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【B#202】感情は脳と身体の“予測”から生まれる──構成主義と能動的推論から読み解く情動のしくみ

はじめに

こんにちは。渋谷でロルフィング・セッションと脳科学ベースの講座を提供している大塚英文です。

今回は、「感情とは何か?」について、脳・身体と環境との相互作用という視点から考えてみたい。

参考にしたのは、神経科学者リサ・フェルドマン・バレット(Lisa Feldman Barrett)の名著『How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain(邦訳:情動はこうしてつくられる──脳の隠れた働きと構成主義的情動理論)』だ。

本稿では、以下の問いに焦点を当てながら、感情と情動を身体性や脳の使い方の観点から深掘りしていく。

  • 感情と情動は何が違うのか?
  • 私たちが感情を「感じる」とき、脳と身体では何が起きているのか?
  • 感情はどのようにして「つくられる」のか?

感情と情動──使い分けの視点

まず、バレットの理論を読み解くうえで重要なのが、「情動(emotion)」と「感情(feeling/emotion)」の違いである。

一般的には「emotion=感情」と訳されるが、バレットは、以下のように区別して用いる:

  • 情動(emotion):脳と身体によって構築されたカテゴリーとしての働き。認知や行動、内受容感覚にラベルを与える。
  • 感情(feeling):その構築された情動を主観的に感じる体験。身体的感覚と結びついた自己認識。

バレットの理論では、「感情は脳の“推論”の産物であり、身体状態の変化に意味を与える知覚現象」であるため、

“Emotions are not reactions to the world. They are your constructions of the world.”
(情動は世界に対する反応ではない。あなたが世界をどう構築するかという産物なのだ)

と述べられている。

この視点は、従来の「怒り」「悲しみ」「恐れ」といった感情が、脳の特定部位に「ある」という理解を根底から覆す。

構成主義(constructionism)とは何か?──感情はあらかじめ存在しない

バレットの理論は、「構成主義」という哲学的・科学的立場に基づいている。構成主義とは、次のような考え方である:

  • 私たちが知覚する世界は、脳が予測・推論を通じて“構成する”ものであり、あらかじめ「在る」わけではない。
  • 感情も同様に、経験・学習・文化・文脈を通じて脳が「意味づけ」した構築物である。

“The human brain is a prediction machine. It constructs your reality.”
(人間の脳は予測マシンである。あなたの現実を構築しているのだ)

この予測とは、単なる未来予測ではなく、「これから身体に起こること」「どんな感覚が生まれるか」といった、身体内部の未来への予測も含む。

能動的推論と情動の構築──予測する脳の深層

ここで注目したいのが、近年の脳科学で注目される「能動的推論(active inference)」という考え方である。 これは、脳が単に受動的に外界を感知するのではなく、自らの内的モデルをもとに予測を立て、その予測に合うように感覚を解釈し、行動を変化させるというアプローチである。

能動的推論の枠組みにおいて、脳の主要な役割は「感覚入力を最小限に保ちつつ、内的予測との誤差を減らす」ことである。 このとき、感情とは以下のようなプロセスとみなすことができる:

  • 身体の状態(心拍、筋緊張、呼吸)を受け取る
  • 過去の経験をもとに予測される「状況」と照らし合わせる
  • その誤差を最小限にするために、「怒り」や「喜び」といった意味を構成する

この観点から見ると、感情とは「内受容感覚に対する予測誤差の解釈」であり、能動的推論による脳と身体の協働的調整の産物である。

“An emotion is your brain’s best guess of what your bodily sensations mean, based on your past experience.” (感情とは、身体感覚の意味を脳が過去の経験にもとづいて行う最善の推測である)

バレットの理論と能動的推論は、いずれも「脳は未来を予測して行動と感覚をつくり出す」という視点を共有しており、感情を理解するうえで極めて実践的な土台を提供してくれる。

能動的推論の視点から日常生活に応用できるポイントとしては、以下が挙げられる:

  • 感情が「自動的に湧き起こるもの」ではなく、「意味づけの結果」であると気づく
  • 身体感覚を丁寧に観察することが、脳の予測精度を高める
  • 「こうあるはずだ」という思い込みの枠を広げることで、より柔軟な感情反応が可能になる

私たちは、脳が環境や身体の情報にどのような予測を行っているかに注意を向けることで、感情をただの受動的反応ではなく、自ら調整可能なプロセスとして取り扱うことができるようになる。

脳の予測モデルと内受容感覚──感情が生まれるしくみ

私たちの脳は、常に内受容感覚(interoception)──心拍、呼吸、内臓の状態など──から情報を受け取っている。

その身体的変化に対して、脳は過去の記憶や文脈をもとに意味づけを行い、「これは怒りだ」「これは安心だ」と情動カテゴリを構成する。

“Your brain uses past experience, organized as concepts, to give your sensations meaning.”
(あなたの脳は、過去の経験を概念として組織化し、感覚に意味を与えている)

たとえば、心拍が速くなっているとき、それが「恐怖」として感じられるのか「興奮」として感じられるのかは、状況・文化・期待によって異なる。つまり、

  • 感情は出来事ではない
  • 感情は構築された解釈である

という視点が、構成主義的な情動理解の核心である。

アロスタシス──感情は身体エネルギーの調整戦略

バレットは、感情が生まれる背景には「アロスタシス(allostasis)」と呼ばれる身体エネルギーの予測的調整があると指摘する。

これは、ホメオスタシス(恒常性維持)が「今この瞬間を安定させる」のに対し、アロスタシスは「これからの状況を予測して先回りで調整する」仕組みである。

たとえば、「今にも攻撃されそうだ」と脳が判断すれば、筋肉に血流を送り、交感神経が活性化する。それが「怒り」や「恐れ」という情動ラベルを通じて行動の準備へと結びつく。

“Your brain’s most important job is not thinking. It’s running your body efficiently.”
(あなたの脳のもっとも重要な仕事は「考えること」ではない。身体を効率的に動かすことだ)

感情とは、単なる“気分”や“情緒”ではなく、脳と身体の生理的なエネルギーマネジメント戦略なのである。

感情は文化的にも構築される

さらに、感情は社会的・文化的文脈のなかで形成される。言語や育った環境によって、脳が使用する情動カテゴリが異なる。

日本語の「わび・さび」「気まずい」といった感情は、英語では一対一で対応する語がなく、文化特有の情動構成の例と言える。

“You don’t recognize emotions in other people. You predict them.”
(あなたは他人の感情を“認識する”のではない。“予測する”のである)

感情は他者との関係性の中でも「学習され」「共有され」「再構築される」ものである。だからこそ、感情には「変わりうる」側面がある。

バレット理論とソマティック・マーカー仮説の接点

バレットの理論は、アントニオ・ダマシオ(Antonio Damasio)が提唱した「ソマティック・マーカー仮説(Somatic Marker Hypothesis)」とも深く響き合う。

ソマティック・マーカー仮説とは、私たちの意思決定や社会的判断において、身体からの信号(心拍、緊張、汗など)が「印(マーカー)」として働き、瞬時に感情的な重みづけを与えるという考え方である。

これは「直感」や「なんとなく嫌な感じ」といった感覚の根拠でもある。

バレット理論とダマシオの理論はいずれも、

  • 感情は“脳内の反応”というより、“身体と脳の予測的対話”である
  • 感情は意思決定や行動に先行する、生理的な文脈解釈である

という点で一致しており、ソマティック・マーカーはバレットが重視する内受容感覚の“意味づけ装置”とも言える。

この接点をふまえることで、感情は単なる「心の反応」ではなく、「身体の叡智を活用するための神経的なナビゲーションシステム」として理解されていく。

バレット理論から学べる「脳の使い方」

バレットの仮説は、「感情の正体を知る」という知的関心にとどまらず、日常的に私たちが脳をどう使っているか──そして、どう使い直せるか──という実践的な問いにも通じる。

  • 私たちは、身体感覚にどうラベルをつけているか?
  • どんな概念を学び、使用しているか?
  • どのような注意の向け方・意味づけパターンを繰り返しているか?

を丁寧に観察することが、脳の予測の“癖”を知る第一歩となる。

バレットはこう述べている:

“You have more control over your emotions than you think, because you have more control over the concepts that your brain uses to make them.”
(感情に対してあなたが思っている以上にコントロールできる理由──それは、あなたの脳が感情を構築するために使っている概念に対して、あなたがより多くの影響力を持っているからだ)

この言葉は、「感情を変えたい」と願う人への明確なヒントになる。

  • 新しい感情語彙を学ぶ(例:「興奮」と「不安」を区別する)
  • 内受容感覚を高める(瞑想・運動・ボディワーク)
  • 文化的に与えられた感情反応を問い直す(感情の“型”を見直す)

これらは、感情の“感じ方”そのものを変化させる「脳の再予測学習(re-prediction)」を促進する営みである。

おわりに──感情の“主体”になるということ

バレットの理論は、「感情はどうして起きるのか?」という疑問に対して、極めて現代的かつ科学的な答えを与えてくれる。

感情とは、生理と環境と学習の結晶である。だからこそ、

  • 身体とのつながりを取り戻すこと
  • 新たな意味づけの言語を身につけること
  • 脳の予測を見直すこと

これらを通じて、私たちの「感情の体験」は確実に変わっていく。そしてより自由で柔軟な「脳の使い方」のヒントにもなりうる。

少しでもこの投稿が役立つことを願っています。

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