【E#285】身体が「NO」と言っているのに、無視してしまうとき──症状は、最後に出てくるサインかもしれない
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はじめに
渋谷を拠点に、ロルフィング®やコーチング、タロット、脳活講座を行き来しながら、考えること・感じること・身体感覚(肚・丹田)が、自然にひとつの判断としてまとまっていく状態を取り戻すための場をつくっている大塚英文です。

前回のブログでは、「考えることを言語化する力」と「実際に起きている経験を言語化する力」のズレについて書いた。
今回はその続きとして、
身体がすでに「NO」を出しているのに、それを無視し続けてしまうとき、何が起きているのか
というテーマを扱いたい。
症状が出る前に、身体は何度もサインを出している
多くの人は、「症状が出たから、問題が起きた」と考える。
実際には、身体はずっと前から、もっと小さな形でサインを出していることが多い。
例えば、
- なんとなく疲れが取れない
- 朝起きるのがつらい
- 理由は分からないが、気が重い
- 身体のどこかが、いつも緊張している
それでも私たちは、「まだ大丈夫」「気のせいだろう」「考えすぎかもしれない」と、その声をやり過ごしてしまう。
身体が「NO」と言っているのに、頭が「YESで行ける」と判断してしまう。このズレが長く続いた先に、ようやく“分かりやすい形”として症状として現れる場合が多い。
私は、手技を使って筋膜へアプローチするセッションを提供しているが、頭が考えていることと、身体が考えていることにズレがある人に、首こり、肩こりといった症状が出るケースが圧倒的に多い。
自己免疫疾患と「いい人でい続けること」
医師・作家の Gabor Maté (ガボール・マテ)は、自己免疫疾患(関節リウマチ、潰瘍性大腸炎、アトピー性皮膚炎等)や慢性疾患について、次のような視点を提示している。
それは、怒りや本音、NOと言いたい気持ちを抑え込み続けることと、免疫系の過剰反応との関係である。
自分を守るはずの免疫が、自分自身を攻撃してしまう。その背景には、
- 人に合わせ続ける
- 期待に応え続ける
- 自分の感情より、周囲を優先する
といった、生き方の癖が関係しているのではないか、という問いである。
これは「性格が悪い」「弱い」という話ではない。そうしなければ生きられなかった時期があった、という身体の記憶の話と言える。
このように考えると、単に免疫を抑える薬(ステロイド、分子標的薬等)を使ったとしても、根源である身体の記憶・身体性に立ち返らなければ根本的な治療にならない可能性が高いのだ。
私自身のアトピー体験を振り返ってみると
私自身、1990年代の後半ににアトピー性皮膚炎を発症。様々な治療に取り組む中で、いろいろなことがわかってきた。
今振り返ると、その時期は、自分が本当にやりたいこと、身体の声を聞くのを後回しにし、「やるべきこと」「期待されていること」を優先していた時期だったと言える。
頭では、「これが正解だ」「今は我慢する時だ」と分かっていた。
けれど身体は、
- かゆみ
- 炎症
- 不快感
という形で、はっきりと「NO」を出していた。
当時の私は、その声を聞こうとはせず、症状だけを何とか抑えようとしていた。今思えば、身体が先に限界を示してくれていたのだと思う。そして、そのことがわかった瞬間、痒みを引いていく感覚もあった。
身体の「NO」は、反抗ではなく防衛である
身体が症状を出すとき、それは私たちに逆らっているわけではないと思う。むしろ、これ以上は無理だ、という防衛反応と言えるのではないかと。
- これ以上、我慢を続けると壊れてしまう
- これ以上、自分を無視し続けると持たない
そのラインを越えないために、身体は分かりやすい形でブレーキをかけてくる。
問題は、そのブレーキを「邪魔なもの」「早く消すべきもの」として扱ってしまうときである。
「NO」を聞くことは、甘えではない
身体の「NO」に耳を傾けることは、怠けることでも、逃げることでもない。
それは、これから先を生き続けるための調整である。
- 本当は、何が嫌だったのか
- どこで無理をしていたのか
- どんな選択を我慢してきたのか
こうした問いは、頭だけではなく、身体の感覚と一緒に扱う必要がある。
おわりに
今回は、身体が「NO」と言っているのに、それを無視し続けてしまうとき、症状は最後の手段として現れるという考え方をご紹介させていただいた。
もし今、
- 理由は分からないが、調子が悪い
- 症状はあるが、原因がはっきりしない
- 頑張っているのに、回復しきらない
そんな状態が続いているなら、それは「もっと努力する」サインではない。身体の声を、判断の場に戻してほしいというサインかもしれない。そのように捉えてみると違った世界が見えるかもしれません。





