【B#199】「脳の使い方」は、習慣でつくられる──James Clear『Atomic Habits』から学ぶ
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はじめに
こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションと、脳科学をベースにした講座を提供している大塚英文です。
今回は、ジェームズ・クリアー(James Clear)の『ジェームズ・クリアー式・複利で伸びる1つの習慣(Atomic Habits – An Easy & Proven Way to Build Good Habits & Break Bad Ones)』
を取り上げる。
なぜ私たちは変われないのか、どうすれば続けられるのか、そして「自分を変えるとはどういうことか?」という問いに対して、実践的かつ哲学的な答えを示してくれる一冊で、学ぶことが多い。

なぜ、脳の使い方と習慣が重要なのか?
今回のテーマは、「脳の使い方」と「習慣化」の関係である。
私たちの脳は膨大な情報処理を行うために、行動を無意識化し、自動化する仕組み=習慣を通じて、省エネルギーで効率的に生きようとする。
この“脳の節約戦略”としての習慣は、日々の選択や行動がどのように定着し、積み重なるかによって、「自分とは何者か」という感覚=アイデンティティまでも形づける。
つまり、習慣は脳の使い方そのものであり、自己形成の最小単位である。
だからこそ、「行動の積み重ねが自分をつくる」という視点が極めて重要になるのである。
行動の積み重ねが「自分」をつくる
「習慣とは、なりたい自分への“投票行為”である」
James Clearは以下のように本書で語っている。
“Every action you take is a vote for the type of person you wish to become.”
(あなたの行動はすべて、「なりたい自分」に一票を投じる行為である)
これは単なる比喩ではない。行動は、その人の存在を形づくる根源的なプロセスであり、繰り返されるほどに、私たちの中に“自分とはこういう人間である”という信念(=アイデンティティ)を根づかせていく。
Clearは、これを選挙に例えて説明する。「投票(行動)は一度だけでは結果を決めないが、何度も投じることで、その候補者(自分)が選ばれるようになる」。つまり、繰り返しの行動こそが、最終的にその人を形づくるという論理である。
なぜ「Atomic Habits」なのか?
James Clearが本のタイトルに「Atomic(原子の)」という言葉を用いたのは、次の3つの意味を重ねている。
- 極めて小さい(tiny):
習慣は一つひとつが微小である。歯を磨く、階段を使う、水を飲むといった行動は、1回だけでは人生を変えないように見える。 - 強力なエネルギー源(powerful):
しかし、それらが集まり、連続すると、核分裂のように強烈な変化を生み出す力を持つ。たとえ始まりが小さくとも、時間をかければ膨大なインパクトになる。 - システムの基本単位(fundamental unit):
「原子」が物質の最小構成単位であるように、「習慣」は人間の行動と人生をつくる最小単位である。
つまり、Atomic Habitsとは「小さく、しかし爆発的な影響力を持ち、人生の根本を構成する単位としての習慣」という意味なのである。
習慣には3つのレベルがある──成果・行動・アイデンティティ
James Clearは習慣をつくるレベルを次のように分類している。
- 成果ベースの習慣(Outcome-based habits)
「5キロ痩せたい」「TOEICで800点を取りたい」など、結果や目標に基づいた習慣。
このレベルの問題点は、目標達成後にモチベーションが途切れやすいことである。また、「達成できなかったとき」に自信を失いやすい構造でもある。 - プロセスベースの習慣(Process-based habits)
「毎日ジョギングをする」「朝30分勉強する」など、行動やルーティンに基づいた習慣。
この段階では行動に焦点をあてるため、成果に振り回されることは少ないが、意志力や環境によって中断しやすいというリスクがある。 - アイデンティティ・ベースの習慣(Identity-based habits)
「私は健康を大切にする人間である」「私は学び続ける人間である」といった、自分の在り方そのものに基づいた習慣。
このレベルでは、行動は自己定義の延長線上にあるため、行動が自然に感じられ、持続しやすいという特徴がある。
つまり、行動や成果は「外側」からのアプローチであり、アイデンティティは「内側」から始まるアプローチである。
「identity」の語源が示すもの
Clearは「アイデンティティ(identity)」という言葉の語源にも注目している。
“The word identity was originally derived from the Latin essentitas, which means being, and identidem, which means repeatedly.”
(「identity」という言葉は、ラテン語の essentitas(存在)と identidem(繰り返し)に由来している)
これはつまり、「アイデンティティ」とは“繰り返された存在”である。
自分をどう定義するかは、どんな行動を繰り返したかに依存している。
自分は「アスリートである」「毎朝瞑想する人である」といった自己認識は、それを行動で証明し続けた先にこそ、生まれるものである。
チャールズ・デュヒッグの「習慣ループ」との違い
チャールズ・デュヒッグ(Charles Duhigg)の『習慣の力』(The Power of Habit)では、習慣の形成は「キュー(cue)→ルーティン(routine)→報酬(reward)」という「習慣ループ」で説明している。

このループについては、以前のブログ記事で、以下のように紹介した。
「習慣化とは、トリガー(Cue)→ ルーティン(Routine)→ 報酬(Reward)の3つが組み合わさることで成立するというモデルである。これは、脳の働きから見ても非常に理にかなっている。脳は“考える”よりも、“予測してすぐ動く”方を好む。だからこそ、きっかけと報酬がセットになった行動は定着しやすい。」
Duhiggのアプローチは、神経科学やマーケティングの実証データに基づいた、どちらかというと習慣の「構造的分析」に重点が置かれている。
彼は、どのようなきっかけ(cue)で、どんな行動(routine)が起き、それに対してどのような報酬(reward)が与えられるかを理解することで、習慣の書き換えが可能になると説いた。
一方、James Clearの視点は、より哲学的・自己変容的である。彼は、「習慣を書き換える」だけではなく、「自分が誰であるかを再設計する」ことに力点を置く。
Duhiggは、「どう習慣が動くか」に注目しているのに対して、Clearは、“なぜその習慣を選ぶのか”という自己定義に注目している。この違いは、行動経済学とアイデンティティ哲学の違いを表しているのではないかと思う。
比較表:習慣の考え方の違い
視点 | Duhigg『習慣の力』 | James Clear『Atomic Habits』 |
---|---|---|
アプローチ | 神経科学・行動経済学 | 行動心理学+アイデンティティ論 |
核となる理論 | 習慣ループ(cue→routine→reward) | 習慣の3レベル(成果・行動・自己) |
主な関心 | 習慣のメカニズム | 習慣が自己形成に与える影響 |
習慣の書き換え | トリガーの再設計 | 自分への投票=アイデンティティの再構築 |
まとめ:「小さな行動」は「自分という存在」そのものである
James Clearが伝えたかったのは、「小さな行動をなめてはいけない」ということである。なぜなら、それは単なる行動ではなく、アイデンティティへの投票だからである。
私たちは、自分を変えようとして「目標を立てる」ことは多いが、「自分がどんな人間になりたいか?」という問いに対して、明確なイメージを持っているとは限らない。
習慣化とは、「ToDoリストを制覇する」ことではない。それは、「私はこうありたい」という願いを、日々の行動という形で証明し続けるプロセスなのである。