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【B#204】「いい人」をやめると、身体が癒えはじめる──Gabor Matéの「身体がノーというとき」に学ぶ、ストレスと病気のつながり

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションと脳科学ベースの講座を提供している大塚英文です。

現代の医学では、自己免疫疾患やがんの原因として、遺伝や生活習慣、環境要因などがよく挙げられる。私も、製薬会社時代、脳の自己免疫疾患の一つ、多発性硬化症の治療薬の開発・販売・マーケティングの経験から、上記の重要性について医師から学んだ。

自己免疫疾患については、原因不明と片付けられることが多く、特に、心やストレスとの関係については、タブー視される傾向がある。カナダ人医師・ガボール・マテ(Gabor Maté)は、それらの”物理的要因”の背後にある”感情とストレス”の役割に光を当てている。

Matéの著書『When the Body Says No: The Cost of Hidden Stress(邦題:『身体がノーと言うとき』)』では、心がノーと言えないとき、身体がその代償を支払うという視点が入っており興味深い。

今回は、本書に沿いながら、自己免疫疾患、がん、免疫系の認識構造、細胞生物学、ネガティブ感情の価値、そして治癒に必要な「7つのA」について探っていきたい。

自己免疫疾患とストレス──なぜ身体が自分自身を攻撃するのか

自己免疫疾患とは、本来自己を守るはずの免疫系が、誤って自己組織を異物とみなし攻撃してしまう病態である。Matéはこの生理的現象を、心理的な自己否定と深く結びつけて解釈する。

Matéの臨床経験によれば、多くの自己免疫疾患患者には、ある共通した心理的特徴がある。すなわち、「他者の期待を優先し、自分の欲求を抑圧し続けてきた生き方」である。

多発性硬化症(MS)の女性患者の多くは、家庭や仕事で周囲の世話を焼きながら、自分自身の疲労や怒り、ストレスに耳を傾けずに生きてきた。マテはこの傾向を「自己境界の喪失」と呼び、これが免疫系の自己認識の混乱と対応していると指摘する。

ここで注目すべきは、HPA軸(視床下部-下垂体-副腎系)の機能である。HPA軸はストレス応答の中枢であり、慢性的なストレスが続くことでこのシステムは過剰に刺激され、やがて機能不全に陥る。

慢性的ストレスによるコルチゾールの過剰分泌は、免疫系の調整機能を鈍らせる。また、感情の抑圧は交感神経の優位状態を長期化させ、自律神経と内分泌のバランスを崩す。つまり、身体は”いつまでも戦い続けるモード”に入り、やがて敵を見失い、自分自身を攻撃しはじめるのだ。

がんと人格特性──“いい人”の代償

ストレスや病気とパーソナリティの関連を考える際、心理学でよく取り上げられるのが「タイプA・B・C性格」である。Matéも著書の中でこれらに言及し、それぞれの傾向と病気との関係を分析している。

  • タイプA:競争心が強く、攻撃的で、常に時間に追われているような性格。心疾患と関連づけられることが多い。
  • タイプB:比較的おおらかでリラックスしており、ストレスを溜めにくい性格。
  • タイプC:感情を抑圧しがちで、従順・自己犠牲的・対立を避ける傾向が強い。がんとの関連が指摘されている。

マテは、がん患者に多く見られるのがこの”タイプC”傾向であることを指摘する。つまり、怒りや悲しみといったネガティブな感情を表に出せず、常に他人の期待に応えようとする姿勢が、心身の健康に深刻な影響を与えるというのだ。

がんとストレスとの関係性についても、Matéは深く掘り下げる。特に彼が注目するのは、がん患者に共通して見られる「感情パターン」や「性格傾向」である。

Matéの著書で紹介されている多くのがん患者に共通する特徴は次の通りである:

  • 他者を優先し、自分のニーズを後回しにする
  • 怒りや不満を感じても、表現せず飲み込む
  • 家族や周囲との関係性のなかで、常に調和を保とうとする
  • 過去のトラウマを語らず、感情を抑圧する傾向がある

Matéはこのような特性を「病的な親切(pathological niceness)」と呼び、がんはしばしば「怒りの不在」や「自己主張の欠如」に関連して発症すると述べている。

実際、がんの発症には免疫監視機能の低下が関与するが、その背景にはストレスによるナチュラルキラー細胞の活性低下やホルモンバランスの崩壊がある。つまり、自分の境界を守らない生き方は、最終的に身体の防御機構そのものを弱体化させてしまうのである。

自己と非自己の認識──身体と心の境界線

免疫システムの本質は、「自己」と「非自己」を正確に識別することにある。これは、生理学的なだけでなく、心理的な文脈でも重要な意味を持つ。

自己免疫疾患を抱える人々は、自分自身の欲求や感情を抑え込み、他人の期待や評価に合わせて行動しがちである。結果として、「自分は何を感じているのか」「本当は何が欲しいのか」が曖昧になる。

この心理的な境界の曖昧さが、免疫系にも転写されるというのがMatéの見解である。身体は、心理的な”自己喪失”に反応して、生理的にも”自己”を見失うのだ。

信念が細胞を変える──リプトンのビリーフ理論

細胞生物学者ブルース・リプトン(Bruce Lipton)は『The Biology of Belief(邦訳「思考のすごい力」)』において、細胞は固定された遺伝情報に従うのではなく、環境(エネルギー・情報)に応じて動的に応答すると述べる。そしてこの”環境”を定義するのは、私たちの「知覚」や「信念」である。

つまり、自分のことを価値がないと感じたり、怒りや悲しみを抑圧したりすることで、細胞はそのような環境を現実として読み取り、身体に影響を及ぼす。

Matéの視点と合わせると、「感情の抑圧=否定的なビリーフの内在化」であり、これは身体レベルでの慢性的ストレスと一致する。逆に言えば、信念や感情への気づきと変容は、細胞環境を変え、癒しをもたらす可能性を持つ。

ネガティブ感情の効用──怒りは“私”を守る力

怒り、悲しみ、不安といった感情は、しばしばネガティブなものとして扱われがちである。しかし、Matéはこれらの感情を「自己を守るための健全な反応」として肯定する。

“It’s not the stress that kills us, it is our inability to express it.”
「私たちを殺すのはストレスそのものではなく、それを表現できないことです」

怒りは、自分の境界が侵害されたときに生じる自然な反応であり、これを適切に感じ・表現することは、自尊心と自己防衛の基盤となる。怒りを感じてはいけない、悲しんではいけない、というビリーフは、感情を内部に封じ込め、ストレス反応を慢性化させ、身体に長期的なダメージを与える。

ネガティブな感情を否定せず、むしろ自己の内なる声として受け取ることで、身体はようやく「ノー」と言えるようになる。これこそが、癒しの第一歩である。

ヒーリングに必要な「7つのA」──心身再統合の鍵

Matéは著書の終盤で、ヒーリング(癒し)において重要な7つの要素として「7つのA(Seven A’s of Healing)」を挙げている。これらは、病からの回復だけでなく、人生をより統合的に生きるための指針となる。

  1. Acceptance(受容) – 自分自身の感情や経験を否定せず、ありのままを受け入れる
  2. Awareness(気づき) – 無意識的なパターンに意識を向け、内面を観察する力
  3. Anger(怒り) – 境界を守るための健全な怒りを認識し、抑圧せず表現する力
  4. Autonomy(自律) – 他者の期待に依存せず、自分自身の選択で生きる力
  5. Attachment(愛着) – 安全で健全な人間関係を築くことの重要性
  6. Assertion(主張) – ノーと言う力、自分のニーズを伝える力
  7. Affirmation(肯定) – 自分の存在価値を認め、自己を祝福すること

これらの要素は、ストレス反応を緩和し、HPA軸を整える働きにもつながる。心と身体の両方に働きかける包括的な癒しのプロセスとして、7Aは今後の医療やセルフケアにも大きな示唆を与えるものである。

ACEスコアと幼少期のトラウマ──身体に刻まれる過去の記憶

マテはまた、身体的・精神的な健康に深く関わる要因として「ACEスコア(Adverse Childhood Experiences:逆境的小児期体験)」の重要性にも言及している。

ACEスコアとは、幼少期に経験したトラウマ的出来事(虐待、ネグレクト、家庭内暴力、アルコール依存など)の数を示す指標であり、このスコアが高いほど、成人後の慢性疾患、精神疾患、依存症、自己免疫疾患、がん、さらには寿命にまで影響することが研究で示されている。

Matéは、これらの逆境体験が子どもの発達中の神経系、内分泌系、免疫系に深刻な影響を与えるとし、特にストレス応答系であるHPA軸に対して恒常的な過敏状態を作り出すと述べている。これは、HPA軸の暴走がそのまま身体の炎症状態や免疫異常につながることを意味している。

つまり、「今の私たちのストレスの感じ方」や「感情の扱い方」は、過去の未処理のトラウマに深く根差しており、それが身体に沈黙の形で影響を与え続けている可能性があるのだ。

ACEスコアの視点は、単に“現在の生活習慣を変える”という対処療法ではなく、“過去に起きたことの意味を見つけ、癒していく”という根本的なアプローチの重要性を示している。

結びに──身体の声に耳を傾けるという選択

身体が病を通じて伝えてくるメッセージ。それは、私たちが無視し続けてきた「自己の声」かもしれない。

「ノー」と言えない生き方は、やがて身体が「ノー」と叫ぶ形で代償を払うことになる。だからこそ、自分の感情を丁寧に感じ取り、他者との健全な境界を引くことが必要である。

“いい人”をやめ、正直に生きることは、自分を大切にすることでもあり、身体の叡智に従う道でもあるのだ。

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