OSの心理学的基盤
書評【B#198】神経科学 × 進化生物学 × 人工知能:知性の本質を探る5つの視点Bennettの5+1のブレイクスルー枠組み、第6のブレイクスルー = Integrated AI
生命観生命観の変遷シリーズ第8回 プログラマーたち──CRISPR・AI・自己規律の系譜主流vs傍流フレーム、アシロマ→ナパ→賀建奎の40年の歩み
個人OSDemis Hassabis編「認識のOSの諸刃」全3回神経科学者のAGI観の深掘り
個人OSElon Musk編「認識のOSを物理に翻訳する」全5回物理工学者の人工知能観の深掘り

関連サービス


関連記事