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【B#247】Wikipedia はなぜ信頼されるのか──創業者・Jimmy Wales氏の考え方から学ぶ

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィングと脳科学ベースの講座を提供している大塚英文です。

今回のブログでは、ウィキペディア創業者 Jimmy Wales氏の著書『The Seven Rules of Trust – And Why it is Today’s Most Essential Superpower』を取り上げたい。

Google 検索をすると、必ずといってよいほど Wikipedia が上位に上がってくる。素人たちによる多数の人によって編集が可能であるにもかかわらず、なぜインターネット上で Wikipedia が「信頼に足る情報源」として扱われているのか。

Wikipedia の創業者である Wales 氏の思想を知ることで、その背景がより立体的に見えてくるように思う。

今年(2025年)に出版された Wales 氏の本を読むと、Wikipedia の成功は偶然でも幸運でもなく、人間社会の深層に働きかける「信頼の設計思想」によるものであることがよく理解できる。

そもそも、Wikipedia を立ち上げた背景には、知識とは本来「解放されたものであるべきだ」という考えがある。専門家だけが編集するのではなく、一般の人々も参加する。権威によって管理されるのではなく、コミュニティによって更新されるものであるべきだという発想である。

この考え方は、インターネット文化、オープンソース(Linux, GNU)、自由知識運動(Free Knowledge Movement)を源泉としている。ウィキペディアは“技術”ではなく、“思想”から生まれたプロジェクトと言ってよい。

そこで今回は、
1)知識とは何か?
2)百科事典がどのようにして誕生したのか?
3)そして Wikipedia がどのように発展してきたのか?
という順番で、Wales氏の本を参考にまとめる。

Jimmy Wales が語る「信頼はどこから生まれるのか?」

Wikipedia は「誰でも編集できる」ため、初期は多くの批判に晒された。しかし時間が経つほど、むしろ既存の百科事典よりも「信頼できる」と評価されていく。この逆転現象を生み出したのが、以下の3つの設計思想であったという。

透明性(Transparency)

編集履歴や議論がすべて公開される構造により、利用者は「何が、誰によって、どう変化したのか」を常に確認できる。信頼は透明性によって強化されるという原則を体現している。

検証可能性(Verifiability)

個人の見解ではなく、信頼できる情報源に基づいて記事を書くというルールである。これにより Wikipedia は「集団の主観」ではなく「集団による検証」に支えられる。

コミュニティ文化(Community Norms)

ニュートラル・ポイント・オブ・ビュー(中立性)、礼節(Civility)、合意形成(Consensus)といった判断基準が、20年以上の時間をかけてコミュニティに浸透している。ウィキペディアは単なる“システム”ではなく、“文化”そのものに支えられて信頼を獲得してきたのである。

これらは個人の信頼構築にも通じるが、Wikipedia のような巨大プロジェクトを支える“倫理”でもある。Wales 氏はこう述べる。

“Trust is earned through openness, transparency, and humility.”
「信頼は、開放性と透明性、そして謙虚さを通じて獲得される。」

この言葉をさらに深めるためには、産業革命の時代にどのような背景のもと「百科事典」が登場したのかを見ていく必要がある。そこで次に、ピーター・ドラッカー(Peter Drucker)の『ポスト資本主義社会(Post-Capitalist Society)』に目を向けたい。

ドラッカーが描いた「知識の歴史的転換」が、Wikipedia の誕生を準備した

ドラッカーによれば、知識には紀元前から長い間、“2つの意味” しかなかったという。

  • 知識=自己認識・精神的成長(ソクラテス・道教・禅)
  • 知識=語る能力・論理・修辞・教養(プロタゴラス・儒教)

両者は対立していたが、ただひとつ共通していた点がある。それは、知識は「効用(技能、ギリシャ語で“テクネー”)」ではないという前提である。テクネーは「手」を使う職人たちのものであり、知識人が関わることではないと考えられていた。

しかも、技能(テクネー)は徒弟制度でしか学べず、体系化も言語化もできない“秘伝”として、公開されない情報であるという認識が支配的であった。

しかしながら、1700年以降、わずか50年という短い間に、テクノロジー(technology、テクネーに理論(ロジー)が結びついたもの)が発明された。

特許は、イギリス王家の寵臣を豊かにするための独占的権利から、知識を道具に、製品・工程に適用することを奨励するとともに、自らの発明を公表した発明家に報いるための独占的権利へと変化していく。この措置によって、イギリスでは発明の世紀が生み出されるとともに、秘伝としての技能に幕が下ろされた。

この技能から技術への劇的な変化に関する偉大な記録、人類の歴史上最も重要な書物の一つが、1751年から1772年にかけてドゥニー・ディドロー、ジャン・ダランベールによって編纂された「百科全書」である。

技能に関するあらゆる知識を組織的・体系的にまとめ上げ、徒弟でなくとも「技術者」になれるようにすることを目指した書物であった。

しかも、紡ぎや織りといった各種技能を説明するこの「百科全書」の各項目は、技能を持った職人たち自身が書いたものではなかった。それは偶然ではない。「百科事典」は情報の専門家たち、すなわち分析・数学・論理学の能力を持つ者が執筆した。ヴォルテールやルソーも執筆者の一人であった。

百科全書は、職人の技能を文章化し、図示し、体系化し、経験や秘伝を「公開知識」へと転換していく。「百科事典」は、経験を知識に、徒弟制度を教科書に、秘伝を方法論に、作業を知識に置き換えた。

これこそが、やがて我々が「産業革命」と呼ぶことになるもの、すなわち技術によって引き起こされた世界的規模における社会と文明の転換の本質だった。つまり、ここにすでに「知識の民主化」への一歩が刻まれていたと言える。一方で…。

Britannica は「専門家による体系化」を完成させたが…

百科全書の後、Britannica(ブリタニカ)が知識の“権威モデル”を確立した。

  • 専門家が執筆し
  • 編集委員会が監修し
  • 知識は“正しい形”で提示され
  • 読者はそれを受け取る

つまり、知識は中央の専門家が作り、社会へ配布されるものだった。このモデルは200年以上機能したが、
ドラッカーは20世紀の後半にこう予言した。

  • 知識は専門家の独占を離れ、社会に分散する
  • 知識は静的ではなく、更新され続ける
  • 知識の信頼の源泉は“権威”から“検証可能性”へ移る

まさに Wikipedia が担った転換と言っていい。

Wikipedia は百科全書の“第二革命”

Jimmy Wales は、Britannica の限界を次のように見ていた。

  • 更新が遅い
  • 閉じた体系
  • 中央の専門家による独占
  • 読者は受け手でしかない

そこで Wales は、百科事典を根本から作り直した。

編集者を“誰でも”にした(編集の民主化)

これは Encyclopédie が示した「知識の公開化」の思想を、21世紀の規模で再創造したものと言える。

信頼の源泉を“権威”から“透明性”へ転換した

  • 編集履歴の完全公開
  • すべての修正が可視化
  • 出典の明記と検証
  • バイアスを議論する Talk ページ

透明性とプロセスこそが信頼を生むと考えたのである。

概念としての知識を“プロセス”へ変換した

  • Britannica:知識=固定された体系
  • Wikipedia:知識=絶えず更新される流れ

これは Wales の革命的な考え方と言ってよい。

「知識の民主化」時代では、信頼が重要

ドラッカーが描いた“知識革命”の文脈の上に、Jimmy Wales は次の問いを投げかける。

「知識が民主化されたとき、信頼はどのように維持されるのか?」

その答えが、Seven Rules of Trust である。

  • Be Open(開かれていること)
  • Be Humble(誤りに謙虚であること)
  • Be Consistent(一貫性ある価値を保つこと)
  • Empower People(人に任せること)
  • Build Community(文化を育てること)
  • Adapt(変化に適応すること)
  • Lead by Example(自らが模範となること)

これらは単なるビジネススキルではない。

百科全書 → Britannica → Wikipedia
という知識民主化の流れを、「信頼」という観点から体系化した思想書と言っていい。

Wikipediaは「ミスしない」のではなく、「ミスに強い」

中でも、ミスに強いことに関して Wales 氏は以下のように強調する。

“Trust is not the absence of mistakes, but the presence of mechanisms to correct them.”
「信頼とは、ミスが存在しないことではなく、ミスを正す仕組みが存在することである。」

Wikipedia の本質は「自己修復能力」であり、誤情報があっても“コミュニティが修正する力”こそが信頼を生む。

この7原則が企業にどう活かされているのか

Jimmy Wales は本の中で、以下の企業事例も丁寧に取り上げている。

  • Patagonia
     原材料や環境負荷を完全に公開する「透明性経営」により、深い信頼を獲得。
  • Zappos
     “顧客に誠実であるために、現場に最大限の権限を委譲する”文化を育てた。
  • Red Hat(Linux)
     オープンソースのコミュニティ文化を企業組織に持ち込み、信頼を資産化した。
  • Netflix
     環境の変化に応じてビジネスモデルを大胆に転換し、「適応」という信頼の条件を満たした。

これらの企業に共通しているのは、「信頼はプロセスであり、文化であり、構造である」という認識である。

まとめ:Wikipedia は歴史の偶然ではない

ドラッカーが描いた知識の大転換の軸は、次のように整理できる。

  • 知識の意味が変わる(理念 → 技能の体系化 → 生産資源)
  • 百科全書が“技能を公開知識に変換”する
  • Britannica が“専門家による正統知識”を体系化する
  • 社会が高度化し “知識の分散化” が起きる
  • Wales が透明性とコミュニティによる“知識の民主化”を実装する
  • その根底には「信頼」を成立させる倫理体系が必要となる

Wikipedia は、百科全書の系譜にある「知識民主化プロジェクト」を、デジタル時代に合わせてアップデートした最新形である。

そして Jimmy Wales は、信頼は権威ではなく、透明性と謙虚さによって生まれるという新しい原則を示した。

『The Seven Rules of Trust』は、Wikipedia を理解するための書であり、同時に「知識を民主化するためにどうしたらいいのか?」を学べる書といえる。

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