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【B#197】仮説を立て、世界に働きかける──AI時代に「脳をどう使うか」②

はじめに

こんにちは。渋谷・恵比寿でロルフィング・セッションと脳科学をベースにした講座を提供している大塚英文です。

前回、人工知能(AI)と「脳をどう使うか?」について「テクノ・リバタリアン」という哲学的な思想から考えてみた。テクノロジーによって自由と情報の最大化を追求するテクノロジー的な考え方に対し、人間の共感性、関係性についてまとめた。

前回はテクノロジーの視点から語ったが、今回は「人間の脳の使い方」ついてまとめる。特に、ビジネスリーダーや意思決定者にとって欠かせない「問いを立て、意味を見出し、未来に向かって行動する力」を、認知科学と脳科学の観点から整理していく。

3つの脳の使い方──アブダクション・スキーマ・能動的推論

脳の使い方について以下の3つの考え方を紹介する。

  • アブダクション(abduction):仮説的推論
  • スキーマ(schema):意味の枠組み
  • 能動的推論(active inference):予測と行動による環境との相互調整

参考にしたのは、以下の3つの本だ。

米盛裕二著『アブダクション──仮説と発見の論理

今井むつみ著『ことばと思考

乾敏郎著・門脇加江子著『脳の本質──いかにしてヒトは知性を獲得するか

アブダクション──人間の思考は、「仮説」によって世界をつなぐ

人間が物事を理解したり問題を解決したりする際には、さまざまな推論の形式を使い分けている。特に重要なのが、演繹、帰納、そしてアブダクションという3つの思考法である。

  • **演繹(deduction)とは、既知の一般的な法則や前提から、論理的に必然の結論を導く方法である。数学的証明や論理的三段論法などが典型例である。確実性は高いが、新しい発見を生み出す力は乏しい。
  • **帰納(induction)は、複数の具体的な観察や経験から共通点を抽出し、一般的な法則や規則を導き出す思考法である。統計的予測やパターン認識に用いられるが、必ずしも正解に至るとは限らず、例外に弱い側面をもつ。
  • アブダクション(abduction)は、観察された事実に対して、それを最も自然に説明できる「仮説」を立てる推論形式である。ラテン語の “ab-ducere”(引き離す・導き出す)を語源とし、「未知を既知から引き出す」ことを意味する。驚きや違和感に出会ったときに「これはこういうことかもしれない」と意味を与える、人間の創造的な知性の働きである。

この3つを比較すると、次のようになる:

推論の種類目的特徴
演繹既知の法則から確実な結論を導く結論の妥当性が高く再現性があるが、新規性は乏しいすべての人間は死ぬ → ソクラテスは人間 → ソクラテスは死ぬ
帰納個別の事例から一般法則を推測する経験に基づくが、例外に弱く確実性に欠けるこの白鳥も白い → 全ての白鳥は白いかも
アブダクション観察された事実を説明する最ももっともらしい仮説を立てる意味の仮設定が可能で、新しい発見や創造性に通じるが、正しさの保証はない

アブダクションは、哲学者チャールズ・サンダース・パース(Charles Sanders Peirce)によって提唱され、「もっともらしい説明を瞬時に立てる力」という意味で使われる。米盛裕二はこのアブダクションを「発見の論理」として再定義し、科学的創造性や日常的思考の一つとして捉え直している。

ビジネスの現場でも、新しい市場の動き、不確かなトレンド、予想外の問題に対して、「何が起きているのか?」を直感的に仮説化する力が求められる。アブダクションは、この”問い”と”仮の答え”を生成する力そのものである。

スキーマ──仮説の土台となる「意味の地図」

アブダクション的推論が可能になるためには、何らかの土台が必要である。それがスキーマ(schema)である。語源はギリシャ語の “skhema”(形・枠組み)であり、経験によって形成された「意味づけの雛形」を意味する。

今井むつみは『ことばと思考』の中で、言葉を学ぶ子どもの姿を通してスキーマの重要性を描いている。たとえば、初めて「犬」という言葉を聞いた子どもは、その場の文脈(吠える・動く・大きさなど)を観察し、「これが犬なのかもしれない」という仮説を立てる。このとき、すでに形成されているスキーマが、意味の可能性を方向づけているのである。

スキーマは経験の積層によって構築され、文脈理解・予測・判断・学習に欠かせない。スキーマは「フレームワーク(framework)」あるいは「認知の枠組み」とも訳され、私たちが新しい情報をどのように解釈し、既知とどのように結びつけるかを方向づける基礎となっている。

経営判断においても、「前にも似たような状況があった」「この市場はこう動く傾向がある」といった直観的な洞察は、スキーマの働きそのものである。スキーマは、「過去の知と現在の問い」をつなぐ認知のインフラである。

能動的推論──仮説に基づいて動き、検証し、修正する

乾敏郎著・門脇加江子著『脳の本質』では、脳は受動的に情報を処理する器官ではなく、「未来を予測し、その予測と現実とのズレ(予測誤差)を最小化するために行動する」能動的な存在であると説明している。

これはカール・フリストンの自由エネルギー原理に基づく「能動的推論(active inference)」と呼ばれる理論であり、脳は常に予測モデルをもち、それに基づいて知覚や行動を調整しているという考え方である。

このモデルを経営や日常に当てはめると、次のような形になる:

  1. こうなるはずだ(予測)
  2. 実際にはズレていた(誤差)
  3. 行動または認知を調整してズレを小さくする(修正)

これはまさに、事業計画と市場反応のギャップを見て、どのような予測を立て、修正し、決断する、経営決断そのものであるといっていい。

以下、アブダクションと能動的推論の違いについてまとめる。

アブダクションと能動的推論の違い

比較軸アブダクション(Abduction)能動的推論(Active Inference)
主な役割驚きや未知の現象に意味を仮説的に与える仮説に基づいて行動し、予測誤差を最小化する
対象認知・意味理解(What?)認知+行動・環境への介入(What to do?)
理論的背景パースの記号論・論理学フリストンの自由エネルギー原理・神経科学
発動の契機「意味がわからない」状況(驚き)「予測と現実がズレる」状況(誤差)
行動との関係行動は伴わない/仮説生成に集中行動を通じて仮説を検証・調整する
思考のタイプ意味を構築する「問いの思考」誤差を調整する「適応の思考」

アブダクションは、出来事に対して仮の説明を与える「内的な意味づけ」のプロセスであり、能動的推論は、その意味づけに基づいて世界に働きかける「外的な調整行動」を含むといっていい。

まとめ:AI時代に育てるべきは「仮説する力」と「動いて確かめる力」

私たちは、過去の経験(スキーマ)をもとに仮説を立て(アブダクション)、
実際に行動して確かめ(能動的推論)、またそこから新たな経験と知識を積み上げていく。
この循環こそが、AIには真似できない「人間の知性の動的本質」である。

では、AIの時代において、私たちは脳をどう使っていけばよいのだろうか?

鍵となるのは、AIのように「正解を即座に出す」ことではなく、むしろAIが苦手とする
「問いを立て、意味を仮に置き、身体的に動いて確かめるプロセス」を磨くことである。

たとえば以下のような力が、人間にとってますます重要になる:

  • 問題を見つける力:与えられた情報に反応するだけでなく、「何が本質的な問いなのか?」を発見する能力。
  • 意味を生成する力:曖昧な状況の中で、既存のスキーマをもとに最適な仮説を創造する知性。
  • 予測誤差を恐れず行動する力:完璧でなくても行動に移し、環境からのフィードバックで学ぶ能力。

このような「仮説→行動→修正→再仮説」のループを生きることで、私たちはAIと協働しながらも、AIとは異なる固有の知性を発揮し続けることができるのではないだろうか。

少しでもこの投稿が役立つことを願っています。

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