【P#65】幻覚剤の歴史②〜サイロシビン、古代とキノコ文化、キノコと環境問題
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はじめに
東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。
本コラムでは、幻覚剤の歴史を紹介している。前回はLSD。今後、サイロシビン、メスカリン、MDMA、DMTを取り上げる予定だ。今回は、マジック・マッシュルーム由来のサイロシビンについて紹介したい。
サイロシビンは、うつ病、末期がんの不安症に対して有用であるというエビデンスが集積されており、いずれ医療的な応用が期待できる薬の一つになっている。
サイロシビンは、マジックマッシュルーム由来のアルカロイドで、人類は古代から儀式として使っていた。歴史的な背景を含め知ることで、人類が如何に自然の叡智をうまく活用してきたか?理解できるのではないかと思う。
幻覚をもたらすキノコの発見〜雑誌LIFEで報告される
大衆向けの総合雑誌LIFE(1957年5月13日号)に、R・ゴードン・ワッソン(R. Gordon Wasson)の記事「奇妙な幻覚をもたらすキノコの発見(The Discovery of Mushrooms that Cause Strange Visions)」が掲載。西欧社会で初めて、サイロジピンが紹介され、衝撃で持って迎えられた。
驚くべきことに、雑誌LIFE(当時の発行部数は570万部)は、大物ジャーナリストのヘンリー・ルース(Henry Luce)が編集長が務めていた会社。ワッソンはJPモルガンの副頭取。いわば既得権益(体制側)の人間だった。
参考に、ルースは、TIMEとLIFEの両方の創刊者で、妻のクレア・ブース・ルースと共に、プライベートでLSDを嗜んでいた。妻のクレアは「才能に恵まれた幸せな子供の目で」世界を見たような気分になったと、LSDを使用した体験の感想を残している。
このような背景もあり、TIMEやLIFEは双方とも幻覚剤を大いに賞賛。ワッソンがLIFEに、メキシコのオアハカ州の奥地に、幻覚をもたらす奇妙な植物を食べるインディオ古来の儀式を記事化する企画案を出した時、気前よく500ドルの契約金を与え、記事の編集を含め記事の全権限をワッソンに与えた。
幻覚剤と人類学〜古代の儀式で使用
古代ギリシャの「エレウシスの密儀」での幻覚成分入りのワイン・ビールの使用に始まり、メソアメリカ人のキノコ、米国のインディアンが使っていたサボテン(ペヨーテ、別称サンペドロ)等、幻覚剤を使った儀式が古代から使われていた。
古代ギリシャや初期のキリスト教における幻覚剤が果たした役割は、ブライアン・ムラレスク(Brian Muraresku)の「The Immortality Key(不死の鍵)」(2020年9月発刊、邦訳なし)に詳しい。
この本では、人類学、考古学の結果が紹介されており「エレウシスの密儀」には、ソクラテス、プラトン、アリストテレスが参加したと伝えられている。参考に、古代文書に記載されている内容から幻覚剤が使われた可能性が指摘されている。
当時使用されたワインやビールに幻覚成分が混じっていたことを示唆するかのように、儀式に使われた器を化学分析すると幻覚成分が含まれていることがわかってきた。何と、幻覚剤がギリシャ哲学の成立に影響を与えた可能性がある。
「エレウシスの密儀」は、初期のキリスト教の儀式に引き継がれ、女性によって儀式に使われる幻覚成分を含めた液体が調製していたこと。秘伝が代々伝わっており、魔女裁判にも関係があることも紹介。本当なのかな?と疑問に思う箇所があるが、原書を読める方はチェックいただきたい。
特に、メソアメリカ(アステカ王国)を征服したスペイン人は、カトリック教会の権威を脅かすものとして、キノコを敵視。征服者のコルテスは、彼らが崇める悪魔の肉体であり、この苦い食べ物を口にすれば、彼らの残酷な神と霊的に交わると表現。先住民は拷問され、キノコ文化や象徴的なキノコ岩がどんどん破壊された。
異端審問により、ペヨーテやキノコを含めた何十種類もの罪が科されることになった。そもそも、キリスト教の儀式では、パンとワインを口にすることで、神に近づけると信じる行為と教会を執り行う儀式・聖職者が必要だが、キノコは、それを食べれば、儀式がなくても、別世界を味わうことができる。
これはカトリック教会にとって脅威となる。そこで、シャーマンの存在の下で、古代から脈々と続いた文化が否定され、地下活動に頼るしかなくなる。ワッソンの記事が出るまでは、西洋人に秘密にされてきた。
ワッソンの記事の衝撃〜儀式への参加者が増える
ワッソンの記事が世に出ると、何百万人もの人々が読み衝撃を受ける。ワッソンは、たびたびマスコミ登場し、ワッソンが取材した場所(ワウトラ)で儀式を指揮するマリア・サビーナさんの元には、何千人も押しかけ、ミック・ジャガー、ジョン・レノン、ボブ・ディランも訪れるようになった。
のちにワウトラは、ヒッピー文化のメッカとなり、一部の間で秘密になっていた聖なるキノコは、町で売られるようになった。
マジックマッシュルームからサイロシビンの発見
ワッソンはメキシコから持ち帰ったキノコのサンプルをLSDの発見者、アルバート・ホフマンに送付。ホフマンの自叙伝「LSD – My Problem Child」には(英語版のPDF版はこちらから)、サイロシビン(Psilocybin)とサイロシン(Psilocin)の2つの生理活性物質を合成するのに成功する。
当時の医師が必ず行うように、ホフマンも、マジックマッシュルームを自分で試している。キノコを食べてから30分後に、周囲の世界が奇妙な変化が起き、全てがメキシコ風になったと報告している。
ホフマンとワッスンが儀式を指揮しているマリア・サビーナさんにサイロシビンを渡すと、これはマジックマッシュルームと同じ効果を示していると認め、現在、臨床研究では、合成されたサイロシビンを使用されている。
マジックマッシュルームの生態〜野山より都市部
マジックマッシュルームは、LSDよりも自然で効果が優しいことがわかったことから、当時のカウンターカルチャーの注目の的となったが、生育域、分布、繁殖の方法、効能など不明な点が多かった。原産地はメキシコ南部だと信じられていて、米国で見つけるのが難しいと思われていた。
米国内で見つかるまでは、南米からの輸入か、ミナミシビレタケ(Psilocybe cubensis)の胞子(上の写真)を米国で栽培したものが中心だった。やがて、エヴァーグリーン大学の研究チームは、シビレタケ属の新種を米国の太平洋側北西部で発見。米国内でも入手することができるようになった。
シビレタケ属は、腐生菌で、枯れた植物や動物の糞に発生する。荒れた土地を好み、地滑りや洪水、嵐、火山の噴火のような自然災害後の土地に見られる。人間が破壊した環境でも繁殖。伐採した森林、道路建設による山のっ切り崩し等。しかも、最も強力な幻覚作用を持つ種は、野山ではなく、都市部に繁殖するのだ。
ワシントン州に住む菌類学者のポール・スタミッツ(Paul Stamets)は、学術界の外で活動。学位もなく、研究を自費で行なっている。シビレタケ属の新種を4種発見しただけではなく、環境問題、がん、ウィルスの治療に役立つのではないかと、ユニークな説を唱えている。
さらに、キノコの菌糸体は、土の地中にインターネットのような配線の仕方で繋がっており、森林に隈なく分布。樹木の根と根をつなげて栄養を供給するだけではなく、環境の変化や脅威について情報を伝え、森林内の他に樹木に優先的に栄養を送らせたりするのだ。
ぜひ、ご興味のある方は、ポール・スタミッツの「ヴィジュアル版 素晴らしき、きのこの世界:人と菌類の共生と環境」をチェックくださいね。
ストーンド・エイプ理論〜キノコから人類の脳?
ポール・スタミッツは、キノコによって人類の脳が急速に発達し、分析力や社会性を身につけたという説が真実である可能性が高いと発信している。最初に、ローランド・フィッシャーが唱え、テレンス・マッケナが取り上げて広げたのがストーンドエイプ理論(Stoned Ape Theory)。
「超自然の力に触れた」人類は、「それによって内省の能力が引き出され」「獣の精神状態から脱出し、言語と想像力の世界に突入」したという。サイロシビンのような幻覚剤を使うと、共感覚を誘発。数字が色を帯び、音に色彩が加わったりする。言語はこのような特殊な環境で生まれる、といったことをマッケナが主張。
ストーンド・エイプ理論は、何度か世界一視聴者の多いポッドキャスト番組のJoe Rogan Experienceで紹介されていて、魅力的な仮説と思うのだが、信憑性があるかと言えば、疑問だ。キノコを食べて脳が変化するというのは、証明するのが難しいからだ。
サイロシビンの作用機序〜トリプタミン系物質
サイロシビンは、LSDと同じくトリプタミン(tryptamine)系物質の一つとして分類される。。セロトニンに似た物質で、セロトニン受容体に作用することで、神秘体験が生じ、幸福感や生活の満足度が体験後も長期的に増加させることが知られている。LSDとも構造が似ているため、作用が近い。
サイロシビンは、LSDと同じ運命を辿り、1970年には禁止薬物に指定される。その経緯と、なぜ幻覚剤のルネサンスの時代を迎えるようになったのか?については別途紹介したい。
まとめ
今回は、マジックマッシュルーム由来のサイロシビンについて取り上げた。キノコの生態を知れば知るほど、自然の叡智の凄さを実感できると思う。
少しでもこの投稿が役立つことを願っています。