【J#104】日本銀行・貨幣博物館〜新札(2024年7月3日開始)の展示
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はじめに
東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。
2024年6月8日(土)に、妻・亜希子と一緒に、地下鉄半蔵門線・三越前駅から徒歩圏内にある「日本銀行金融研究所・貨幣博物館」に伺った。大掛かりな新札の展示に興味があったのが大きい。今回は、貨幣博物館の模様について紹介したい。
海外のコイン・コレクターの一面
幼少期の頃から、諸外国のコインを集めるのを趣味にしている。商社勤務の父が世界各地に出張していたので、海外のコインを依頼。ユーロ導入前の、イタリアのリラ、ドイツのマルク、フランスのフラン等、父からたくさんコインを入手。アルバムに収納していた。
個人的には、米国に滞在の時には、米国のコインに注目。米国は、記念コインを多く発行するので、コレクターにとって収集し甲斐がある。
米国の1ドルコイン(ドワイト・アイゼンハワー、スーザン・アンソニー)、50セントコイン(ジョン・ケネディ)、各州で異なる25セントコイン等、多岐にわたっている。
一方で、日本はどうなっているのか?貨幣博物館で何らかの発見できたらと思った。
日本の貨幣の仕組みを知る
博物館に入ると、厳重な警備で荷物のX線検査も行われる。入場時間は、午前9時半〜午後4時半、月曜日は休館になっている。エレベーターか階段で2階に上がると、小さなギフトショップの横に1億円の重さを感じれる展示を発見。持ってみたところ、すごく重いことがわかった。
この先は、写真撮影できないので「貨幣博物館」が発行しているリーフレットを参考に中に入る。古代から近代にかけて、お金とは何か?実物とともに紹介しているのが興味深かった。
中国に倣い、律令に基づく、中央集権国家の建設を目指し、奈良の平城京時代に銭貨を発行。
貨幣発行のための金属が枯渇して行くうちに、中国から流入した渡来銭が使われるようになる。
商品経済の発展に伴い、江戸幕府によって金貨、銀貨、銭貨を発行。日本独自のお金が全国に流通するようになる。
面白いのは、お札も同時に発行。特に、各藩が発行するお札には偽造防止のための様々な工夫が施されており、それが後に日本銀行券にも活用されているところだった。
江戸時代の小判は思いの外大きく、日本は、金と銀をたくさん採掘することができた(佐渡金山開発等)、その時代の雰囲気を感じることができた。
明治以降のお札の変遷も、人物像として誰が描かれたのか?板垣退助の500円札、伊藤博文の1000円札、聖徳太子の1万円札をみながら育った一人として、それ以外の紙幣(大黒様、藤原鎌足等)は、新しい発見だった。
最後に、2024年7月3日から新発行される新札の展示があった。ご興味のある方は、ぜひ「新しい日本銀行券特設サイト」をチェックいただきたい。このうち、渋沢栄一さんと北里柴三郎さんについて紹介したい。
1万円札の渋沢栄一さん〜吸収魔、建白魔、結合魔
「日本最大の経済人は誰か?」。人によって色々な人物が挙げられるかと思うが、私は、迷わず渋沢栄一さんを挙げる。
伝記作家の城山三郎さんは、渋沢栄一さんについて「雄気堂々」にまとめている。
同書を書いた動機について以下のように述べている。
「渋沢栄一氏という、全く名もない、しかもエリート出身でもない人が、なぜ日本最大の経済人になったのか?」
その秘訣を探りたいために、伝記を書いたらしい。その過程で気づいたことがあったという。
秘訣のポイントは、吸収魔、建白魔、結合魔、の3つがあったこと。
「吸収魔」と言っていいくらい吸収するものは吸収していく。その結果、自分の考え(提案、企画)を、自分に資格があろうとなかろうと、建白するという「建白魔」に。
最後に、結合魔。人と人を結びつけてやまない人だったという。
「辛抱強く人の言うことを聞いて、その人の魅力を見出し、そう言う人を自家薬籠中のものにしてしまい、何かがあると、その特性に応じた人間を結びつけて仕事をやり遂げる」
ポイントは、吸収し、建白していくプロセスで相手に対して、全身全霊傾けることで、人に対する見る目が養われ、徐々に結合魔という能力が磨かれたということ。
それが渋沢栄一さんの成功の秘訣だったとのことだ。渋沢さんについては、「日本最大の経済人は?〜モラルを重視した上で、人と人をつなげた人」に書いたので、ぜひチェックいただきたい。
千年札の北里柴三郎さん〜医科学研究所、北里大学、慶應大学医学部
北里柴三郎さんは、「近代日本医学の父」に相応しい存在。細菌学者のロベルト・コッホの研究室に留学。破傷風を予防・治療する方法を開発。ノーベル賞にもっとも近かった存在として知られ、国内では、伝染病研究所(現東京大学医科学研究所)、北里大学や慶應大学医学部の設立に関わっている。
1997年に東京大学の医科学研究所に所属して研究をしていた時代があるので、その設立に関わった人物が千円札になるのは感慨深い。
まとめ
今回は、貨幣博物館を訪れたことを中心に、個人的に感じたことをまとめさせていただいた。
少しでもこの投稿が役立つことを願っています。