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【B#248】ケーブル産業から見る「インフラ革命」と収益モデル──John Malone『Born to be Wired』

Table of Contents

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションと脳科学をベースにした講座を提供している大塚英文です。

最近、米国のメディア界の帝王、John Maloneの『Born to be Wired』(未邦訳)を読んだ。「ケーブル・カウボーイ」の異名を持つ彼は、単なるケーブルテレビの経営者ではなかった。彼こそが、今日私たちが当たり前のように使っている「ブロードバンド・インターネット」の物理的な基盤(パイプ)を築き上げた人物だ。

なぜ、地味に見える「ケーブル」が重要なのか? そして、彼が語るテックジャイアント(NetflixやSNS)との闘いは、私たちに何を教えてくれるのか? 彼の本は、非常に興味深い内容だった。

Malone は、巨大ケーブル企業である TCI(Tele-Communications Inc.) を築いた。この本は、その過程を一つ一つ描いているところが面白いのだが、ケーブル産業の収益モデル(business model)やブロードバンド・インターネットで果たすケーブルの役割についても触れている。

今回のブログでは、ケーブルと無線の違い、収益モデルの特徴と構造、そしてNetflixやSNSがどのようにその“上”に新しい経済圏を築いたのか?『Born to be Wired』を参考にしながらまとめることにする。

“Cable Cowboys”──通信の荒野を切り拓いた開拓者たち

アメリカのケーブル産業は、規制も十分に整備されておらず、資本も限られ、地理的制約も大きいという“荒野”のような状況から出発した。

山間部や地方にもテレビ信号を届けるためにケーブルを自ら敷き、地方局を買収し、ネットワークを統合しながらスケールを拡大させた起業家たちは、賞賛と揶揄を込めて “Cable Cowboys” と呼ばれた。

その象徴的存在が John Malone であり、彼はケーブルを「単なる放送インフラ」ではなく、未来の産業を支える“情報流通の大動脈”と捉えていた。

イノベーションの正体は「銅線」の再定義にある

イノベーションというと、新しいアプリやAIを想像しがちだが、マローンの凄さは「既存のインフラの価値」を劇的に変えた点にある。

ケーブルテレビは単に「テレビ電波が届かない田舎に映像を届ける」ためのサービスだった。しかし、マローンはこの同軸ケーブル(銅線)が持つ「帯域幅(データを流す量)」の物理的なポテンシャルにいち早く気づいた。

彼はケーブル網を単なる「テレビの配線」ではなく、各家庭に太いデータを送り込める「高速道路(パイプ)」として再定義した。これが後のブロードバンド・インターネットの基礎となり、世界中の情報の流れを一変させた。

なぜ「無線」ではなく「有線(Wired)」なのか?

5GやWi-Fiの時代になっても、なぜマローンは「Wired(有線)」の重要性を説くのだろうか? それは物理法則と経済合理性のためだ。

  • 無線(Wireless): 電波(周波数帯)は共有資源であり、混雑すれば速度が落ち、容量に限界がある。
  • 有線(Wired): ケーブル(特に光ファイバーと同軸のハイブリッド)は、圧倒的な安定性と容量を持つ。

私たちがスマホで快適に動画を見られるのも、実は基地局までは「太い有線のパイプ」が通っているからだ。マローンは、デジタル社会の負荷を支えるのは、最終的には物理的に繋がれた「線」であるという信念を持っている。

ケーブル産業の収益モデル

ケーブル事業は、多層的で安定的な収益構造を持っており、それが Malone の成功を支えた。以下、その主要な構造をまとめていく。

サブスクリプション(加入料+月額料金)──ARPU向上モデル

ARPU(Average Revenue Per User:加入者1人あたりの平均収益)

ケーブル産業の核心は、加入者から毎月得られる継続収益(subscription revenue)である。

料金体系は階層構造で、

  • Basic Tier(基本プラン)
  • Expanded Tier(上位プラン)
  • Premium Channels(HBO など)

という複数の“ティア(tier)”によって構成される。この構造により、加入者1人あたりの収益(ARPU)が自然に上昇しやすい。

Malone は、この安定収益を原資に設備投資とM&Aを加速させ、「安定収益 → 投資 → 拡大 → 収益増」の成長フライホイールを完成させた。

広告収入──テレビ全体の価値を押し上げる間接収益

ケーブルの普及は視聴者総数を増やし、テレビ市場全体の広告価値を押し上げた。ケーブル事業者が広告を直接販売しない場合でも、
番組供給会社との契約を通じて間接的な利益を受ける構造が形成された。

特にスポーツ・ニュース・長尺番組の広告価値は高く、ケーブルはテレビ広告市場の総拡大に寄与した。

Carriage Fee(キャリッジ・フィー:番組再送信料)

Carriage Fee とは、ケーブル事業者が特定のチャンネルを自社ネットワークに載せるために支払う料金のことである。

一方で、ESPN や人気ニュース局などは、加入者獲得に役立つため、逆にケーブル事業者へ支払うケースも存在する。

この双方向の金銭流がケーブル産業を複雑かつ高収益な構造にした。

テレビ通販モデル──ショップチャンネルと QVC の成功

ケーブル網の全国普及は、テレビを「販売チャネル」へと進化させた

代表例が:

  • ショップチャンネル(Shop Channel)
  • QVC(Quality, Value, Convenience)

である。

QVCの特徴

  • ケーブルの同時配信能力を最大限に活用
  • 24時間ライブで商品紹介
  • 在庫・物流・顧客データを統合管理
  • 生放送による緊急性・即時性が購買を促進

収益構造は、

  • 販売手数料
  • 放送枠の利用料
  • プロモーション協賛金

など多岐にわたる。ケーブルインフラがあったからこそ、小売 × メディア × 物流という新しい産業が誕生したのである。

地域独占による安定収益──フランチャイズ制度

アメリカのケーブル事業は行政によって、

「特定地域では一社のみがケーブル事業を行える(Franchise Monopoly)」

という制度が採られていた。

なぜなら、敷設コストが莫大で、複数社が競って地中にケーブルを敷くことが物理的にも経済的にも非効率だからである。

この地域独占によって、

  • 価格の安定
  • 加入者の高い維持率
  • 長期的な収益予測
  • 公共サービス義務(教育番組の提供など)

が可能になった。

TCI(Tele-Communications Inc.)の成長モデル

Maloneが率いるTCI は膨大な数のケーブル会社を買収し、統合し、アメリカ最大のケーブル企業となった。

成長理由は、

  • M&Aによる規模の経済
  • 営業・設備保守の効率化
  • Carriage Feeの交渉力向上
  • ARPUの向上を組織的に設計
  • 財務レバレッジを活用した成長戦略

TCI はケーブル産業のビジネスモデルを決定づけた企業である。

一方で、ケーブル産業は当局からの規制を受けやすい産業である。以下、NetflixやFacebookとのビジネスの違いについてまとめたい。

ケーブル産業が規制を受ける理由──公共インフラ・地域独占・メディア性

ケーブル産業は、以下の理由により「規制を受けざるを得ない」構造である。

公共インフラを占有する(電柱・道路・地中管)

ケーブルは電柱に張り巡らされ、道路や地中管を通る。これは公共空間の利用であるため、行政は必ず監督しなければならない。

地域独占が許されている(独占は規制の裏返し)

地域独占は消費者選択を制限するため、行政は、

  • 料金の監視
  • 公共チャンネルの義務
  • 最低限のサービス品質

を課してきた。

メディアとしての公共性が大きい

ケーブルはテレビ番組の流通を担うため、未成年保護、フェアネス、公共チャンネルなどが規制対象となる。

絶えずメンテナンスが必要な“物理インフラ”である

ここが極めて重要な点である。

ケーブル網は、

  • 風雨・落雷
  • 動物による断線
  • 老朽化
  • 交通事故による破損
  • 地中設備の腐食
  • ノイズや劣化による品質低下

といった物理的破損リスクを常に抱えている。

そのため、事業者は定期的かつ継続的な、

  • 現場点検
  • 交換・修理
  • 増設・更新
  • ノイズ対策
  • 故障時の緊急対応

を行う必要がある。

固定費が重く、維持管理コストが高い産業であるため、行政は「放任すること」ができず、自然と規制が強まる。

ではなぜ Netflix や Facebook は規制を回避できたのか?

理由は明確である。

彼らはインフラを所有しない(OTT)ため規制対象外

Netflix・Facebook・YouTubeは、ケーブルや光ファイバーにただ“乗るだけ”である。インフラの維持・管理・修繕は通信事業者が担当し、Netflixはその上を走るだけ。つまり、インフラ義務を負わない産業だった。

地域独占ではない(世界中で競争している)

地域独占ゆえに規制されるケーブルとは違い、Netflixは常に競争下にあるため「独占規制」対象ではない。

D2C(Direct-to-Consumer)モデルが旧制度の外側にあった

Netflixは、

  • 放送局
  • ケーブル事業者
  • 広告代理店
  • DVDレンタル店

といった中間業者を飛ばし、コンテンツ → 視聴者 を直結させた。このD2Cモデルは、既存規制の“管轄外”だった。

SNSは「コンテンツ責任の免除(Section 230)」で守られてきた

Facebook や YouTube は、自社が投稿内容に責任を持たないという法的枠組み(通信品位法230条)によって保護されてきた。

そのため、放送局のような規制対象にならなかった。

ケーブル産業のビジネスモデルは、現代のデジタル企業に受け継がれている

  • Netflix → サブスク(ケーブル継承)
  • YouTube → 広告モデル(テレビ広告の継承)
  • Amazon LIVE → テレビ通販モデル(Shop Channel・QVCの継承)
  • Apple・Google → 独占的プラットフォーム(地域独占のデジタル版)

つまり今日のデジタル産業は、ケーブルが作った経済構造の“延長線上”に存在している。

まとめ──インフラ、規制、ビジネスモデルが見えると産業の本質がわかる

  • ARPU:継続収益の核心
  • TCI:スケール戦略の象徴
  • Carriage Fee:ケーブル特有の価値交換
  • 地域独占:規制と不可分の構造
  • QVC・ショップチャンネル:ケーブルが生んだ小売革命
  • ケーブル網のメンテナンス負担は極めて大きい
  • Netflix・SNSはインフラ非保有(OTT)で規制を回避
  • D2Cは旧来の放送・通信制度の外側で成立したモデル

John Malone は、インフラ × 規制 × メンテナンス × 収益モデル × 経営戦略を統合した“産業デザイン”を実現した。

そして、“Cable Cowboys” が切り拓いた通信の荒野の上に、今日のデジタル産業が立っている。

『Born to be Wired』は、その本質を理解するための最良のガイドである。

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