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【B#196】AI時代に「脳をどう使うか」①──橘玲「テクノ・リバタリアン」から考える

はじめに

こんにちは。渋谷・恵比寿でロルフィング・セッションと脳科学をベースにした講座を提供している大塚英文である。

今回は、橘玲氏の著書『テクノ・リバタリアン──世界を変える唯一の思想』(文春新書)を起点に、現代を生きる私たちが「脳をどう使うか」、そして「人工知能(AI)とどう共生するか」について、広い視点から思索していきたい。

数式で世界を読む者たち──「TEN」という新たな知的エリート

橘氏は本書の中で、「世界を数学的に理解する者たち」をTEN(The Equation Navigators)と呼び、彼らがベイズ統計やアルゴリズムを用いて、シグナルとノイズを峻別し、行動と意思決定を合理的に行っていると述べている。

TENは直感や慣習ではなく、数式・論理・統計モデルを思考の軸に据えて現実を捉え、常に「最適化された意思決定」を目指す。彼らの代表格が、イーロン・マスク(Elon Musk)、ピーター・ティール(Peter Thiel)、サム・アルトマン(Sam Altman)といった、現代のテクノロジーと資本の最前線に立つ人物たちである。

このような知的スタイルを体現する人物たちは「テクノ・リバタリアン(Techno-Libertarians)」と呼ばれている。

「テクノ・リバタリアン」とは、テクノロジー(科学的合理性)とリバタリアニズム(自由至上主義)を信奉する知的エリート層。国家や既存の倫理体系に依存せず、個人の自由・能力・合理性こそが社会進歩の鍵であるとする立場である。

この思想は、伝統的価値観への懐疑と、数学的知性への絶対的信頼を前提としており、現代のAI社会においてその影響力を急速に拡大しつつある。

TENの特徴──数学的直観を持ち、行動に変換できる人々

TENの特徴を以下に整理してみたい。

  1. 数学・論理・統計を「現実操作の道具」として扱う
     彼らにとって、数式は抽象的な道具ではなく、世界を理解し、設計し、攻略するための「言語」である。
  2. 世界を確率的に捉える柔軟な合理性を持つ
     TENは、絶対的な正解を求めるのではなく、「平均よりも良い予測モデル」を手にすることに価値を見出す。彼らは、どのような情報をインプットすれば、次の行動の「勝率」が上がるかを常に考えている。
  3. 常識や倫理観にとらわれない独立思考者である
     彼らは「社会的に正しいこと」と「実際に機能すること」を分けて考える。だからこそ、物議を醸す提言や行動をとることも多いが、そこには一貫した「成功確率の追求」がある。

ベイズ統計とは何か?そしてなぜ革新的なのか?

TENの根幹にある思考法が、ベイズ統計である。

ベイズ統計とは、事前に持っている知識や仮説(事前確率)を、新たに得られた証拠(データ)によって更新し、事後的に判断の精度を高めていく統計的枠組みである。単にデータを処理するのではなく、学習と適応のプロセスそのものを内包する点に特徴がある。

たとえば、ある人物が病気にかかっている確率を10%と見積もっていたとして、その人物に咳の症状が見られた場合、その情報によって「病気である確率」は上昇する。このように、証拠によって仮説を更新する柔軟な推論能力こそが、ベイズ統計の本質である。

この方法が革新的である理由は以下の3点に集約される。

  1. 確率を固定値ではなく「学習の過程」として扱う点
     状況が変われば予測も変わるという、「不確実性を前提にした思考スタイル」を可能にする。
  2. 新しい情報の価値を定量的に評価できる点
     情報の重要度を客観的に計算し、「どの証拠がどれだけ重要か」を見極める能力を支える。
  3. AIとの極めて高い親和性を持つ点
     現在の機械学習や強化学習の多くにベイズ的推論が用いられており、これはAI時代の基盤とも言える。

テクノ・リバタリアンたちは、このベイズ的思考を自然に内面化し、「直感ではなく、精度の高い仮説と柔軟なアップデート」によって判断と行動を行っている。これが彼らの特異な知性の根幹をなす。

テクノ・リバタリアンの脳──EQ(Emotional Quotient)ではなく、SQ(Systemizing Quotient)

ベイズ統計的な推論能力に加えて、テクノ・リバタリアンの知性を特徴づけるのが、**システム化志向の強さ(SQ)**である。

心理学者サイモン・バロン=コーエンは、脳の働きを「共感性(EQ)」と「システム化(SQ)」という2つの軸で分類した。前者は感情の読み取りや対人関係に関わり、後者は構造・規則・因果関係の把握に関わる。

テクノ・リバタリアンたちは、一般の人に比べて圧倒的に高いSQを持ち、世界を数式と構造で理解する。イーロン・マスクが自らアスペルガー症候群であると公言したように、彼らの中には自閉スペクトラム傾向を併せ持つ人物も少なくない。

このような極端な「構造志向」の知性は、テクノロジー、金融、AIなど、複雑なパターン認識と最適化が求められる領域において、強力なアドバンテージとなる。

知能の2つの側面─流動性知能と結晶性知能

このようなシステム化志向の知性は、心理学における「知能の2側面」にも通じる。

種類説明
流動性知能(Fluid Intelligence)新しい問題への対応力、論理的思考、パターン認識数学、プログラミング、AI研究
結晶性知能(Crystallized Intelligence)知識・語彙・経験に基づく知恵哲学、教育、カウンセリング、執筆

テクノ・リバタリアンたちは、若年期にピークを迎える流動性知能において抜群の能力を発揮する。しかし、AI時代において問われるのは、それとは対照的な結晶性知能──すなわち、意味を統合し、他者と共有し、社会的文脈に位置づける力である。

結晶性知能は人生後半にも発達する

アーサー・C・ブルックスの『人生後半の戦略書(From Strength to Strength)』によれば、流動性知能は若年期にピークを迎える一方で、結晶性知能は加齢とともに伸び続ける。知識の体系化や、他者への教示、意味の統合能力などは、むしろ中高年以降の人生において磨かれる知的資産である。

したがって、AIに勝る唯一の領域として、人間の「語る力」「意味づける力」──すなわち結晶性知能をどう育てるかが問われている。

多様性とメタ認知──テクノ・リバタリアンのもう一つの顔

ピーター・ティール(ゲイ)、サム・アルトマン(バイセクシュアル)など、現代のテクノ・リバタリアンたちは、性的少数者としてのアイデンティティも併せ持っている。彼らの知性は、単なる計算力ではなく、**自己と社会を切り離して俯瞰する能力(メタ認知)**に支えられている。

社会規範や多数派の価値観に染まりきらず、自分の軸で思考し、行動する──それこそが、情報過多の現代における真の知性である。

人工知能と脳の未来──AIの時代、私たちはどう脳を使うべきか?

AIは論理、速度、精度の面で人間を凌駕する。だが、以下のような領域ではまだ人間に軍配が上がる。

  • 文脈の深い理解
  • 感情と身体の統合
  • 意味生成
  • 他者との共感的関係

これらはすべて、結晶性知能や身体知、内省力に関係する領域である。したがって、私たちがAI時代に備えるとは、単に新しい技術を学ぶことではなく、自分の知性の使い方を問い直すことに他ならない。

まとめ─あなたは、どの知能を使って生きているか?

橘玲氏の『テクノ・リバタリアン』は、リバタリアニズムの思想書であると同時に、「人間の知性とは何か?」を再考させる書でもある。

私たちは今、問いを立てなければならない。

  • 「自由」とは、誰にとっての、何からの自由か?
  • 「合理性」とは、誰にとって都合が良く、誰を不安にさせるのか?
  • 「知性」とは、知識やIQを超えて、どう使われるべきなのか?

この問いへの答えは一つではない。だが、自らの脳をどのように使うかに気づくことが、AI時代の第一歩になることは間違いない。

橘玲さんは、日本社会に根深く存在する「自由への恐れ」と「合理性への不信」についても指摘している。

  • 空気を読むことが善とされ、逸脱が排除される
  • 理詰めで話す者が「冷たい」「生意気」と評される
  • 同調圧力の中で、自分の考えを明示することがタブー視される

これでは、知性も、創造性も、失われていく。

知能は一つではない。AIも、正解も、外にあるのではなく、自分の中にある可能性をどう活かすかがすべてである。

少しでもこの投稿が役立つことを願っています。

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