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【B#238】なぜ、人は自分の「弱さ」を曝け出すのが難しいのか?——脳科学と脆弱性(Vulnerability)について

はじめに

こんにちは、渋谷でロルフィング・セッションや脳科学をベースにした講座を提供している大塚英文です。

人はなぜ、自分の弱さを見せることを恐れるのか。「恥ずかしい」「情けない」「失敗したと思われるのが怖い」。こうした感情が湧き上がる瞬間、私たちの心と身体は緊張し、呼吸が浅くなり、脳では警戒システムが作動するのが理由だ。

ブレネー・ブラウン(Brené Brown)は、この「弱みを曝け出すこと」への恐れを十数年にわたり研究している。彼女を有名にしたのが、2010年6月、米国・ヒューストンで行われたTED Talkの講演だった。

ブレネー・ブラウンは、講演の内容を「The Power of Vulnerability(未邦訳)」という形でオーディオブックにまとめている。

“Vulnerability is not weakness; it’s our greatest measure of courage.”
― 脆弱性とは弱さではなく、もっとも大きな勇気の尺度である。

ブラウンの功績は、単なる感情論にとどまらない。彼女は、曖昧で主観的と思われがちな「恥」や「脆弱性」といった概念を、社会科学の手法で測定可能な形に構造化した点に独自性がある。

数千件に及ぶインタビューと質的分析をもとに共通パターンを抽出し、それを心理尺度として定義し直すことで、“恥レジリエンス(shame resilience)”や“脆弱性スコア”を科学的に検討できる領域へと押し上げたのである。

今回のブログでは、彼女のこの学術的アプローチを背景に、脆弱性と恥、共感、そしてそれを支える脳の仕組みを探っていきたい。

脆弱性とは何か ― 不確実性、リスク、感情的曝露

ブレネー・ブラウンは、脆弱性(vulnerability)をこう定義している。

“Vulnerability is uncertainty, risk, and emotional exposure.”
― 脆弱性とは、不確実性・リスク・感情的曝露である。

それは、結果がわからない状況で、自分の心を開くこと。
言い換えれば、「何が起きるかわからないのに、それでも心を差し出す勇気」のことである。

たとえば、「愛している」と伝えるとき、「助けて」と言うとき、「間違っていた」と認めるとき――いずれも脆弱性を伴う瞬間である。

このとき脳内では扁桃体(amygdala)が反応し、「危険だ」という信号を送る。拒絶や失敗は、脳にとって“社会的脅威”であり、身体的痛みと同じ回路(前部帯状皮質)を活性化させる。

しかし同時に、報酬系(腹側線条体、前帯状皮質)も働く。リスクを取って他者とつながろうとする行為には、快楽物質ドーパミンが分泌される。すなわち脆弱性とは、「危険」と「喜び」が同時に存在する、きわめて人間的な状態である恐れを感じながらもつながりを選ぶこと――それが“勇気”の神経的表現である。


恥(shame)が脆弱性を塞ぐ理由

ブラウンは、脆弱性を妨げる最大の感情は「恐れ」ではなく「恥」であると指摘する。

恥とは、「自分には価値がない」「愛される資格がない」と感じる感情である。罪悪感(guilt)が「私は悪いことをした」という行為の否定であるのに対し、恥は「私は悪い人間だ」という存在の否定である。

脳科学的には、恥を感じるとき、前部帯状皮質(ACC)島皮質(insula)が活動し、身体的痛みと同じ神経領域が反応する。つまり、恥は比喩ではなく、実際に「痛み」として身体に刻まれる。

この痛みを避けるために、私たちは沈黙し、隠し、自己防衛を強める。だがその過程で、脆弱性――すなわち他者との真のつながりを閉ざしてしまう。

恥を育てる3つの条件 ― 沈黙・秘密・判断

ブラウンは『The Power of Vulnerability』で、恥が成長する条件として次の三つを挙げている。

  1. 沈黙(Silence)
     恥を語らないこと。語られない恥は心の中で増殖し、扁桃体の活動を持続させる。沈黙は防御のようでいて、実は苦痛を固定化する。
  2. 秘密(Secrecy)
     恥を隠すこと。隠そうとする努力自体がストレス反応(HPA軸)を活性化させ、交感神経が常に緊張状態に置かれる。
  3. 判断(Judgment)
     他者の評価や比較に敏感な環境では、完璧主義が強まり、脳の前頭前皮質が「監視モード」に入る。結果として、創造性も自己表現も制限される。

この3つの条件が揃うとき、恥は静かに成長し、孤立を生む。反対に言えば、沈黙を破り、秘密を手放し、判断をやめることが、恥を癒し、脆弱性を取り戻す第一歩である

共感(empathy)がもたらす癒し ― 恥への対策として

ブラウンは次のように語る。

“If we share our story with someone who responds with empathy and understanding, shame can’t survive.”
― 共感と理解で応答してくれる誰かに物語を語るとき、恥は生き延びられない。

共感は、恥の対抗物質である。そしてそれは、単なる「優しさ」や「同情」ではない。

ブラウンが紹介するテレサ・ワイズマン(Theresa Wiseman)の研究によれば、真の共感には4つの要素が存在する。

  1. 他者の視点をとる(Perspective Taking)
     相手の立場から世界を見ること。自分の経験を重ねるのではなく、「その人にとってどうか」を理解しようとする態度。
  2. 評価しない(Staying Out of Judgment)
     「それはおかしい」「私ならそうしない」と判断しない。評価は防衛を生み、共感の流れを断ち切る。
  3. 他者の感情を理解する(Recognizing Emotion in Others)
     相手の感情を観察し、言葉にならない感情のサインを感じ取る。脳では島皮質が反応し、相手の情動が“身体的に”共鳴する。
  4. その理解を伝える(Communicating that Understanding)
     「それはつらかったね」「あなたの気持ちがわかる」と伝える。言葉と表情によるこの“伝達”こそが、相手の神経系を安全に導く。

これら4つの要素が揃うとき、相手の神経系では内側前頭前皮質 (mPFC) と島皮質が連動し、オキシトシンが分泌される。オキシトシンは扁桃体の活動を抑制し、身体を“安全”へと導くホルモンである。

つまり、共感とは単なる心理的な理解ではなく、恥の痛みを鎮め、身体を再び「つながり」に開く神経的行為なのだ。

脆弱性と創造性 ― 批判の声を静める脳の仕組み

ブラウンは「脆弱性は創造性と革新の源泉である」と語る。創造的な状態では、脳の背外側前頭前野 (DLPFC) の自己批判的な働きが一時的に抑制される。

恥や恐れが強いとき、この領域は過活動となり、「失敗したらどうしよう」「人にどう見られるか」といった思考を生む。逆に、脆弱性を受け入れると、自己防衛の抑制が解け、デフォルトモードネットワーク実行ネットワークが協調して想像力が拡張する。

脆弱性とは、脳の“監視回路”を静め、創造の回路を解放するプロセスでもある。

弱さの中にある力 ― 神経系から見た「全心で生きる」

ブラウンの提唱する「Wholehearted Living(全心で生きる)」とは、完璧を手放し、ありのままの自分を受け入れる生き方である。

神経生理学的に見れば、これは恐れの回路(扁桃体‐HPA軸)から社会的関与システム(前頭前皮質‐迷走神経系)への転換を意味する。安全を感じるとき、迷走神経が優位になり、呼吸が深くなり、声が柔らかくなる。表情は開かれ、他者との関係が再び感じられる。

「弱さを曝け出す勇気」とは、心理的な選択であると同時に、身体を安全とつながりのモードに戻す生理的実践でもある。

おわりに ― 恐れの先にあるもの

恥は誰にでもある。だが、それを沈黙・秘密・判断の中で育ててしまえば、私たちは「語れない存在」になってしまう。

Brené Brownは言う。

“When we deny our stories, they define us. When we own our stories, we can write a brave new ending.”
― 物語を否定すればそれに支配される。物語を引き受ければ、新しい結末を書き換えられる。

脳は危険を避けるようにできている。だが、人間が本能的に求めているのは安全ではなく、「つながり」である。

脆弱性とは、恐れの中でもそのつながりを選ぶ勇気であり、恥の痛みを共感によって変容させる生理的・精神的プロセスである。沈黙を破り、語り、誰かに「わかるよ」と言ってもらう瞬間――そこにこそ、癒しと創造の始まりがある。

次回の投稿では、脆弱性をもう少し深掘りをし、完全主義や創造性との関係性についてまとめたい(「“The Courage to Be Imperfect” ― 不完全である勇気」をご参照ください)。

少しでもこの投稿が役立つことを願っています。

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