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【B#201】「選択の設計」が未来を変える──『Nudge: The Final Edition』読書感想

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションと脳科学ベースの講座を提供している大塚英文です。

今回は、行動経済学の金字塔とも言われるリチャード・セイラーとキャス・サンスティーンによる『Nudge: The Final Edition: Improving Decisions About Money, Health, and the Environment(邦訳:NUDGE・実践・行動経済学・完全版)』を読んでの感想をまとめる。

この本では、私たちの判断や行動がいかに“非合理”であるかを明らかにし、その上で、「選択肢の設計(choice architecture)」が人間の行動にどれほど大きな影響を持つかが、豊富な実例とともに解説されています。

行動経済学とは何か?なぜ注目されているのか?

行動経済学(Behavioral Economics)は、心理学の知見を取り入れた、現実の人間に即した意思決定理論だ。伝統的な経済学が「人は合理的で、一貫性のある選択をする」という前提を持つのに対して、行動経済学は人間の実態に根ざしている。

たとえば、「今だけお得」「限定10個」と言われると、私たちは冷静な損得計算よりも「急がなきゃ」という感情で動きがちです。これは、人間の認知のバイアスや感情が、合理性よりも優先されることを意味する。

「Fast and Slow」──ダニエル・カーネマンの2つのシステム

ノーベル賞受賞者ダニエル・カーネマンは、私たちの思考が次の2つのシステムによって成り立っていると述べている。

システム特徴働き
System 1(Fast)直感的・自動的・感情的習慣、反射、即断
System 2(Slow)分析的・努力が必要・理性的計算、熟慮、自己制御

私たちは日常のほとんどをSystem 1で処理していますが、そのぶん「思い込み」「先入観」「無意識の偏り」による誤った判断もしやすくなる。

行動経済学は、このSystem 1の“クセ”を理解し、それを活かす設計(choice architecture)を追求する学問。

NUDGEとは何か?──“自由を残した設計”の力

本書の核心である「ナッジ(Nudge)」は、以下のように定義されている。

“A nudge is any aspect of the choice architecture that alters people’s behavior in a predictable way without forbidding any options or significantly changing their economic incentives.”
「ナッジとは、選択肢の構造の中で、人々の行動を予測可能な形で変化させるが、選択肢を禁止したり経済的インセンティブを大きく変更したりはしない、そうした介入のことである。」

つまりナッジは「自由はそのままに、そっと背中を押す」ようなデザインと言える。

たとえば、

  • 年金制度で、加入をオプションではなく**初期設定(default)**にしただけで、加入率が倍以上になる
  • 社食でサラダを一番最初に置くだけで、野菜の摂取量が増える
  • 電力使用量を「近所の平均」と比較する通知を送るだけで、省エネ行動が生まれる

こうした「さりげない設計変更」が、人間の選択に大きな影響を与えることが、行動経済学によって証明されてきた。

リバタリアン・パターナリズムという哲学

ナッジの背景にあるのが、「リバタリアン・パターナリズム(libertarian paternalism)」という考え方だ。

“Libertarian paternalists want to make it easy for people to go their own way, but at the same time want to nudge them in directions that will improve their lives.”
「リバタリアン・パターナリストは、人々が自分の道を選ぶことを容易にしつつ、その人生をより良くする方向にそっとナッジしたいと考えている。」

要は、

  • リバタリアン:選択の自由を最大限に尊重する (No coercion)
  • パターナリズム:人々の利益になる方向に導く (Benevolent guidance)

たとえば、ある選択肢をデフォルト設定にすることで、人々の行動を期待される方向へと自然に促しながらも、いつでも自分の意思で変更できる――これが「リバタリアン・パターナリズム」なのだ。

この考え方は、自由を尊重しながらも行動科学の知見を社会制度や組織運営に活かすうえで極めて重要である。

SLUDGEとは何か?──ナッジの裏返し

本書では「ナッジ」の反対概念として「スラッジ(sludge)」が紹介されている。

“Sludge is excessive or unjustified friction that makes it harder for people to obtain a benefit or to exercise a right.”
「スラッジとは、人々が利益を得たり、権利を行使したりするのを不当に困難にする摩擦のことを指す。」

例えば、

  • サブスクの解約ボタンが隠されている
  • 官公庁の申請が複雑すぎる
  • 長くて読みにくい利用規約

などが典型例です。これは「自由を妨げる選択の設計」であり、ナッジの理念とは真逆となる。

脳の使い方としての学び──“設計に気づく知性”

本書を通して得た最大の学びは、「私たちの選択は、自分で決めたように見えて、実は“構造”に強く影響されている」という事実だ。

ここで特に重要なのが、

  • 見せ方(framing)
  • 初期設定(default)
    という、2つの設計要素。

見せ方(Framing)の力

たとえば、以下の2つは同じ意味ですが、受け取る印象はまったく違う。

  • 「この手術は90%成功します」
  • 「この手術は10%失敗します」

実際には同じ統計でも、「成功」と言われれば安心し、「失敗」と言われれば不安になる。これが「フレーミング効果」だ。

私たちは言葉の枠組み=フレームによって、感情的に判断してしまう生き物である。だからこそ、言葉や順序の“演出”が、思考や行動に大きな影響を与える

初期設定(Default)の魔力

もう一つ、重要なのが「初期設定の力」。セイラーたちが示した事例によれば、

  • 年金の自動加入制度で「加入をデフォルトにする」だけで、加入率は40%→90%以上に上昇
  • 臓器提供の同意も、「拒否する場合はチェックを外してください」と表現するだけで、提供率が劇的に変わる

なぜこんなことが起きるのか?
それは私たちが無意識にこう思ってしまうからだ。

「この初期設定には、合理的な理由があるはずだ」

この「構造の設計=意図のあるサイン」として受け取る力学こそが、ナッジの核心にある。

組織においてナッジをどう活かすか?

ナッジの概念は、組織運営にも多くの示唆を与えます。

組織での活用例

領域ナッジの実践
社内健康施策健康診断をデフォルト予約、社食メニューの順序
人事評価フィードバックフォーマットを整備して心理的ハードルを下げる
会議運営初手発言者を若手に固定し、声の多様性を引き出す
IT設計フォーム入力の補完、エラー誘導防止設計(UX設計)

ナッジの設計者=choice architectは、誰か一人ではなく、組織全体で持つべき視点だと感じた。

おわりに──選択に気づくことが、選択を変える

『Nudge』は、「人間の非合理を責めるのではなく、それに寄り添い、支える設計を選ぶことができる」という知性のあり方を教えてくれる。

そして本書を通じて深く実感したのは、

“自分の選択”だと思っていたものの多くが、“誰かによって設計された構造”の中で無意識に決めていたものだった

ということ。

この気づきは、単に「騙されないようにしよう」という防御的な話ではない。

むしろ、

  • 自分自身の行動設計を意識化し、
  • 他者の行動や思考を支援できる構造を創り出す

という、選択の主体として生きる力を取り戻す学びだと感じた。

少しでもこの投稿が役立つことを願っています。」

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