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【B#198】神経科学 × 進化生物学 × 人工知能:知性の本質を探る5つの視点

はじめに

こんにちは、渋谷でロルフィングと脳科学講座を提供している大塚英文です。

今回は、起業家・神経科学者であるマックス・ベネット(Max Bennett)の著書『A Brief History of Intelligence』(邦訳なし)を紹介する。

本書の面白いところは、人間の知性がどのように進化してきたのかを5つのブレイクスルー(飛躍)として整理し、それぞれがAI技術の発展とどのように対応しているか、語っている点である。

特徴的なのは、神経科学・進化生物学・人工知能(AI)研究という3つの学問分野を横断的に結びつけている点である。今回、各ブレイクスルーにおいて起こった生物進化的背景・神経科学的意義・AI技術との関連性、そしてそれが人間社会にどう役立つのかという視点から掘り下げていく。

第1のブレイクスルー:Steering(方向づけ)

生物進化と神経科学の視点

約6億年前、神経系を持つ多細胞動物が登場した。この段階で脳はまだ存在していないが、神経ネットワークが「刺激と反応」を結びつける基本的な仕組みとして発達した。この時期の神経系は、環境からの快・不快を区別し、「快を求め、不快を避ける」という初歩的な動機づけ行動を生み出した。

行動原理の中核をなすのが、報酬系神経伝達物質(ドーパミン等)である。生物はエネルギーの高い餌を見つけたときに報酬を感じ、それに向かって行動するという適応戦略をとるようになる。

AI技術との対応:強化学習(Reinforcement Learning)

強化学習は、報酬最大化という同じ原理に基づいてAIが行動を学ぶ手法である。たとえばゲームAIや自律走行車は、成功体験(報酬)を繰り返すことで、より良い行動を選択するようになる。

人間社会への意義

このAI技術は、次のような場面で応用されている:

  • 自動運転車が交通ルールや危険回避を学習する
  • 医療AIが最も効果的な診断・治療方法を探索する
  • マーケティング分野で、ユーザーの反応を元に広告最適化を行う

こうした技術は、生物の基本的な生存戦略を模倣しながら、長期的な報酬最適化という新たな人間支援の枠組みを築いている。

第2のブレイクスルー:Reinforcing(学習の強化)

生物進化と神経科学の視点

約5億年前、脊椎動物の登場により中枢神経系が著しく発達し、「学習」の概念が出現した。ドーパミンが神経細胞間のシナプス可塑性に影響を与えることで、「予測された報酬」と「実際に得られた報酬」とのズレ(報酬誤差)を学習に活用する仕組みが発達する。

この仕組みにより、生物は「どの行動が良かったか」「次は何をすべきか」を記憶し、より複雑な行動戦略を選択できるようになった。

AI技術との対応:TD学習(Temporal Difference Learning)

強化学習(Reinforcing Learning)は「環境との相互作用を通じて報酬を最大化する」学習全体の枠組みであり、TD学習(Temporal Difference Learning)はその中で用いられる具体的なアルゴリズムのひとつである。

囲碁AIのAlphaGoはこの両者を組み合わせ、自己対戦による強化学習の枠組みと、ニューラルネットによるTD学習を統合することで、人間を超える戦略的知性を発揮するに至った。

人間社会への意義

この技術は、「失敗から学ぶAI」を可能にする。以下のような応用例がある:

  • 教育AIが学習者のミスパターンを特定し、効果的なフィードバックを提示
  • eコマースで顧客の嗜好変化をリアルタイムで予測
  • 金融市場における動的ポートフォリオ最適化

生物が進化で培ってきた「試行錯誤→成功体験→記憶」というプロセスは、AIにとっても極めて有用な学習モデルとなっている。


第3のブレイクスルー:Simulating(未来の予測)

生物進化と神経科学の視点

約1億年前、哺乳類の新皮質(ネオコルテックス)が発達し、内的な「シミュレーション」能力が出現した。これは「もしこうしたらどうなるか?」という仮想的な未来予測のことであり、環境の変化に柔軟に適応するための認知基盤である。

この能力の中心には、前頭前皮質(特に背外側前頭前皮質)がある。ここは注意制御・計画・抑制・意思決定などの実行機能を担っている。

AI技術との対応:モデルベース強化学習・モンテカルロ木探索

モデルベース強化学習は「脳内での仮想実験」とも言える。たとえば旅行の予定を立てるときに、天気予報や体調、混雑状況を予測して「最適なプラン」を組み直すように、AIも内部モデルを使って未来の選択肢を評価する。

モンテカルロ木探索は、将棋や囲碁で「先を読む」ような感覚に近く、分岐する未来を繰り返しシミュレートしながら、最善の手を選び出す技術である。これらは人間の前頭前野が担う「未来を思い描く力」の再現に近づいている。

人間社会への意義

この技術は、以下のような実用性を持っている:

  • 医療現場における手術手順のリハーサル
  • 都市計画や災害リスクの未来予測
  • サプライチェーン最適化

人間の脳が培った「仮想的未来の計画力」は、AIにも実装されつつあり、意思決定支援に革命をもたらしている。


第4のブレイクスルー:Mentalizing(心の理論)

生物進化と神経科学の視点

約3000万年前、霊長類が他者の意図・信念・欲求を推定する「心の理論(Theory of Mind)」を獲得する。この能力は、前頭極・内側前頭前皮質・側頭頭頂接合部といった高次領域が協調して機能することで可能になる。

この能力により、協力・共感・欺瞞・教育といった社会的行動が可能になり、人間は高度な文化を築く足場を得た。

AI技術との対応:逆強化学習・模倣学習

逆強化学習(Inverse Reinforcement Learning)は、AIが他者の行動を観察することで、その背後にある「報酬関数(=目的や価値観)」を推定する技術である。これはまさに「なぜその行動を選んだのか?」という“意図”を逆算する試みである。

一方、模倣学習(Imitation Learning)は、人間や他のエージェントが行った行動をそっくり真似ることで、自らの行動方針を学ぶ方法である。教師あり学習の一種であり、「正解例」を与えられた状態で学ぶ点が特徴である。

これらの技術は、単に最適解を導くというよりも、他者の視点や判断基準を理解・模倣する“社会的な知性”の再現を目指している。

人間社会への意義

  • カスタマーサポートで、顧客の意図や感情を推定して対応
  • 発達障害や高齢者支援における「共感的AI」
  • 教育現場で生徒の理解度や混乱を推定して指導

人間の「社会的知性」に対応するAIの進展は、より人間らしい支援を可能にする基盤技術となる。

第5のブレイクスルー:Speaking(言語と文化の継承)

生物進化と神経科学の視点

約20万年前、ホモ・サピエンスは音声言語を発達させ、文化と知識の爆発的拡張を実現する。ブローカ野・ウェルニッケ野を中心とした言語中枢が形成され、抽象的な思考と他者との意味共有が可能となる。

言語の登場は、教育・宗教・法律・歴史といった人間社会の全基盤に影響を与えた。

AI技術との対応:トランスフォーマーと大規模言語モデル(LLM)

トランスフォーマー(Transformer)は、2017年にGoogle社が開発した自然言語処理の手法の一つである。最大の特徴は、文章中のすべての単語同士の関係を一斉に(並列に)処理できる点にある。

これにより、文章の冒頭と末尾など、離れた単語同士の関連性(長距離依存関係)を的確に捉えることができるようになった。

たとえば、人間が「彼女は昨日、雨の中で傘をさして歩いていた」という文を読んで「傘」と「雨」の関係を自然に理解するように、Transformerは文脈全体の意味構造を把握し、適切な出力を生成できる。

結果として、自然な文の生成(テキスト生成)、意味の保持された要約、精度の高い翻訳といった応用が、従来の手法に比べて飛躍的に進化した。

大規模言語モデル(LLM)とは、このトランスフォーマー構造を基盤に、数百億〜数兆単語規模のコーパスで訓練されたAIであり、GPT(OpenAI)、PaLM(Google)、Claude(Anthropic)などがその代表である。

これらは単なる言語ツールではなく、知識検索・推論・記述・対話といった“言語的思考”の実装を担うモデルへと進化している。

たとえば、次のような特徴がある:

  • 「それまでの文脈を理解して続きを書く」能力(文生成)
  • 「人間の問いに自然な形で答える」能力(質疑応答)
  • 「複数文書を読み比べて要約する」能力(要約)
  • 「他言語を自然に翻訳」する能力(翻訳)

これにより、トランスフォーマーとLLMは、人間の知的活動の多くを補完・拡張する「認知的インフラ」として急速に社会に浸透しつつある。

人間社会への意義

  • 業務効率化(議事録作成、要約、翻訳)
  • 法律・医療・教育文書の簡易化と普及
  • クリエイティブ業務の支援(コピー作成、アイデア発想)

トランスフォーマーは、人間の「意味ネットワーク」に接続しつつあり、知識創造と伝達の革命を起こしている。

第6のブレイクスルーへ:生成AIと統合知性の未来

Bennettは、本書の終盤で「次なる地平」として、統合された人工知能(Integrated AI)の可能性を語っている。

それは、言語・感情・倫理・身体性・社会的関係性といった多次元を統合し、より“人間的な”知性へと近づくプロセスであり、同時に“人間を超える”知性の萌芽でもある。

進化の歴史を知ることで、私たちはAIに何を期待すべきか、どのように設計すべきかを深く考えることができるようになる。

まとめ

Max Bennettの『A Brief History of Intelligence』は、AIの未来を語る上で、過去(進化)を深く理解することの重要性を教えてくれる。

人間の脳がたどってきた進化の道は、単なる生物の進化史ではない。それは、私たちが「なぜこのように考え、感じ、話し、共に生きるのか」を考えることでもある。

少しでも、この投稿が役立つことを願っています。

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