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【B#186】生成AIの覇権をめぐる物語:DeepMindとOpenAI、2つの道

はじめに

東京・渋谷でロルフィング・セッションと脳科学から栄養・睡眠・マインドの脳活(脳科学活用)講座を提供している大塚英文です。

生成AI・全盛時代

今年から本格的に使用を開始した生成AI。自分の発想を整理していくこと、ブログをまとめること、日本語を英語に翻訳することを含め、さまざまな用途で活用している。日々ChatGPTを使う中で、ふと「ChatGPTはどのような背景で生まれたのか?」「そういった経緯を知ることのできる本はないのか?」という問いが湧いてきた。

そんな中で出会ったのが、Parmy Olsonによる『Supremacy: AI, ChatGPT and the Race That Will Change the World』だった(未邦訳)。この本は、ChatGPTを生んだOpenAIと、ライバルであるDeepMindという2つの組織の軌跡を辿りながら、人工知能(Artificial Intelligence、AI)が社会との関わりを描き出している。

両者は共に「AGI(汎用人工知能、artificial general intelligence)」の開発を目指しているが、その設立目的、組織文化、戦略、成果は大きく異なる。今回は、それらの違いと背景、OpenAIがChatGPTによって成功を掴んだ理由を、Olsonの本とともに読み解いていきたい。

サム・アルトマンとデミス・ハサビス:人生とビジョンの対比

AIという強力な技術を導く存在として、サム・アルトマン(Sam Altman)とデミス・ハサビス(Demis Hassabis)の2人は、組織の運営だけでなく、技術の方向性そのものを象徴している。彼らの人生観とリーダーシップスタイルは、組織文化に強い影響を与え、それぞれ異なる形でのイノベーション創出へとつながった。

OpenAIは、スピード感と実装力を武器に社会的インパクトを素早く形にする一方で、DeepMindは、長期的視野に立ち、科学的知見や倫理的考察に基づいたアプローチで、革新的な成果を積み重ねてきた。

以下、アルトマンとハサビスの人物像を表にする。

観点サム・アルトマン(OpenAI)デミス・ハサビス(DeepMind)
出自米国ミズーリ州出身、スタンフォード大学中退。Y Combinatorを率いたシリアル起業家。英国出身、チェスの神童。ケンブリッジ大学でコンピュータ科学、UCLで神経科学の博士号取得。
キャリア起業と投資の世界からAI分野へ。社会変革に興味を持ち、テクノロジーを社会的レバレッジとして捉える。科学的探究を基盤に、知性の構造に迫ることをAI研究の中心に据える。
ビジョン人類全体の繁栄のために、現実の問題を解決するAGIを迅速に提供する。AIは人類の深い理解を可能にし、科学的知のフロンティアを押し広げるべきものである。
リーダーシップスピードと大規模展開を重視。意思決定が迅速。慎重で理知的。科学的合意と倫理的枠組みを重んじる。

なお、デミス・ハサビスは、AlphaFoldによるタンパク質構造予測で科学界に大きなインパクトを与え、2023年にノーベル化学賞を受賞している。

DeepMind:知の探求から生まれたAI研究所

チェス・チャンピオンとDeepMind設立

2010年、元チェスの神童であり神経科学者でもあるデミス・ハサビスによって英国に設立されたDeepMindは、人間の知性を科学的に理解し、それを超えるAIを開発することを使命としていた。

“The ultimate goal was not profit, but understanding.”
(究極の目標は利益ではなく、理解することだった)

その文化はきわめて学術的で、博士号(PhD)ホルダーが多数在籍し、論文や検証を重視し、論文発表を推奨する雰囲気があった。

このように、DeepMindの技術的基盤は、数々の優れた研究者たちの貢献によって築かれている。共同創業者のシェーン・レグ(Shane Legg)ムスタファ・スレイマン(Mustafa Suleyman)は、初期のAGIの方向性を定めた立役者であり、レグはAGIの概念定義にも貢献している。

また、DeepMindの中心的研究者の一人であるデイヴィッド・シルバー(David Silver)は、AlphaGoやAlphaZeroの開発をリードした人物として知られている。

さらに、コラプス・バイエス推論(Bayesian reasoning)強化学習(Reinforcement Learning)の分野でも、DeepMindは世界トップクラスの成果を挙げており、科学界との連携を重視した研究体制が特徴である。

GoogleがDeepMind買収

2014年にGoogleに買収されたことはDeepMindにとって転機となった。資金力と計算資源の面で大きな恩恵を受けた一方で、組織の透明性と独立性をめぐる懸念も生じた。

Google本体との関係性が深まるにつれ、DeepMind独自の倫理委員会の設置構想が実現せずに解体されるなど、初期の理念がやや後退したといえる。一部の研究者たちは、商業的圧力が科学的探究の自由を狭めるのではないかと懸念を表明していた。

“Integration with Google brought us unmatched capabilities, but also new compromises.”
(Googleとの統合は比類ない能力をもたらしたが、同時に新たな妥協ももたらした)

実際、Deep Mindの成功例と課題・限界をあげると、

成功例:

  • AlphaGo、AlphaZeroによるゲームAIの飛躍
  • AlphaFoldによるタンパク質構造予測の飛躍的進展(ノーベル賞級)
  • Google Brainとの連携によるTransformer論文の発表

課題と限界:

  • プロダクト化の遅れと、一般社会への影響力の弱さ
  • 倫理体制の不透明化(倫理委員会の解体など)

参考に、ハサビスはAGIについて、次のように語っている:

“AGI must be a philosophical project, not just a technical one. It has to internalize human values.”
(AGIとは、技術的な達成であると同時に、人間の価値観を内蔵した哲学的プロジェクトでなければならない)

OpenAI:スピードとビジョンのスタートアップ

ラリー・ページとイーロン・マスクの会話

OpenAI設立の背景には、ある有名な会話がある。イーロン・マスクは、かつて親しい友人でありGoogleの共同創業者でもあるラリー・ペイジ(Larry Page)とAGIの将来について議論した際、AGIがもたらす潜在的なリスクについて懸念を表明。ペイジはそれに対して「君はAIの種族差別主義者(specist)だ」と返したという。

“I tried to warn him that AGI could pose an existential threat, but Larry dismissed it. He said I was being a specist — that I was discriminating against digital life.”
「AGIが人類にとって存亡の危機をもたらす可能性を警告したが、ラリーはそれを退け、私は“デジタル生命差別主義者”だとさえ言った」

このやり取りが、マスクに「Googleとは異なるアプローチでAGIに取り組む組織」の必要性を感じさせた。こうしてOpenAIは、より公共的かつ透明性のある形でのAGI開発を目指すために設立。”AIをすべての人類のために”を掲げ、当初は非営利組織としてスタートした。

イリヤ・サツケバーとAlexNet

OpenAIの技術的基盤を支えたもう一人の重要人物が、イリヤ・サツケバー(Ilya Sutskever)である。彼は、機械学習の世界で広く知られる研究者であり、AlexNetの共同開発者の一人でもある。

AlexNetは2012年、Imagenetコンペティションで圧倒的な性能を示し、ディープラーニングの有用性を世界に示したモデルである。この成果は、現代の深層学習ブームの直接的な火付け役となった。サツケバーはこの後、Google Brainを経てOpenAIに参画し、技術部門の共同リーダーとしてGPTシリーズの基盤となるアーキテクチャ開発に携わった。

“Without AlexNet and Ilya’s vision, the GPT models would have had no foundation.” (AlexNetとイリヤの先見性がなければ、GPTの基礎は築けなかった)

このように、OpenAIの成長はアルトマンの戦略だけでなく、サツケバーの研究的リーダーシップによっても支えられていた。

スピード重視、早期リリース

このような技術に支えれてきたOpenAIではあったが、大胆な製品開発と商業提携(特にMicrosoft)を通じて、急速にその影響力を拡大していく。

“We decided to move fast, release early, and learn in public.”
(私たちはスピードを重視し、早期にリリースし、公の場で学ぶことを選んだ)

OpenAIは、プロダクトドリブンの文化を持ち、研究と実装の垣根が低い。論文よりも”体験”を重視し、ChatGPTのようなインターフェースに磨きをかけた。

実際、Open AIの成功例と課題・限界を挙げると、

成功例:

  • GPT-3のAPI公開と拡張性
  • ChatGPTの爆発的普及(2ヶ月で1億ユーザー)

課題と批判:

  • 非営利から営利構造への転換(”capped profit”モデル)
  • 安全性と公開性のバランスをめぐる議論

ChatGPT誕生の舞台裏

ChatGPTの開発と公開をめぐっては、OpenAI内部でも葛藤があった。リスク評価チームからは、様々な課題や懸念が上がっていた。それでもアルトマンはリリースを決断する。

アルトマンは、後にこう語っている:

“Perfect safety is impossible. What we can do is iterate fast and learn with the world.”
(完全な安全性は不可能だ。我々にできるのは、速く回して世界と共に学ぶことだ)

このリスクテイクとスピード感が、結果としてChatGPTを世界的なプロダクトへと押し上げた。

DeepMindとAGI開発におけるリードの喪失

一方で、DeepMindがAGIの開発においてOpenAIに遅れを取った大きな要因の一つは、商業展開への慎重な姿勢にあった点だ。科学的厳密性を優先するあまり、プロトタイプの一般公開や市場との対話が後回しになり、ユーザーからの実世界データを活用する機会を逃した。

“DeepMind focused on solving intelligence as a science, while OpenAI turned it into a product.” (DeepMindは知能の科学的解明に注力したが、OpenAIはそれを製品化した)

そして、もう一つは、社内体制の官僚化と意思決定の遅さ。Google傘下であることにより、倫理やリスク対応に関する承認プロセスが複雑化し、スピードと柔軟性を欠いてしまった。

まとめ:2つのAI観が問う未来

DeepMindとOpenAIは、技術的な目的こそ似ているが、その哲学、組織の運用、社会との向き合い方はまったく異なる。

  • DeepMindは科学と倫理の文脈からAGIを探究し、長期的視野を優先した。
  • OpenAIは社会実装と現実的影響力を重視し、スピードと公開性を武器に世に出た。

Olsonは本書の中でこう指摘している:

“The race for AGI is not just a competition of algorithms, but of values.”
(AGIをめぐる競争とは、単なるアルゴリズムの競争ではなく、価値観の競争でもある)

私たちはこの技術の未来を、どちらの価値観で迎えるのか?

少しでもこの投稿が役立つことを願っています。

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