【B#259】宇宙は「飛ぶ」のか、「落ちる」のか──X-15、ダイナソア、アポロ、そして“システム”の時代へ〜アポロ計画②
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はじめに
渋谷を拠点に、ロルフィング®やコーチング、タロット、脳活講座を行き来しながら、考えること・感じること・身体感覚(肚・丹田)が、自然にひとつの判断としてまとまっていく状態を取り戻すための場をつくっている大塚英文です。
前回のブログでは、アメリカの宇宙開発において重要な役割を果たした「アポロ計画」についてまとめた(「アポロ計画は「失敗の科学」だった──システム工学、脱人主義、そして人間中心への転換」参照)。今回は、NASAと空軍の思想の違いから、アポロ計画を含めた宇宙計画について語っていきたい。
1950年代のアメリカにおいて、最も尊敬を集めていたのは、最前線で限界に挑むテストパイロットだった。操縦桿を握り、未知の速度域へと踏み込み、機体の振動や空気の抵抗を身体で感じながら臨界点を越えていく。
その姿は、技術と勇気が結びついた時代の象徴だった。音速の壁を突破したチャック・イェーガー(Chuck Yeager)は、その文化の頂点に立つ存在である。

しかし、宇宙開発が本格化すると、状況は少しずつ変わっていく。宇宙は「より速く飛ぶ場所」ではなかった。そこでは、速度の桁が変わり、物理法則の支配の仕方が変わり、そして何よりも“主役”が変わった。
操縦席から管制室へ。個人の勇気から、システムの信頼性へ。
この転換は単なる技術進歩ではない。それは「宇宙をどう理解するか」という世界観の選択だった。
今回のブログでは、
- マッハという速度のスケールの違い
- X-15という航空思想の到達点
- ボーイングによるダイナソア(Dyno Sour)計画が目指したマッハ25の有翼宇宙機
- アポロが選んだカプセルという合理性
- そしてミッションコントロールとコンピュータが象徴する“システムの時代”
を、ひとつの流れとして丁寧に整理していく。
なぜダイナソアは消え、アポロは成功したのか。なぜ空軍文化は後退し、NASAのシステム文化が主導権を握ったのか。そして、なぜ速度の数字だけでは宇宙開発は語れないのか。
宇宙は「飛ぶ」空間なのか。それとも「落ち続ける」空間なのか。
この問いを軸に、歴史をゆっくりと辿っていきたい。
マッハとは何か ― 速度のスケールを揃える
宇宙開発の歴史を理解するうえで、まず整理しておきたいのが「速度」の感覚である。
私たちは日常生活の中で、時速50km、100km、せいぜい新幹線の300kmといった速度には馴染みがある。しかし、宇宙開発の議論では、まったく異なるスケールの数字が登場する。
そこで鍵になるのが、「音速」と「マッハ」という概念である。
音速とは何か
音は空気の振動として伝わる。この振動が空気中を伝わる速さを「音速」という。
音速は一定ではない。気温や気圧によって変わる。目安としては、
- 海面付近(気温約15℃)で
- 秒速約340メートル
- 時速約1,200キロメートル
これが一般的に言われる音速である。この速度を基準にしたのが「マッハ」という単位である。
マッハとは何か
マッハとは、音速に対して何倍の速度かを示す比率である。
- マッハ1:音速と同じ速さ
- マッハ2:音速の2倍
- マッハ5:音速の5倍
つまりマッハは、絶対的な速度ではなく、「その場所の音速を基準とした相対値」である。旅客機はマッハ0.8前後。戦闘機はマッハ2程度。
ではX-15はどうか。
X-15の速度スケール
X-15は最大でマッハ6.7近くまで到達した。これは当時としては驚異的であり、空気の性質が大きく変化する極超音速領域である。
マッハ6というのは、空気との摩擦で機体が激しく加熱され、通常の航空機設計では通用しない領域である。この時点で、すでに“普通の飛行機”ではない。
しかし、ここで重要なのは、それでもまだ「軌道速度」ではないという点である。
軌道速度という別世界
地球の周りを周回するためには、およそ秒速7.9キロメートルの水平速度が必要になる。これを時速に換算すると約28,000キロメートル。
音速を約340m/sとすれば、
- 7,900 ÷ 340 ≒ 約23〜25
つまりおおよそ マッハ25前後 に相当する。
ここで世界は一変する。マッハ6とマッハ25では、単なる「速さの違い」ではない。
運動エネルギーは速度の二乗に比例する。速度が4倍になれば、エネルギーは約16倍になる。つまり、マッハ25からの再突入は、マッハ6の世界とは桁違いの熱とエネルギーを伴う。
X-15とは何だったのか
マッハ6とマッハ25では、物理的にも設計思想的にもまったく別の世界が広がっている。その「マッハ6の世界」を切り拓いたのが、X-15である。

速度が変わると、設計思想が変わる
X-15の世界では、
- 操縦
- 空力制御
- パイロットの判断
が中心にあった。
しかしマッハ25の世界では、
- 熱防護
- 構造強度
- 精密な軌道計算
が支配的になる。
ここで初めて、「飛行機の延長ではない」という現実が立ち現れる。宇宙は、より速い空ではなかった。宇宙は、地球の周りを落ち続けるための速度を維持する世界だった。
X-15は1959年に初飛行したロケット推進の実験機である。
通常の滑走路離陸ではなく、B-52爆撃機に吊り下げられて上空まで運ばれ、そこから切り離されてロケットエンジンで加速する。
最大速度はマッハ6.7。到達高度は約80〜100km。当時としては、人類が到達した最も極端な飛行領域だった。製造を担当したのはNorth American Aviation。
ここが象徴的である。
この企業は後にアポロ司令船も製造する。つまり、航空機文化と宇宙船文化の両方を担った存在だった。
テストパイロット文化の頂点
X-15のパイロットは、単なる操縦士ではなかった。彼らは極限環境で機体の挙動を身体で感じ取り、データを持ち帰る研究者でもあった。この文化の精神的支柱の一人が、音速突破で知られるChuck Yeager(チャック・イエーガー)だ。
X-15パイロットの中には、後に宇宙飛行士となる人物もいた。たとえば、アポロ11号で人類初の月面着陸を経験した Neil Armstrong は、X-15で極限飛行を経験している。彼らにとって宇宙とは、より速く、より高く飛ぶ延長線上にある世界だった。
操縦できる宇宙。滑走路へ帰ってくる宇宙。そこには航空機文化の一貫性があった。
“Right Stuff”が描いた誇り
このテストパイロット文化を文学的に描いたのがTom Wolfe(トム・ウルフ)の「The Right Stuff(7人の宇宙飛行士・ザ・ライト・スタッフ)」である。

ウルフが描いたのは、単なる技術史ではない。彼が描いたのは、「何が本当の勇気か」という問いである。音速の壁を越える勇気。失敗すれば命を落とす可能性が高い飛行に、自ら志願する精神。X-15の文化は、まさにこの「Right Stuff」の延長にあった。
しかし、限界があった
X-15はマッハ6に到達した。しかしながら、軌道速度はマッハ25前後である。その差は単なる“倍速”ではない。
運動エネルギーは速度の二乗に比例するため、マッハ6からマッハ25への跳躍は、まったく異なる物理世界への移行を意味する。さらにX-15は弾道飛行だった。地球を周回するための水平速度には達しない。
つまりX-15は、
- 宇宙の“入口”には触れた
- しかし軌道力学の世界には入っていない
この微妙な位置にあった。
航空思想の到達点
X-15は航空思想の完成形だった。
- パイロット中心
- 空力制御中心
- 操縦の技量が鍵
だが、もし本当に軌道速度へ到達するならば、設計思想を根本から変える必要があった。そして、その「次の一歩」として構想されたのが、ボーイングが主契約企業となったX-20 ダイナソア計画である。
ダイナソア計画 ― マッハ25の“有翼宇宙機”という野心
X-15が切り拓いたマッハ6の世界は、航空思想の頂点だった。しかし空軍にとって、それは通過点にすぎなかった。次に目指したのは、軌道速度そのものである。

それが、X-20 ダイナソア(Dyna-Soar)計画だった。
正式名称は X-20 Dyna-Soar。主契約企業はBoeing である。ダイナソアは単なる高速研究機ではない。最初から「軌道宇宙機」として構想されていた。
つまり、目標速度は、マッハ25前後(軌道速度)である。これはX-15の約4倍の速度であり、運動エネルギーでは桁違いの差になる。
ここで重要なのは、ダイナソアが
- 軌道に乗り
- 地球を周回し
- 有翼で滑空帰還する
という構想だった点、つまり、航空思想を、軌道レベルへ拡張しようとしたのである。
なぜ“翼”にこだわったのか
空軍にとって、宇宙は「高高度の延長」であった。翼を持つことには、いくつもの意味があった。
- 操縦可能性
パイロットが制御できる。 - 精密着陸能力
滑走路に帰還できる。 - クロスレンジ能力
再突入後、横方向へ大きく移動できる。
クロスレンジ能力とは、軌道上の再突入地点から大きく横にずれて着陸できる能力である。軍事運用上、これは極めて重要だった。たとえば極軌道から帰還する際、地球の自転や軌道位置に関係なく、指定した基地へ戻れる。この思想は、後のスペースシャトルにも引き継がれる。
しかし物理法則は容赦しない
問題は、マッハ25からの再突入だった。マッハ6のX-15でも機体は加熱した。しかしマッハ25では、状況がまったく異なる。速度が約4倍になれば、運動エネルギーは約16倍になる。
再突入時の熱負荷は、X-15の経験をはるかに超えていた。有翼機は、構造が複雑で表面積も大きい。
つまり、
- 熱防護材が大量に必要
- 構造が重くなる
- 設計が複雑化する
- 信頼性が低下する
技術的なハードルは非常に高かった。
目的の曖昧さ
さらに問題だったのは、国家目標の不明確さである。
ダイナソアは何をするのか。
- 偵察機か?
- 爆撃機か?
- 技術実証機か?
軍事的可能性は多かったが、明確な一つの旗印を持てなかった。一方、同時期に進行していたアポロ計画は明確だった。
「人類を月へ送る」
このシンプルな目標は、政治的にも強力だった。
政治と予算
1960年代初頭、国家資源は月面着陸へ集中した。宇宙開発はNASAという民間主導で進められた。
ダイナソアは空軍主導の計画であり、アポロとの予算競争に敗れる。1963年12月、ダイナソアは正式に中止された。速度では負けていない。構想も先進的だった。
だが、
- 技術成熟度
- 国家優先順位
- 政治的後ろ盾
で劣っていた。
歴史の皮肉
ここで興味深いのは、ダイナソアが目指したマッハ25の世界を、最終的に実現したのは“翼を持たない”アポロ宇宙船だったことである。
アポロは、
- 有翼ではなくカプセル
- 操縦中心ではなくシステム中心
- 軍事ではなく象徴的目標
を選んだ。
ダイナソアは「飛ぶ宇宙」を目指し、アポロは「落ちる宇宙」を選んだ。この違いが決定的だった。
アポロという選択 ― なぜ“翼”ではなくカプセルだったのか
ダイナソアが目指したのは、マッハ25で軌道を周回し、有翼で帰還する宇宙機だった。
速度という意味では、アポロと同じ領域を目指していた。しかしアポロが選んだ形は、まったく異なるものだった。翼ではなく、カプセル。
なぜか。
ここで登場するのが、アメリカ有人宇宙船設計の中心人物、Max Faget(マックス・ファジェ)である。
宇宙は「飛行」ではなく「軌道運動」
まず理解しなければならないのは、宇宙飛行の本質である。宇宙船は「空を飛ぶ」のではない。地球の周りを、落ち続けている。地球の引力に引かれながら、横方向に十分速い速度を持つことで、地面に落ちずに周回する。
これが軌道運動である。
この状態から地球へ戻るとき、宇宙船はマッハ25前後で大気に突入する。
ここで支配的になるのは、
- 操縦性
ではなく - 熱とエネルギーの処理
である。
鈍頭(blunt body)という発想

ファジェが採用したのは、「鈍頭」形状だった。一見すると空力的に不利に見える丸い形状。しかしマッハ25の再突入では、事情が逆転する。
鋭い機首は熱を集中させる。丸い形状は前方に衝撃波を形成し、高温の空気層を機体から離れた位置に保つ。つまり、空気を切り裂くのではなく、空気を前に押し出す。この設計思想は、航空機の常識とは逆である。

有翼機は揚力を得るために空気を利用する。カプセルは、空気との摩擦を「制御された抵抗」として利用する。
有翼機との決定的な違い
有翼宇宙機は、
- 広い表面積
- 複雑な構造
- 多数の耐熱部位
を持つ。
一方カプセルは、
- 表面が単純
- 熱防護が集中
- 構造が強固
つまり設計の優先順位が違う。
ダイナソアは「操縦可能性」を守ろうとした。アポロは「生還確率」を最大化した。この違いが、最終的に歴史を分ける。
空軍パイロットから見たカプセル
余談になるが、マーキュリー宇宙船は、空軍パイロットたちから見れば異様だった。
小さい。操縦性がほとんどない。ただロケットの先に載せられ、弾道を描き、落ちてくる。
ウルフは「The Right Stuff(7人の宇宙飛行士・ザ・ライト・スタッフ)」では、テストパイロットたちはカプセルを「spam in a can(缶詰の肉)」と揶揄した。つまり、パイロットではなく“貨物”ではないかという屈辱だった。
ノースアメリカン社の役割
ここで再び登場するのがNorth American Aviation である。同社はX-15を製造し、その後アポロ司令船も製造した。
つまり同じ企業が、
- マッハ6の有翼機
- マッハ25のカプセル
を設計したのである。企業レベルでは、航空文化と宇宙文化の橋渡しが起きていた。しかし思想の中心は、確実に変わっていた。
フォン・ブラウンとの補完関係
アポロの成功は、単一の天才によるものではない。
月まで運ぶ推進力を率いたのがWernher von Braun。巨大ロケット、サターンVを実現した。一方、ファジェは「戻す」設計を担った。
- フォン・ブラウン:推進
- ファジェ:帰還
この分業と統合が、アポロを可能にした。
しかし、それだけでは足りない。宇宙飛行は、飛んでいる最中に無数の判断を必要とする。その役割を担ったのが、Mission Control(ミッションコントロール)である。
システムの誕生 ― ミッションコントロールとコンピュータが主役になった瞬間
アポロ計画が有翼機ではなくカプセルを選んだことは、設計思想の転換だった。しかし本当の転換は、そこでは終わらない。宇宙開発の主役は、さらにもう一段階移動する。
操縦席から、地上へ。個人の腕前から、システムの統合へ。
ここで中心に立つ人物が、Christopher C. Kraft Jr.(クリス・クラフト)である。クラフトの「Flight – My Life in Mission Control」には、ミッションコントロールがどのように作られたのか?その思想について詳しく書いてある。ぜひご興味のある方は、チェックください!

宇宙飛行は“飛行”ではなかった
X-15の世界では、パイロットが機体を操縦し、その判断がすべてを左右した。しかし軌道飛行は違う。
宇宙船は地球を時速約28,000kmで周回する。エンジン噴射のタイミングが数秒ずれるだけで、軌道は大きく変わる。
- 軌道力学
- 推進管理
- 通信遅延
- 電力管理
- 生命維持
これらはすべて連動している。もはや「飛行機」ではない。宇宙船は、巨大な動的システムだった。
ミッションコントロールという発明
ヒューストンの管制室。そこでは、
- 各分野の専門家が座り
- データを監視し
- 状況を即時に判断する
クラフトが確立したのは、飛行中の最終判断は地上が握るという文化だった。
これはテストパイロット文化から見ると、革命的だった。空軍文化では、パイロットが最終責任者である。
しかしアポロでは、
- 宇宙飛行士は現場
- ミッションコントロールが統合
という役割分担が成立した。英雄の定義が変わったのである。
コンピュータという“新しい操縦桿”
もう一つの主役が、マサチューセッツ工科大学(MIT)が主導したアポロ誘導コンピュータ(AGC)である。当時としては画期的な小型デジタルコンピュータが宇宙船に搭載された。
- 姿勢制御
- 軌道計算
- エンジン噴射タイミング
これらをリアルタイムで処理する。月面着陸時に有名な「1202アラーム」が鳴ったとき、
判断を下したのは、
- 宇宙飛行士だけではない
- 地上の専門家とシステムだった
操縦桿は、機械とネットワークへ移った。
個人から構造へ
ここで、X-15とアポロを対比してみよう。
| X-15 | アポロ |
|---|---|
| パイロット中心 | システム中心 |
| 空力制御 | 軌道力学 |
| 身体感覚 | データ解析 |
| 操縦の勇気 | 統合の勇気 |
X-15の英雄は、操縦する人物だった。
アポロの英雄は、
- 設計者
- 管制官
- コンピュータ技術者
を含むチームだった。
ダイナソアの影とシャトルへの回帰
ダイナソアが目指した有翼宇宙機は消えた。しかし思想は残った。1970年代、スペースシャトルが誕生する。
- 有翼
- 滑走路帰還
- クロスレンジ能力
これはダイナソア思想の復活だった。しかし運用は完全にシステム中心だった。航空文化の外見を持ちながら、
内部はミッションコントロール主導となる。
シャトルからSpaceXへ ― 翼への回帰と、カプセルへの再帰
アポロ計画は、「落ちる宇宙」という理解のもとに成功した。
鈍頭カプセル。
ミッションコントロール。
コンピュータによる統合。
宇宙は“飛ぶ”ものではなく、“軌道運動する”ものだという理解が勝利した。しかし歴史は直線ではない。1970年代、再び“翼”が戻ってくる。
スペースシャトル ― ダイナソア思想の復活
スペースシャトルは、有翼宇宙機だった。
- 滑走路に帰還
- 大型デルタ翼
- 再使用型
- 巨大な貨物室
この設計には、空軍の要求が色濃く反映されている。特に重要だったのが「クロスレンジ能力」。再突入後に横方向へ大きく移動できる能力である。これは、かつてダイナソアが目指していた能力と同じ思想だ。
つまり、シャトルは、ダイナソア思想の政治的復活とも言える。
マッハ25の有翼機という難題
しかし、ここで物理法則が再び立ちはだかる。シャトルも再突入時はマッハ25前後。
そのため機体は、
- 約2万枚以上の耐熱タイル
- 複雑な構造
- 高い整備コスト
を必要とした。アポロのカプセルが「単純で強い」設計だったのに対し、シャトルは「多機能で複雑」な設計だった。ここに構造的な脆弱性が潜む。チャレンジャー事故、コロンビア事故。どちらも、複雑なシステムの弱点が露呈した事例だった。
それでもシャトルが必要だった理由
なぜアメリカは再び翼を選んだのか。
理由は三つある。
① 再使用によるコスト削減という理想
② 軍事衛星運用への適合
③ 冷戦下の政治的妥協
シャトルは技術だけでなく、政治の産物だった。アポロは「月」という明確な目標があった。シャトルは「宇宙輸送システム」という曖昧な目標だった。その違いは大きかった。
そして再びカプセルへ ― SpaceXの選択
21世紀に入り、民間企業が宇宙輸送を担う時代が到来する。その中心にいるのがSpaceX である。興味深いのは、SpaceXが選んだ形だ。有翼機ではない。カプセルである。
Crew Dragonは、
- 鈍頭形状
- パラシュート着水
- シンプルな再突入設計
という、アポロ的合理性に立ち戻っている。ただし内部は大きく進化している。
- 自律航法
- フルデジタル制御
- 自動ドッキング
- AIベースの制御支援
つまり、外形はカプセル、中身は高度なソフトウェアシステムである。
何が変わり、何が戻ったのか
整理してみよう。
| 時代 | 形状 | 思想 |
|---|---|---|
| X-15 | 有翼 | 操縦中心 |
| ダイナソア | 有翼 | 軍事宇宙 |
| アポロ | カプセル | 信頼性中心 |
| シャトル | 有翼 | 妥協と再使用 |
| SpaceX | カプセル | 自律システム |
歴史は振り子のように揺れている。しかし一つの流れは明確だ。主役は、操縦席からシステムへ移ったまま戻っていない。SpaceXはパイロット中心の宇宙へ戻ったのではない。むしろさらにシステム化を進めた。
まとめ
最後に ― 宇宙は飛ぶのか、落ちるのか
今回は、宇宙は「飛ぶ」のか、「落ちる」のかの問いを通じて、X-15からSpaceXまでの取り組みについて、ブログに紹介してきた。
歴史は示している。
- 有翼かカプセルかという形状の違いよりも
- 個人かシステムかという思想の違いの方が大きい
X-15からSpaceXまでを貫く本質は、宇宙開発とは、物理法則と組織構造の折り合いをつける営み
であるということだ。
現在の宇宙計画を知る上で、少しでもこの投稿がヒントとなれば幸いです。





