【P#79】うつ病、臨床試験の進捗、デフォルトモードネットワーク仮説〜幻覚剤の歴史13
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はじめに
東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。
幻覚剤の歴史については、LSD、サイロシビン、メスカリン、MDMA、DMTを取り上げた。法律で禁止される前に、どのような歴史を辿ったのか?IT業界のメッカ、シリコンバレーとの関係や、最終的に法規制がどのように入り、現在のルネサンスを迎えたのか?についてまとめた。
ルネサンスを迎えた今、幻覚剤はどのように使われることが予想されるのか?末期がん、依存症(サイロシビンとイボガイン)、うつ病の3つの患者を対象に、幻覚剤の臨床試験が進んでいるので、ご紹介できればと考えている。今回は、うつ病の患者について取り上げたい。
今回も、マイケル・ポーランの「幻覚剤は役にたつのか?」を参考にまとめている。
がん患者に対する治療からうつ病治療へ
2016年にがん患者に対するサイロシビン試験が行われ、患者数が80例と少なかったにも関わらず、ポジティブな結果が得られた。そこで、2017年に、大規模な第三相試験へと進むため、審査当局のFDAと相談。驚くべきことに、データに感心したFDAは「うつ病」対策として、サイロシビンが使えないかどうかと提案してきたのだ。
うつ病治療の課題〜薬剤が成果を上げているのか?
日本人の精神疾患を持つ総患者数は、419.3万人(入院:30.2万人、外来:389.1万人)で、精神病床に入院している患者数は、27.8万人だ(2017年の厚生労働省のデータより)。躁うつ病を含めた気分(感情)障害の患者は、124.6万人で、外来の1/3を占める(人口の100人に1人)。
うつ病等により精神科や心療内科等を受診している患者について、医師から処方される向精神薬(抗うつ薬、抗不安薬、睡眠薬、抗精神病薬)を、指示された投与量よりも多く摂取する(過量服薬)問題を、すでに厚生労働省の「自殺・うつ病対策プロジェクトチーム」(2010年9月)にて指摘されている。
過量服薬の背景となるのは、症状の改善がなかなか認められないため、結果的に投与される薬剤の量や種類が多くなってしまう点。長期的に摂取することにより薬に依存的になってしまう点。薬剤の効果等について十分に理解できる説明を受けられないで、安易に処方されてしまう点。等、課題が多い。
サイロシビンが画期的治療法(BTD)に指定〜優先的に審査を進める
マイケル・ポーランも指摘しているが、果たして今のうつ病の治療薬が果たして成果を上げていくのか?といった問題も指摘されており、「認知行動療法」も推し進めているが、米国の審査当局のFDAはその点十分に認識している。
このような点から、2018年に、FDAは、うつ病治療に抵抗性を示す患者(Treatment resistant depression, TRD)と、2019年に、大うつ病性障害(MDD)にそれぞれ、Breakthrough Therapy Designation(画期的治療法の指定、BTD)に認定されたのだ。
BTDとは、2012年7月に制定された仕組みの一つ。FDAが、重篤な疾患や生命を脅かす疾患に対する新規治療薬として画期的な治療だと決定した場合、BTDと認定。開発を迅速にし、審査期間が短くなる。
このような制度は、すでに、オーファン医薬品(Orphan drug:OD)で制定されている。ODとは、日本人で対象患者数が50,000例未満の疾患に用いられる医薬品のこと。Orphanとは、孤児(両親のいない子供)から派生した言葉で日本語では「希少疾病用医薬品」と呼ぶ。対象患者が少ないため、優遇措置が取られている。
オーファン医薬品の制度が「画期的な治療法」に対しても、適用となり、抗がん剤を中心に適用になっているが、幻覚剤でも、サイロシビン以外にも、2017年、PTSDに対してMDMAがBTDの指定を受け、審査が進められている。
幻覚剤の研究には、偽薬と区別できないこと(盲検で行えない)、セラピストの質や置かれている環境も重要、薬物が違法(米国の規制物質法(Controlled Substance Act)により、サイロシビンはSchedule Iに分類されている)など、様々な問題がある。
なぜ、FDAがBTDに指定したかというと、サイロシビンが抑うつ状態を緩和するのではないかというデータが示されているところと、うつ病の治療法は限られていて、新たな手を打つことが必要とされているからだ。
バイオベンチャーとNGO団体が主導〜臨床試験を進めている
幻覚剤のサイロシビンの治療のすごいところは、1回投与で終わることだ。通常の抗うつ薬、睡眠薬を含め、毎日摂取する必要があり、飲み続けることで、ビジネスにつながるからだ。逆に、1回投与で済むため、製薬会社がなかなか開発に乗る気が起きないのだ。
素晴らしいと思うのは、TRDを対象としたサイロシビンの臨床試験は、英国を拠点とするメンタルヘルスケア企業(バイオベンチャー)のCompass Pathway社が、MDDを対象としたサイロシビンの臨床試験は、非営利(NGO)研究機関のUsona Instituteが、それぞれ主導で行われることが決まったことだ。
Compass Pathway社が主導となって行なった臨床試験は、TRD患者・79例にを対象に、サイロシビン高用量(25mg)、低用量10mg、1mg(対照)を無作為に割り付けし1回投与、心理的なサポートを受けながら治療を行う第二相試験が完了。NEJM(2022年11月)に報告された。
うつ病の評価指標の一つMADRSで、投与3週間後評価したところ、高用量群では、有意にうつ病の改善が認められた。現在、第三相試験の登録(2024年4月6日現在)が開始。このペースで行くと、申請、承認を経て発売になるのが3〜4年後(2027-28年頃)と予想される。
Usona Insituteが主導している臨床試験は、MDD患者104例を対象に、偽薬(ナイアシン(100mg))とサイロシビン(25mg)無作為に割り付け、1回投与で、心理的なサポートを得ながら、臨床試験が行われた。
うつ症状を有意に減少したことをJAMA(2023年8月)に報告。1週間後には、全員の症状が改善。3分の2は抑うつ症状がなくなるという画期的な結果が出ている。現在、第三相試験の登録が開始。このペースで行くと、申請、承認を経て発売になるのが3〜4年後(2027-28年頃)と予想される。
なぜ、幻覚剤は「うつ病」にいいのか?脳の特定領域(デフォルト・モード・ネットワーク)との関係が指摘されている。
デフォルト・モード・ネットワークと自我〜うつ病との関係
インペリアル・カレッジのデヴィッド・ナット(David Nutt)教授の下のロビン・カーハート・ハリス(Robert Cahart-Harris)が「治療性うつ病」(2種類の治療を試したが効果が出なかった患者)に対して、男女6例ずつサイロシビンを投与した結果を「Lancet Psychiatry」に報告(2016年)している。
カーハート・ハリスと同僚たちは、LSDやサイロシビンを投与し、fMRIの解析を行うと、ある脳の領域の活動が低下することを明らかにした。その特定の領域とは、デフォルト・モード・ネットワーク(Default Mode Network、以下DMN)だった。
2001年、ワシントン大学の神経科学者、マーカス・レイクルの報告によると、DMNは、大脳皮質の各部分を古い脳(記憶・感情などを含むより深い部分)とつなげる、重要な脳活動の中心的なハブ的を形成している。要するに、DMNは、「安静時」に「何も考えていない時」、つまりデフォルト・モードの時に活動する部位なのだ。
外界から注意喚起するときに活性化される、セントラル・エグゼクティブ・ネットワーク(アテンショナル・ネットワーク)と対照的な働きをして、一方が働く時、一方が抑えられる(詳しくは「脳・ADHD・ドーパミン〜脳内のネットワーク」参照)。
DMNは、外界で何か起きていなくても、心の内面で起きる時に活性化され、自我、他人の立場に立って考える、メタ認知等に関わっている。成人の人間に特徴的な脳の働きで、小児でも後期になるまで働かない。DMNは、全システムを管理し、一つにまとめるオーケストラの指揮者の役割を果たし、自我をつくりあげると言える。
興味深いことに、瞑想実践者が自我を越える時に、DMNが沈黙するのだ。つまり、自我が一時的に消え、我々が認識している自己と世界、主観と客観の区別がなくなる。
人間は、大人になるにつれて「自我を確立」し、DMNを発達させ、内省や論理的思考を生み出すことができるようになった。しかしながら内省が強すぎると、DMNがさらに強まりどんどん世界から閉じこもる。結果的に、うつ病、依存症、強迫性障害、摂食障害など、思考パターンが過剰に固定される精神疾患になる。
カーハート・ハリスは、型通りの神経活動パターンを壊すことで、ステレオタイプな思考パターンを破壊するものこそ、幻覚剤であり、この分野で幻覚剤が恩恵をもたらすのではないかと推測している。
まとめ
ルネサンスを迎えた今、幻覚剤はどのように使われることが予想されるのか?末期がん、依存症、うつの3つの患者を対象に、幻覚剤の臨床試験が進んでいる。今回は、うつ病の患者について取り上げ、臨床試験がどのように進んでいるのか?紹介させていただいた。
少しでもこの投稿が役立つことを願っています。