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【N#124】エビデンスに基づく医療②〜いつから「科学」と「ビジネス」が結びつくようになったか?

はじめに

こんにちは!東京・渋谷でロルフィング・セッションと栄養・タロットカウンセリングを提供している大塚英文です。

エビデンスに基づく医療と叫ばれているが・・・

医療では、事実(エビデンス)に基づく治療(EBM、Evidence Based Medicine)が叫ばれている。
EBMによって、製薬会社と医師との共同作業で治療ガイドライン(一種のアルゴリズム)を決定。
医師によって病気が診断されると、治療ガイドラインに沿って、治療が決まる。

前回のブログでは「エビデンス」の方に力点を置き、
西洋ではどのようにして知識が生まれるのか?
について書いた。

治療となる薬は、製薬会社で製造、販売されるが、
これらは「科学」の成果の上に成り立っている。
が、意外と、科学者はどのような役割を果たしているのか?
ビジネスとどう結びついているのか?
となると、わかっていない人が多い。

そこで、薬の誕生に重要な役割を果たす「科学者」は、どのような背景で生まれたのか?
私も、過去にその一人だったので、歴史を中心に語っていきたい。

英国の王立協会/王立研究所〜ジェントリー階級がパトロンとなり研究をサポート

今は、当たり前に使う「科学者」という職業。

昔は「自然哲学者」と呼ばれていた。
以前、
パトロン(経済的基盤を持った貴族、聖職者)がアマチュアの研究者をサポートする形
で研究が成り立っていた。
例えていうならば、
西洋絵画の画家が、パトロンによって支援を受け、絵画を描くのと同じ。
科学と他の職業との兼業が基本で、専門的に科学を扱う職業というのがなかった。

例を挙げたい。
英国は、世界で一番最初に「産業革命」を成功させて、経済発展、世界の7つの海を支配したと言われている。
鉄道以前に道路の整備、河川の改修、運河の開閉、橋の建設や都市建設等、インフラに莫大な資本(お金)がかかっていた。
普通ならば、国家がインフラに投資するのだが、経済性の低いインフラを進んで行ったのがジェントリー階級。

なぜ、これが可能だったのか?
清教徒革命や名誉革命を経て、国王の力が低下、市民革命を達成していたので、市民社会ができていたからだ。
ジェントリー階級は、大地主だが、社会的な階層が低くかった。
所有する広大な土地の経済的価値を上げ、さらに社会ステータスを上げることを考えていた。
その利害が一致して、社会的資本(インフラ)を整備、雇用を生み出し、ステータスを上げることに成功する。
何と、彼らが、中世以来の錬金術や科学を応援したのだ。

大きな貢献は、ロンドンのコーヒーハウス。
科学に興味があるジェントリー階級によって王立協会が開始。
ここから、科学だけではなく、新聞や保険会社も生まれた。

仏国の王立科学アカデミー〜国王が中心となり、研究に専念できる体制へ

隣国のフランスのパリでも、集う科学愛好家のサークルの間で、研究を推進する共同体を作る雰囲気があり、国王の財政援助(パトロン)のもとに、王立科学アカデミーができる。

ルイ14世の独裁体制の下、財務総監のコルベールは、国家財政の立て直し、産業の復興に手腕を発揮した。
コルベールは、保護貿易を行いつつ、輸出産業を推奨し、貿易差額で国の富を得ていく政策をとっていた。
彼の目には科学技術の発展は、産業の振興と、輸出が増えると映ったので、国策としてアカデミー設立へ動く。
そこで、有能な研究者を厳選。国費から給与を支払い、官僚として研究に専念できる体制を作った。

このように、英国やフランスでパトロンによる科学者のサポートが行われた。

19世紀に入り、科学者の職業が誕生

フランス革命を経て、19世紀の末の頃、「国家」の仕組みが世界中に普及。
大学・大学院を含めた高等教育を受ける教育機関が欧米を中心に建てられるようになる。
明治維新以降、日本でも急ピッチで大学の設立が進んでいく。

中世から大学があったが、あくまでも古典を中心とした研究が主だった。
一方で、科学は、手で行うことから「技術者」や「職人」が行うものであり、
上流階級の行うものではないといった偏見があった。
しかしながら、産業革命を経て、科学の成果によって、経済が発展することを目にすることで、
大学の中に、自然科学の学部が入ってくるようになる。

この背景の下、産業革命によって経済発展。
その背景の下社会に科学に関わっていくような人材の必要性が
出てきて、専門家に対して「科学者」という言葉ができる。
大学・大学院の仕組みが生まれ、国から研究費が支給される仕組みも確立する。

前回触れた「査読」制度によって、研究成果物の「科学論文」の評価が生まれた。
実は、もう一つ、科学者に大きなインパクトを与えることが起きる。
大学や研究者が「特許」をできるという「バイ・ドール法案」になる。

バイ・ドール法案〜大学が特許の取得ができるようになる

特許は、ヴェネツィアから派生したと言われている。
実は、科学とビジネスが結びつくようになったのが「バイ・ドール法案」によるところが大きい。
米国では、1980年代に入り、政府の補助金によって行われた基礎研究を製品に転換。
技術移転をスピードアップする法律が次から次へと成立していく。

その中で、バーチ・バイ(Birch Bayh)上院議員とロバート・ドール(Robert Dole)上院議員によって起案された
「バイ・ドール法(Bayh-Dole act:Patent and trade mark act amendments of 1980:アメリカ合衆国商標法修正事項)」
が最もインパクトが大きい。

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科学は、国家の税金から捻出された研究費によって行われる。
米国の場合には、米国国立衛生研究所(NIH(National Institute of Health))から得て、研究が行われる。
(日本は厚生労働省によって支給される科学研究費(科研費)だ)

そのように考えると、NIHで得られた助成金で行った研究成果の特許はすべて政府に帰属するはず。
何と、それが、バイ・ドール法によって大学やベンチャーなどが特許をとることが出来るように変化した。

いわば、
税金で行われた研究の成果は公共(=国)のものと規定されていたのが、
大学が助成金で行われた研究による成果に対して自ら特許をとり、ライセンスを供与し、
特許使用料を取れるように変わった。
に変化したといってもいい。

それを、
製薬会社(ITの場合は、GoogleやFacebook等)に売買することができるようになった。

製薬会社が国の税金によって行われた研究特許を商売道具として使っていいのか?という議論もある
が、イノベーションを生み出す一つの大きなきっかけとなった。

参考に、日本版バイ・ドール法は、産学活力再生特別措置法(1999年施行・2003年改正)という形で成立している。

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大学の「技術移転」の考え方が入り、ベンチャー企業の急増

この法律により、当時台頭していたバイオテクノロジーのベンチャー企業の急増や製薬企業の巨大化が進んでいく。

現在、大学研究者が自らの研究成果を実用化するために設立した会社が新薬の開発の初期段階を担っている。
大学側でも、技術移転事務局(TLO(Technology Licensing Organization))というインフラを整備。
成果をあげると、製薬会社との巨額な取引を行うことが可能となる。

この仕組みができると、
製薬企業は非常にリスクの高い、新薬のために自ら研究を行う必要がなくなり、
ベンチャー企業やNIHの成果物を頼りにすることへ
変化する。

私が世界一周前にいたBiogenは、MITやハーバード大学が集中するマサチューセッツにあり、
ベンチャーや大学から上がってくる成果を買い取り、それを開発していくという目利きに長けていた。

大学は、新薬の開発に貢献できるような研究が多く行われるようになった。
現に、私が医学系研究科に所属した研究室は、免疫の研究を行っていた。
免疫の働きが明らかになると、
「それ自体が薬のターゲットになるよ」
と何度も言われたことがある。

新しい発見と特許〜お金に目を向けてしまうと見失うことはないか?

一番最初に、医療では、事実(エビデンス)に基づく治療によって行われていると書いた。
それが、正しい間はいいと思うが・・・。
今や、科学者はビジネスとの結びつきが強まっている。

ビジネスとの結びつきが強まると、
1)採算の合わない研究よりも、採算の合う研究に目が向く可能性
2)企業(製薬業界)と大学との結びつきが強まり、ニュートラルに研究する雰囲気を損なう可能性
といったことが起こりうる。

例えば、
生活習慣病・がんにおいて食事はどのような影響を与えるのか?
健康と、重金属、電磁波との関係は?
代替医療の研究は?分子栄養学の治療は?
等、
採算に合わない、もしくは企業が要望しない研究に目がいかなくことも考えられる。

実は、イノベーションのほとんどは、お金のことを考えずに、予想外の方向から生まれ、
大部分は、企業よりも大学研究機関から生まれている。

例えば、
ろうそく職人が、電球を発明することができなかった。
カメラのコダック社が、デジタルカメラを発明できなかった。
等、いろいろな事例がある。

まとめ

今回は、科学者という職業がどのように誕生したのか?
だんだんとビジネスに結びついていく現状についてお伝えした。
次回は、審査当局(FDA、厚生労働省)と製薬業界との関係を「審査費」を中心に語ってみたいと思う。

少しでも、この投稿が役立てれば幸いです。

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