【B#172】私の読書の方法〜2024年〜人工知能と脳〜共通点と相違点から世の中を見ていく
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はじめに
東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。
毎年1年間の読書のテーマを決める
私が本を読む時、毎年テーマを決めて本を手にするようにしている。その理由については「本をどう選ぶか?〜毎年「テーマ」を決める〜選書の基準」にまとめたので、チェックいただきたい。簡潔にまとめると、自分が勉強したことのない分野を選択し、視野を広げるためだ。
今年(2024年)のテーマは、人類学(2024年1月〜5月、5ヶ月間)、人工知能(2024年7月〜11月、5ヶ月間)と決めていて、それぞれの分野の本を50冊以上(オーディオブック(audible)、電子本(kindle)、紙媒体)読むことを目標にしている。
大晦日(2024年12月31日)までに、合計244冊(オーディオブックで138冊、紙媒体・Kindleで106冊)の本を読んだ。テーマ別に分けると、人工知能が92冊、人類学90冊だった。2024年の前半に、人類学をテーマに出会った本を中心に紹介した(「人類学〜入門書から関心のあるテーマを見つけるまで」参照)。
今回は、後半の脳と人工知能について、2024年に出版され、印象に残った3冊の本を紹介したい。
乾敏郎著、門脇加江子著:脳の本質:いかにして人は知性を獲得するか?
1冊目は、乾敏郎著、門脇加江子著の「脳の本質:いかにして人は知性を獲得するか?」は、脳の知識をどのように人工知能に活かしたらいいのか?を知る上で、ヒントとなる一冊だった。カール・フリストン(Karl Friston)の「脳の大統一理論(能動的推論;active inference)」の考え方に沿って内容は展開される。
一般的に、脳は未来を予測し、その予測が現実とズレている場合に行動を変えたり、自分の予測を修正する仕組みを持っている。この仕組みを「能動的推論」と呼んでいる。
つまり、人間は、予め能動的に、仮説を持って行動(推論、予測)し、その予測が現実とずれていたら、行動を変え、脳の回路を書き換え、推論を修正していく。その予測と現実にズレを最小限(フリストンは、自由エネルギーを最小限にすると表現)していくため、人間は行動していく、という説が「能動的推論」になる。
「能動的推論」のメリットとしては、柔軟に対応できること(未知の状況に柔軟に対応)、自分から環境を変えること(自分の環境を操作して予測の誤差を減らせること)、人間らしさの基本(感情、社会性、創造性といった人間的行動を、予測と修正のプロセスを通じて身につけること)等が挙げられる。
脳の本質では「自己と他者のモデル化」「学習と創造性の予測的特性」「人工知能と能動的推論」の3つの例をあげて「能動的推論」について説明している。
脳は、自分(自己)の状態(身体や精神)を予測し、外界の刺激に応じて自分自身の中にある自己モデルを更新していく。自己認識は、自己と他者の関係を予測する能力に深く関わっており、社会性や共感は、他者の行動や意図を予測するプロセスに基づいている。
学習は、新たな環境や経験に基づいて予測モデルを更新するプロセスであり、創造性は、既存の予測モデルを組み合わせたり拡張したりすることで新しい解を作り出す能力と定義できる。脳の視点から学習を見ると、記憶や注意のメカニズムを通じて、予測モデルを作り上げ、絶えず修正していると見ることができる。
現在の人工知能は、予測やパターンをどのように認識するか?については、得意だが、人間の「身体性」や「文脈適応性」を完全には再現できていない。人間の知性は、行動によって環境を変え、環境の変化を予測に組み込む能力(エージェント性と呼ぶ)を持つが、人工知能はその能力が限定的と見ることができる。
このような内容だが、五感、神経変性疾患(統合失調症を含む)、感情等について、能動的推論からシンプルに説明できることを語っており、解剖学から脳について知るというより、枠組みから脳を捉えたい人におすすめしたい一冊だ。しかも、この本はモデル思考のため、人工知能についても理解が深まると思う。
池谷裕二:夢を叶えるために脳がある「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす
2冊目は、脳科学者の池谷裕二さんの「夢を叶えるために脳はある「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす」だ。この本は、高校生向けに書かれているため、できる限り専門用語を使わずに、脳科学と人工知能の共通点、相違点を含め紹介している。
以前のブログには、学習について取り上げたが(「3つの学習法〜困難学習、地形学習、交互学習」参照)、この本の醍醐味は、人工知能の基本原理と、人の脳との共通点、について語っているところだ。
相違点としては、脳は、感情、直感や個人の経験に基づいた創造性が得意だが、人工知能は、プログラムにもどつく計算、データ分析が得意。脳には柔軟性で持って環境に応じて変化するが、人工知能は特定のタスクに特化しているため融通が効かない。
脳と人工知能との決定的な違いは、脳は「思い込み」でものを見る、勝手に特徴の選択をする、細いところを無視して、ズバッとした大雑把な印象で、一足に結論に飛ぶ。そのことで、思考の負荷を軽減しようとする。そして、一旦思い込むと、そこから抜け出せない。
人工知能は、そのような思い込みがなく、弱くて遅い。だからこそビッグデータが必要で、特徴選択をするのが困難。満遍なく、もれなくみて判断する。そのため、普遍的な特徴抽出の能力は飛び抜けており、データサイズも気にしない。広くまんべんなく調べ尽くし、全体像から傾向を察知して、分類する。
このように脳と人工知能は、どちらが優れているということではなく、得意とするところが違っている。要は、これらに違いがあればあるほど、共同作業しやすく、補完し合える関係になるのだ。
本に紹介されているのだが、人工知能に思い込みや偏見を植え付けたら、少ないデータで学習できるようになったそうだ。そうすると、面白いのは、ミスや勘違いが多発する(いわゆる認知バイアス)可能性が高まるというのだ。
結局は、人の脳からヒントを得て、人工知能を実現するという研究があるけど、人の脳のように曖昧で、適当で思い込みの強い、不完全な装置を作るというよりも、人のできないことを実現する、もしくは苦手とするような作業を安心して作られるような装置を実現させたほうがいいのではないかといっている。
もちろん、共通点としては、脳の神経細胞のネットワークからのヒントを得て作られた「ニューラルネットワーク」を基盤に人工知能が発展していること、人工知能は、機械学習は、データからパターンを見つけ出し、判断や予測を行う点、脳との共通点から学べる点は多いということに触れることを著者は忘れてない。
この本では、ニューラルネットワーク、機械学習がどのように発見され、発展していったのか?画像認識を含め紹介されており、人工知能の入門書を読む上でも、うってつけの内容になっている。
校條浩:演繹革命〜日本企業を根底から変えるシリコンバレー式思考法
3冊目は、ベンチャーキャピタリストの校條浩さんの「演繹革命〜日本企業を根底から変えるシリコンバレー式思考法」だ。上記の2冊とは違い、シリコンバレーのIT企業の組織論について語っている。この本はどちらかというとどのように脳を組織作りに使うのか?について語った本だ。
インターネット、半導体、ソーシャルネットワーク、人工知能を含めたイノベーションは、なぜ、シリコンバレーで生み出され、逆に日本でなぜ、イノベーションが生まれにくいのか?についてまとまっており、企業の組織に対する見る目を養うヒントが満載な一冊になっている。
キーワードとなるのは、演繹(えんえき)と帰納(きのう)。
帰納とは、経験、実験などの個々の具体的な事例から、一般的な原理や法則を導き出すこと。イギリスの哲学者、フランシス・ベーコンによって提唱された手法だ。演繹は、すでに一般的に知られている理論、法則、前提から仮説を検証し、結論を導き出す方法で、フランスの哲学者、ルネ・デカルトによって提唱された方法だ。
演繹は、一般原則や理論から個別の結論を導き、帰納は、個別事例から一般原則を導き出すため、抽象度を上げていくのが、帰納、抽象度を下げていくのが演繹と捉えることができる。
日本が大きなジレンマに陥っている要因は、戦後の経済成長期に日本人に根付いた「帰納思考」から、現在の変化の時代で、リードしている人たちの思考が「演繹思考」へと変化しているところにうまく適応できてない現実があると本では語っている。
そもそも、演繹思考には、コンセプトを前提に物事を考えるところが始まる。「このコンセプトでこういうやり方をすれば、このような付加価値が生まれる」という仮説を立てる。このコンセプトは、その人の知識や経験からくるもの。そこから導き出される事業案を実際に実験して仮説を検証していく。
日本人は、これが苦手で、逆に、過去の事例をお手本として、良いところを取り入れ、改善するという帰納思考で動く。日本製品を継続的に提供できたのは基本的にこのような思考。ただし、新しい製品となると、こんな前例のないことをして許されるのか?責任は誰が取るのか?になるのだ。
帰納、演繹の違いは「失敗」「優秀」「意思決定」「時間軸」「学び」に現れる。
演繹思考では、世界の失敗がどういうものかは、いろいろな仮説を検証し、新しい事業や市場のコンセプトを見極め、候補から落としていくことを「失敗」と呼ぶ。帰納思考では、あってはならないミスのことを「失敗」と呼ぶのだ。
「優秀」の尺度でも違いがある。実行を任せられる人材や課題を解決できる人材が帰納思考で優秀な人材になるのに対し、新しい課題を見つけることができるのが演繹思考での優秀な人材と言える。
議論を尽くし、あらゆる経営幹部が合意して決める「合議性」というのがある。これは日本企業では、通常のプロセスであり、帰納思考のプロセスである。計画と違う結果はよくないので、失敗は避けたい、そのため、抜け漏れを防ぐために合議する。
研究開発では試行錯誤が重要で、合議制が当てはまらない。新しい仮説を検証した時点で、検証結果を議論するが合議することはない。その判断から次の仮説を導き、次の検証へと進む。これこそが、演繹思考だ。
「毎月、売り上げはX%アップを目指そう」は、今までの流れを尊重し、事業を継続させる。つまり帰納思考。一方、演繹思考は、しばらくは試行錯誤を想定。売り上げがいつ実現するかは不明。仮説にもどついた試行錯誤にはリスクがあるため、最終的な成果には長期的な視野が必要。結果として売り上げが立つ。
このように時間軸が違う。
学びも、前例を徹底的に調べあて、共通点を抽出。相手のニーズや弱点が見えてくる、そしてその相手の行動や論理の抜け穴を探す。そして最適な解を導き出すのが帰納思考。目の前にある問題を解決するよりも、そのようなことが起きるのがどのような要因か?本当に問題は何か?本質的なことに疑問を持つのが演繹思考。
このように演繹と帰納のレンズで物事を見ることで、組織をどのように見るのか?どのようにイノベーションが生まれるのか?知ることができて興味深かった。
まとめ
今回は、2024年にテーマとしていた、人工知能と脳について、興味を持った3冊の本を中心に紹介した。3冊目は意外と思うかもしれないが、脳を科学的な側面だけではなく、社会的な側面から見たら、どのように見れるのか?視野を広げることでわかることがあると思って手に取っている。
2025年は、量子力学と脳の記憶のメカニズムを中心に手に取って本を読めればと考えている。
少しでもこの投稿が役立つことを願っています。