【B#203】なぜ人も組織も変われないのか?〜Robert Keganの成人発達理論から見る
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はじめに
こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションと脳科学ベースの講座を提供している大塚英文です。
今回は、ロバート・キーガン(Robert Kegan)とリサ・ラスコウ・レイヒ(Lisa Laskow Lahey)による名著「なぜ人と組織は変わらないのか(Immunity to Change)」を取り上げる。
発達理論については、幼児の方に注目しがちだが、実は、成人になっても発達が可能であると説いた本。すごく興味深く拝読できたことと、人や組織がなぜ「変わりたいのに変われない」のか? そして、コーチはどのようにその変容を支援できるのか? について、示唆の富む内容となっている。


成人発達理論(Adult Development Theory)とは何か?
Robert Keganは、成人の心の発達を「構造的な複雑性(Structual Complexity)の拡大」として捉え、3つの発達段階があることを提唱した。ポイントは、年齢ではなく、「どのように世界を理解し、自己を構築しているか」という視点で人間の成長を捉える理論だ。
以下、Immunity to Changeの内容からの3つの成人発達段階についてまとめる。
3つの成人発達段階
1. The Socialized Mind(社会適応型のマインド)
“We are shaped by the definitions and expectations of our personal environment.”
「私たちは、自分の属する環境の定義や期待によって形作られている」
この段階では、自分自身の価値観や意思決定は、他者や所属する組織の影響によって形成されます。忠実な部下やチームプレイヤーに多い特性だといえる。
2. The Self-authoring Mind(自己創出型のマインド)
“We are able to step back enough from the social environment to generate an internal ‘seat of judgment’ or personal authority…”
「私たちは、社会的環境から一歩引いて、内面的な“判断の座”や個人的な権威を持つことができる」
この段階では、自分自身の信念体系や価値観に基づいて行動を決定し、外的な期待よりも“自分の軸”に従って生きようとする。
3. The Self-transforming Mind(自己変容型の心)
“We can step back from and reflect on the limits of our own ideology or personal authority…”
「私たちは、自らのイデオロギーや個人的権威の限界を見つめ、それを超えていくことができる」
この段階では、自分自身の枠組みさえも相対化し、複数の視点を並立的に扱うことができる。対立や矛盾に耐え、探究し続ける“メタ認知的リーダーシップ”の器を持つ。
発達段階の鍵は、主観を客観として扱うこと
これらの発達段階の鍵となるのは、「主観(subject)を客観(object)として扱えるようになること」だ。
つまり、自分の中にある価値観や信念、行動パターンを「自分そのもの」と同一化してしまうのではなく、それを外から観察し、見直す力を持つことが成長につながるのだ。
成人発達とは、自己の構成要素を主観から客観へと移行させていくプロセスであり、それこそが変容の本質と言える。
なぜ成人発達理論と「変われない理由」は結びつくのか?
Keganたちが『Immunity to Change』で強調しているのは、人が変われないのは「発達が止まっているから」ではなく、「発達段階における自己の防衛構造が機能しているから」だという点です。
例を挙げたい。
Socialized Mindにいる人にとっては、所属するコミュニティや組織の期待から逸脱することは、アイデンティティの崩壊に直結する。だからこそ、「変わりたい」と思いながらも、「周囲からどう見られるか」という恐れが足を引っ張る。
Self-authoring Mindに達した人であっても、自分の信念体系そのものが「正しい」と信じ込んでいると、新しい価値観や矛盾した視点を受け入れる柔軟性を失ってしまう。そこで重要になるのが、自己変容型の心(Self-transforming Mind)へと“脱皮”していく力だといえる。
つまり、「変わらない理由」は単なる意志や習慣の問題ではなく、その人の「現在の認識の構造」=発達段階に深く根ざしているといってもいい。
なぜ人は「変われない」のか?──免疫マップの核心
KeganとLaheyは、こうした変化への抵抗を「Immunity to Change(変化への免疫)」と名づけた。これは、私たちが自らの“安全”や“整合性”を守るために、変化に無意識のうちに抵抗する心理的構造です。
彼らはその構造を可視化するために、以下のような免疫マップを提案した。
【免疫マップの4つの構造】
項目 | 内容の例 |
---|---|
1. 表の目標(Stated Commitment) | 「部下をもっと信頼したい」 |
2. 実際の行動(Behavior) | 「細かく指示を出し、常に報告を求める」 |
3. 隠れた恐れ(Hidden Competing Commitment) | 「信頼すれば、失敗して自分が責任を問われるかも」 |
4. 根底の信念(Big Assumption) | 「他人を信用すると痛い目に遭う」 |
この構造により、本人も気づいていない「変化への抵抗の仕組み」が浮かび上がるといっていい。
なぜ“免疫”という表現なのか?
Keganたちは、この心理構造を“免疫”と呼んだ理由をこう語っています:
“Just as the immune system protects the body by attacking foreign agents, the psychological immune system defends the identity by keeping change at bay—even if the change is in our best interest.”
「生体の免疫系が異物から身体を守るように、心理的免疫系はアイデンティティを守るために変化を排除する──たとえその変化が自分にとって望ましいものであっても。」
つまり、変わることを「脅威」と捉えてしまう内的構造こそが、人と組織の変容を阻む最大の要因なのです。
本で紹介されている実例
本書には、さまざまな組織リーダーやチームが実際に免疫マップを活用し、変容を遂げた事例が豊富に紹介されています。
たとえば、ある医療機関の上級リーダーは、「もっと協働的なチーム文化を作りたい」と語りながら、実際には部下にほとんど意思決定を委ねられず、常に細かい指示を出し続けていました。免疫マップを用いることで、彼は自分の中にあった「他人に任せると失敗する」「自分が有能であることを証明し続けなければならない」といった深層の恐れと信念に気づきました。
その結果、「完璧でなくても、共に学ぶ姿勢が信頼を生む」という新たな信念へと移行し、チーム内での関係性と成果が大きく改善されたのです。
コーチとしてできること:主観を客観に置く支援
成人発達理論における成長とは、「主観を客観化できるようになること(Subject → Object)」です。
コーチの役割は、クライアントが自分の恐れや思い込み(主観)を安全な場で観察し、対話を通じて客観化することを支援することです。
たとえば、
- 免疫マップを用いた問いかけ:「その行動には、どんな恐れや前提が隠れていそうですか?」
- 発達段階の視座を加える:「今の視点が“自己創出型”から“自己変容型”に移るとしたら、どんなふうに捉え直せそうですか?」
こうした問いかけが、クライアントの認識構造を揺さぶり、新たな視点を開く鍵になります。
結びに──変化とは、「手放し」のプロセス
『Immunity to Change』が教えてくれるのは、変容とは「新しい習慣を身につけること」以上に、「古い前提を手放すこと」である、という点です。
そしてそれは、自分自身の「主観」と丁寧に向き合い、「客観」として扱えるようになることで可能になります。
Keganの理論と免疫マップは、変わることに対して誠実に向き合うための、強力なフレームであり道具です。
コーチである私たちがこの視点を持つことは、クライアントや組織の変容を深いレベルで支援するうえで、大きな力になるのではないでしょうか。
この本をおすすめしたい人
- 組織変革に関わる経営者・マネージャー:変化に対する目に見えない抵抗構造を理解し、現場の推進力を引き出したい方に。
- エグゼクティブコーチ・組織開発コンサルタント:個人や組織の認識構造を可視化し、深層の変容を支援したい方に。
- パーソナルコーチ・セラピスト:行動変容の裏にある「隠れた信念」や「自己防衛の構造」にアプローチしたい方に。
- 教育・人材育成の現場にいる方:学習が進まない、習慣が定着しないと感じる人に対して、構造的な見立てとアプローチを提供したい方に。
この本は、単なる行動変容のためのツールではなく、人間の成長と変化の本質に迫る一冊と言っていい。