【E#284】なぜ私たちは「考えすぎて動けなくなる」のか──経験を言葉にすることと、頭の中を整理することの違い
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はじめに
渋谷を拠点に、ロルフィング®やコーチング、タロット、脳活講座を行き来しながら、考えること・感じること・身体感覚(肚・丹田)が、自然にひとつの判断としてまとまっていく状態を取り戻すための場をつくっている大塚英文です。

脳が思考優位に働いている時に
「なぜ分かっているのに動けないのか」
「なぜ考えれば考えるほど決められなくなるのか」
といった声が、自分の内面から囁いてくる。
そして、このような状態の時、思考で、説明でき、理由も整理できる。それでも判断できず、行動に移れないのだ。背景には、
考えることを言語化する力と、実際に起きている経験を言語化する力のズレ
身体や内側の反応が、判断のプロセスから少し離れてしまっている状態があるケースが多い。
今回のブログでは、ロルフィングのセッションで身体に現れる特徴と、コーチングの対話の中で見えてくる BEING と DOING のズレを手がかりに、「なぜ考えすぎる人ほど動けなくなるのか」を、できるだけ日常的な言葉で整理していく。
「分かっているはずなのに、なぜか進めない」状態
私はこれまで、「考えること」にはかなりの時間とエネルギーを使ってきた。
本を読み、学び、整理し、言葉にしていく。自分なりに理解し、説明できる状態までは持っていける。それでも、いざ何かを決めようとすると、身体が動かない。前に進もうとすると、どこかが重くなる。
そのような感覚を、研究室、会社員として過ごした、製薬業界の現場、プライベートを含め、人生の中で何度も経験してきた。
当時の私は、
- 状況は把握できている
- 問題点も整理できている
- 感情についても、一応は言葉にできている
だから足りないのは、
「もう少し考えること」
「もう少し詰めること」
という思い込みがあった。
しかし今振り返ると、私は体験を言葉にしていたのではなく、考えている内容を言葉にしていただけであった。
そして、この状態を抜けるきっかけになったのは、さらに考え続けることでも、よりよい答えを探すことでもなかった。考えをまとめようとするのを一度やめ、身体で起きていることに立ち戻ることだった。
足の裏にどれくらい体重が乗っているのか。
呼吸はどこまで下りているのか。
前に進もうとしたとき、身体のどこが先に止まっているのか。
そうした「説明にならない感覚」に注意を向け、それを無理に整理せず、そのまま扱うようになったとき、判断は頭でつくるものではなく、内側から自然にまとまってくるものへと変わっていった。
頭で整理しているとき、身体はどうなっているのか──ロルフィングの現場から
私が提供している「ロルフィング(手技を使って「筋膜」へアプローチすることで身体を整える方法)」のセッションをしていると、「考えすぎている状態」の身体には、はっきりとした傾向が見えてくる。
- 意識が身体から離れ、頭のほうに集まっている
- 足先が冷たく、床を踏んでいる感覚が薄い
- 身体がわずかに前のめりになっている
- 骨盤が前に倒れ、腰まわりが常に緊張している
本人は落ち着いているつもりでも、身体は「先へ進み続けようとする姿勢」を取り続けている。
また、過去に強いストレスや衝撃を経験している場合、そのときに影響を受けた部位の感覚が、身体が認識している身体の地図から抜け落ちていることも少なくない。
触れても反応が乏しい。そこに注意が向かない。「特に何も感じない」と語られる。
これは感覚が鈍いのではない。感じないことでやり過ごしてきた、身体なりの工夫なのである。
同じことは、コーチングの対話でも起きている
コーチングの場では、これが別の形で現れる。
- 同じ考えが頭の中を回り続けている
- 分かっているのに、行動が変わらない
- これまでのやり方から抜け出せない
このとき多くの人は、「考え方を変えよう」「もっと前向きに捉えよう」と努力する。
しかし実際には、身体からのサインを受け取りにくくなっている状態であることが多い。
- 手足の感覚が遠い
- 頭と身体が別々に動いている感じがする
- 自分の身体の状態を、感覚ではなく説明で把握しようとしている
つまり、身体を感じているのではなく、身体について考えている状態である。
コーチングで言えば、DOING(行動)をどうするかは語れているが、その土台となる BEING(在り方)が置き去りになっている状態である。
「考えを言葉にする」ことと「経験を言葉にする」こと
ここで一つ、大切な違いがある。
考えを言葉にするとは、
- なぜそうなったのか
- どうすべきか
- 何が問題なのか
を整理し、説明することである。
一方、経験を言葉にするとは、
- 今、足が床に触れている感じ
- 胸のあたりの詰まり
- 呼吸が変わった瞬間
- 触れられたときの違和感や安心感
といった、その場で起きている出来事を、あとから静かに拾っていく作業である。ここでは、言葉が先にあるのではない。体験が先にあり、言葉は後からついてくる。
内側の反応が戻ると、判断も戻ってくる
ロルフィングやコーチングの現場では、ある瞬間から、次のような変化が起こることがある。
- 呼吸が少し深くなる
- 足の感覚がはっきりしてくる
- 言葉数が自然に減る
- 「理由はうまく言えないが、これでいい気がする」と口にする
これは、感情が激しく動いたからではない。思考が完璧に整理されたからでもない。
内側の反応が、判断の場に戻ってきたのである。
その結果、決断は「考えて出すもの」ではなく、「自然に浮かび上がるもの」になる。
無理に変えようとしなくていい
内側の反応を大きく動かす必要はない。前向きに書き換える必要もない。必要なのは、感じ取る余白が残っている状態である。
そのために、
- 身体に触れる(ロルフィング)
- 言葉になる前の感覚を扱う(コーチング)
- 頭の回転を一度ゆるめる(タロット)
といった方法が役に立つ。
共通しているのは、「もっと考える」ことではなく、経験のある場所に戻るという点である。
まとめ
考えすぎて動けなくなるとき、それは能力が足りないからではない。
多くの場合、身体や内側の反応が、少し距離を取っているだけである。
もし今、
- 説明はできるのに決めきれない
- 理由は分かるが、腑に落ちない
- 頭と身体がずれている感じがする
のであれば、必要なのは「さらに考えること」ではない。
今、何が起きているのかを感じ直すこと。そこから、判断は静かに戻ってくる。





