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ノーベル賞を受賞した「二刀流」の科学者──カール・ダイセロスという人

はじめに

2026年のノーベル生理学・医学賞を、カール・ダイセロス(Karl Deisseroth)ら3人が受賞した。ダイセロスの名前を見て、「ついに受賞したのか」と思った。以前から、この人にはとても興味を持っていたからである。きっかけの一つが、Andrew HubermanのPodcast「Huberman Lab」での長時間の対談だった。

世界を代表する神経科学者であり、大きな研究室を率いている。それだけでも十分すごいのだが、現在も精神科医として患者を診ている。そして、5人の子どもの父親でもある。

さらに、『Projections: A Story of Human Emotions(邦題:『「こころ」はどうやって壊れるのか:最新『光遺伝子』と人間の脳の物語』)』という本を書いている。

これがまた、文章がうまい。

もともと作家になることを夢見ていた人で、『Projections』は単なる神経科学の解説書ではない。精神科医として出会った患者たちの世界を入り口に、人間の感情や心について、文学と科学を行き来しながら描いている。

この人はいったい、いつ寝ているのだろうと思った。

大谷翔平のような「二刀流」

ダイセロスを見ていると、私は大谷翔平を思い出す。

大谷が投手と打者という、本来なら一つだけでも一流になるのが難しい二つの世界を同時に追求しているように、ダイセロスもまた「二刀流」の人に見える。

いや、実際には二刀流どころではない。

神経科学者であり、新しい技術を生み出す発明家であり、大きな研究室を率いるリーダーであり、患者を診る精神科医であり、本を書く作家であり、5人の子どもの父親でもある。

いったい何刀流なのだろう、と思う。

今回のノーベル賞受賞の知らせを受けた朝にも、彼を象徴するようなエピソードがあった。深夜にストックホルムから受賞の連絡を受け、ほとんど眠らないまま取材や祝福の電話に対応していたという。ところが朝6時30分になると、「1時間休ませてほしい」と伝えた。

子どもたちが起きて学校へ行くので、その前にスクールランチ、つまりお弁当を作らなければならなかったからだ。ノーベル賞を受賞した朝にも、いつものように子どものお弁当を作る。このエピソードを知って、ますますこの人に興味を持った。

光で神経細胞を操作する

今回のノーベル賞につながったのが「オプトジェネティクス(optogenetics)」である。

簡単にいえば、特定の神経細胞を「光」で操作する技術だ。

脳の研究では、ある行動をしているときに特定の脳領域が活動していることがわかっても、その活動が本当にその行動を引き起こしているのかまではわからない。相関関係と因果関係は違うからだ。オプトジェネティクスでは、光に反応するタンパク質を特定の神経細胞に発現させ、光を使ってその細胞を非常に短い時間単位でON/OFFする。

すると、

「この神経回路を動かすと、この行動が起きる」

「この回路を止めると、この行動が変化する」

という形で、脳と行動の因果関係を実験的に調べられるようになる。神経科学に大きな変化をもたらした技術である。

Feng Zhangを育てた人でもある

さらに驚くのが、ダイセロス自身の研究だけではない。

MITとBroad Instituteで活躍し、CRISPRによるゲノム編集で世界的に知られるFeng Zhangは、Stanford時代、ダイセロスの大学院生だった。Zhangはダイセロスらとともに初期のオプトジェネティクス開発にも関わり、その後MIT・Broad Instituteへ移り、今度はゲノム編集という別の領域で世界を変える研究者になった。

自分自身が世界を変える研究をするだけでも大変である。その研究室から、さらに別の分野を変えてしまうような研究者が育っている。研究者としての能力だけでなく、「人を育てる」という意味でも、ダイセロスという人は興味深い。

東大医学部でも、こんな人には出会わなかった

私は以前、東京大学医学部で研究をしていた時代がある。

そこでは、本当に頭のいい人、驚くような能力を持った研究者をたくさん見てきた。「こういう人を天才というのだろうな」と感じる人にも出会った。それでも、ダイセロスのような人には出会ったことがない。

もちろん、私はダイセロス本人に会ったことがあるわけではない。それでも、彼の研究、臨床、著作、インタビューを追っていると、「この人はいったいどうなっているのだろう?」と思ってしまう。

単純にIQが高いとか、研究能力が高いという話ではない。世界を変える技術を生み出しながら、臨床医として患者を診る。大きな研究室を率い、次の世代の研究者を育てる。そして、人間の内面を描く文章まで書く。家庭では5人の子どもを育て、ノーベル賞の知らせが届いた朝にもお弁当を作っている。

異なる種類の能力が、一人の人間の中に同居している。そこに私は惹かれる。

もともとは作家になりたかった

そして、ダイセロスを考えるうえで外せないのが『Projections』である。彼はもともと文章を書くことが好きで、若いころには作家になることを夢見ていたという。『Projections』の構想は、彼が世界的な神経科学者になる以前、精神科のレジデントだったころに始まっている。

この本で描かれるのは、「脳」だけではない。

精神科医として出会った患者たちが、世界をどのように経験しているのか。その主観的世界を描きながら、神経科学、進化、感情、文学へと話が広がっていく。科学者として外側から脳を見るだけではない。精神科医として人間の語りを聞き、作家としてその人の内側から世界を描こうとする。

ここに、ダイセロスという人物のもう一つの特徴があるように思う。

客観と主観を行き来する

精神科医として彼が向き合うのは、「悲しい」「怖い」「世界が現実ではないように感じる」といった、人間の主観的な世界である。

一方、科学者として向き合うのは、脳、神経回路、そして一つ一つの細胞だ。

つまり、

人間 → 心 → 脳 → 神経回路 → 細胞

へと降りていく。

そして細胞を理解したら、再び神経回路へ、行動へ、人間の経験へと戻ってくる。さらに、その経験を『Projections』では「言葉」にしている。私はここが、ダイセロスという人の一番面白いところだと思う。

一見すると、科学者、精神科医、作家という、まったく違う仕事をしているように見える。しかし、それらは本当に別々なのだろうか。

「人間の心とは何なのか?」という一つの問い

ダイセロスが精神科を選んだ理由について語った言葉に、印象的なものがある。

“Psychiatry was full of mystery.”

「精神医学は謎に満ちていた」

彼が追いかけているものは、最初から「人間の心とは何なのか?」という一つの問いなのではないだろうか。精神科医として、一人の人間と向き合う。その人が体験している世界に耳を傾ける。そこから脳へ向かう。脳から神経回路へ。神経回路から細胞へ。

そして、オプトジェネティクスによって細胞を操作し、再び行動へ、人間へと戻ってくる。

さらに、科学だけでは捉えきれない人間の経験を、今度は文学によって表現する。臨床、科学、技術、文学。まったく異なる領域を渡り歩いているように見えて、実は一つの問いを異なる方向から見ているだけなのかもしれない。

天才とは何なのだろう?

私はダイセロスについて考えていると、「天才とは何なのだろう?」ということも考える。一つの領域を誰よりも深く掘ることも、もちろん才能だと思う。

しかし、ダイセロスの場合には少し違う。非常に異なる世界を行き来しながら、それらを一つの問いの中で統合している。

科学と文学。客観と主観。細胞と人間。研究と臨床。

そして、自分自身の仕事と家庭。大谷翔平を「二刀流」と呼ぶなら、ダイセロスはいったい何刀流なのだろう。ただ、考えてみると、そもそも「何刀流」と数えること自体が違うのかもしれない。彼にとっては、科学も、精神医学も、文学も、別々の仕事ではないのではないか。

人間とは何か。心とは何か。私たちの経験はどこから生まれてくるのか。その一つの問いを、診察室から研究室へ、神経細胞から言葉へと、さまざまな方法で追い続けている。今回のノーベル賞は、その長い探究の一つの到達点なのだと思う。

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